嗚呼、オモテナシの国よ

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ここで尾崎豊の葬儀後に或る少女に出遭ったことを語り、尾崎豊の変死に裏がありそうな感触を語った。

尾崎豊と同い年の古川利明は、10年弱の新聞記者生活から足を洗った理由を説明するのに、職業的自伝の冒頭で尾崎豊の葬儀から語り起こしている。二度と戻ることのない組織ジャーナリズムからの「卒業」だったというわけだ。

組織を離れたローンウルフはどこへ向かったか? 「裏」の世界以外にありえないだろう。

昨晩、この記事でこんな風に書いた。

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自分が勝手に所属していると信じ込んでいる業界があって、その名を「陰謀論」業界という。しかし、「陰謀論」という蔑称こそが、CIAによる真実追及者への侮蔑的レッテル貼りの「言語兵器」であることが公文書で明らかになっている今、私たちはその「業界」を何と呼ぶべきだろう?

さしあたり「裏真実」業界とでも暫定的に名付けておこうか。この「裏真実」業界に踏み入って、これまでの知識の火がすべて吹き消されたかのような闇の深さに、眩暈が止まらなくなって、自分はへたり込んでしまった。 書き進めていた文芸批評が書けなくなってしまったのだ。

「カルト・ファシズム・テロルへの終わりなき抵抗」という副題を名付けて、得意なところから書き進めていたのだが、「カルト+テロル=オウム真理教」だけでも、とても真相把握が追いつかない。テロ事件に遭遇しそうになった体験談を語ったこの記事で、こう語った。

北朝鮮、半島系宗教団体、ロシアの武器商人、暴力団北朝鮮系政治家…。日本の闇で蠢くこれらの魑魅魍魎系プレーヤーたちが、オウムという小さな宗教団体を生贄に差し出して、その背後で暗躍の限りを尽くしたというのが実態だろう。

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文芸批評では、永らく「天皇という禁忌」にどう応接するかが有力なアジェンダだった。それは「天皇陛下万歳」を叫んで割腹自殺した三島由紀夫を、どのように咀嚼し消化し生かしていくか、あるいは殺していくか、という問いとして私たちの眼前に浮上していた。大江健三郎の難解な中編2つは、その問いに対する独自回答だった。

みずから我が涙をぬぐいたまう日 (講談社文芸文庫)

みずから我が涙をぬぐいたまう日 (講談社文芸文庫)

 

 「みずから我が涙をぬぐいたまう日」という小説名の「みずから」の前に、「天皇」の二文字を補うと作意がわかりやすくなる。続く「月の男(ムーン・マン)」はアポロの月面着陸を主題として扱っているが、天皇が鴇という鳥とともに文脈化されているところに注目すべきだろう。それがとりもなおさず、約30年後の阿部和重による『ニッポニア・ニッポン』という傑作小説を生んだからである。

「日本脱出したし 皇帝ペンギン皇帝ペンギン飼育係りも」を引用しながら、自分が追いかけようとしていたのは、このような系譜だったが、「カルト・ファシズム・テロル」の煩瑣に絡み合ったこの国の闇は、あまりにも深すぎたとしか言いようがない。 

途方に暮れていた頃、古川利明のいくつかの著作に励起されて、再びこの国の闇について考え直す気になった。堤未果の言うように「金の流れ」を追えば、裏の構図は明瞭に浮かび上がってくる。すなわち「裏金」の領域だ。

日本の裏金 (上)首相官邸・外務省編

日本の裏金 (上)首相官邸・外務省編

 

 古川利明の凄いところは、フリージャーナリスト界随一のタブーを恐れない反骨心、情報収集能力の高さ+処理能力の高さ(必然的に著書は分冊になりがち)、「裏」の世界への踏み込みが鋭すぎて「裏真実」界をも踏査できる探査能力、といったところだろうか。

文字通り「日本の裏金」の決定版のこの著作でも、佐藤栄作がアメリカに泣きついて選挙資金を無心したとか、岸信介がアメリカに日本の機密情報を流して見返りに選挙資金をもらっていたとか、池田隼人が恒例のCIA資金提供を「独立国家だから」といって断ったとか、衝撃度の高い逸話がどんどん出てくる。それらがCIA研究で名高い春名幹夫の著作などで、しっかり検証されているのも良い。

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ここで書いた「コンプラドール(外国人操り人形)」の話が右派系の人々に不評だったようだが、ネット上に多い「覚醒」民にはすでに周知の事実であり、何よりそのほとんどがCIAの公文書で明らかにされている情報だ。(アメリカさんアリガトウ!)大変遺憾ながら、この国は「もうそんなところまで行っちゃっている」のだ、と書いているこの瞬間にも、「機密のために利用されることはほとんどない官房機密費(伊藤惇夫)」を使って、マスコミ対策と称した料亭や寿司屋での飲み食いが、厚顔無恥にも繰り広げられているのだろう。

さるぐつわの祖国

さるぐつわの祖国

 

