風の谷にある Route / Root

小説の主人公は無名のゴーストライターだが、普通の人が単なる自然な模様だとしか感じないものに、特別な意味を読み取れる能力を持っていて、例えばタイヤのトレッドパターンや死体の背中に浮き出る死斑の模様から、何ごとかを感知できるという設定だった。

小説の主人公にはある程度自分と同じ属性を持たせないと、筆が進みにくくなるもの。主人公を上記のように設定したのは、当時の自分がまだ自分をよく知らなかった上での空想の産物ではあるものの、どこか自分を投影してのことだったと思う。

現在から振り返って具体的に言うと、それはシンクロニシティへの感性を含む何らかの霊感のようなものということになるだろうか。しかし、このシンクロニシティという奴は厄介な代物で、他人に伝