裏金やカルトだけでなく、それらと密接なつながりのある隣国「北朝鮮」でも、古川利明は際立った手腕を見せてくれた。 

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この記事で、陸軍中野学校のスパイたちが戦後も「残置諜者」として現地で暗躍したことを書いたが、実は北朝鮮は同校卒の「残置諜者」畑中理が、敗戦で滅びた「大日本帝国」の大陸での再興を目論んで作った国だという説が、「業界」には根強くある。そして或る拉致被害者は、偶発的な遭遇によって拉致されたのではなく、天皇家にまつわる高貴な血筋を引くがために計画的に拉致され、北朝鮮の最高指導者を生まされたのだとも囁かれている。

「業界」系の書物をあたったが、「もしそうであったとしても矛盾はしない」状況証拠はありそうだが、それをもってその仰天の奇説を実証したことにはならないという印象だった。

横田めぐみさんと金正恩

横田めぐみさんと金正恩

 

 ジャーナリストなので裏取りできる話しか彼は書かない。しかし、職業倫理上の抑制を利かせながらも、古川はあっと驚くような凄い話を織り交ぜてくる。

週刊現代(…)『蓮池薫さんは私を拉致しようと日本に上陸していた』(…)この記事に対し、政府の拉致対策本部は、ただちに、(…)「内容は全くの事実無根」とする文書を版元の講談社に送付し、公式には全面否定すると、どこも後追い報道をせず、また名誉棄損などの裁判沙汰にもならず、事実上、黙殺されたままになっている。 

彼は特ダネを不自然な形で黙殺したりはしないのだ。そして、読者は膨大な情報に目を通すうちに、拉致被害者の<さるぐつわ>が、北朝鮮本国からのありうる圧力だけでなく、日本政府や支援団体にも由来していることを納得させられ、一般人が読む前に抱いているだろう「通念」を裏返して見せるのである。私たちが抱いている「通念」は往々にして真実から遠いものだ。

裏金にせよカルトにせよ、まさに「裏」を知り尽くした辣腕ジャーナリストだというべきだろう。

「裏」の貴重な情報は、政治・外交・諜報の3分野の現場から出てくることが多い。CIA絡みの研究では、有馬哲夫も良書を連発している。 

大本営参謀は戦後何と戦ったのか (新潮新書)

大本営参謀は戦後何と戦ったのか (新潮新書)

 

 戦後も有末精三という軍人がマッカーサーの命を受けて、台湾で「日本義勇軍」を率いていたなどという話は滅法面白く、どこかで自分が語った陸軍中野学校卒業生の戦後とも重なる。「最後のスパイ」を自称する菅沼光弘は、確かこの有末精三の生き方に影響を受けたと話していたはず。戦後は終わっていないと、あらためて確信してしまう。彼も「業界」の有名人だ。

先頃「裏真実」業界の重鎮が逝去した。

日本のいちばん醜い日

日本のいちばん醜い日

 

 

明治天皇すり替え説、広島の原爆投下直前にあった事前連絡、天皇の保身と財産保全のための偽装クーデター、昭和天皇の父は大正天皇ではなくは西園寺公望……。

この本に書かれていることは本当なのだろうか。本当なら、昭和天皇の周辺について自分が書くべき内容も根底から一新しなければならないし、しかし、一新したところで一般の読者は何も信じないだろうし、掲載してくれる雑誌もありそうにない。

この地点で、自分の文芸批評は後輪が泥濘にはまってしまった。動けなくなった。どうやったら抜け出せるのか、どちらへ行くべきなのか、夜の闇の中でわからなくなった。

「裏真実」業界に無数に散らばっている情報のうち、オセロの黒が白に替わるように、1つずつ情報が真実であることが明らかになりつつある。しかし、どれがどこまで白に替わるのかは、今でも勘で辛うじて見当をつけている状態だ。

自分はどちらかというと幼少期から右派的な感情教育を受けてきた。近県の島にある海軍英学校を初めて訪れたのは、小学生の時だったと思う。

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あそこに遺されていた神風特攻隊の遺書に嘘はないと感じた。生きる道なく散華せざるをえなかった若者たちの魂の叫びに、涙ぐまずにはいられなかった。

あの特攻隊の遺書と「日本のいちばん醜い日」との天地ほどもある落差のうち、どの辺りに歴史の真相は横たわっているのだろうか。

しかし、辺りを見回しても、見えるのは闇ばかり。確証の取れない裏、裏、裏の情報ばかり。そう、誰かが言うように、この国は裏ばかりの「表ナシ」の国なのだ。

永続敗戦中の「表ナシ」の国で、「この被支配からの卒業」「闘いからの卒業」と独立国家の一員としての最低限の喜びを感じつつ、人々と声を合わせて歌える日が、いつか来るだろうか。答えは闇の中だ。

その日が一日でも早く来るように、自分の足元にあるオセロの駒を、1つずつ白に替えていこうと思う。

永続敗戦論 戦後日本の核心 (講談社+α文庫)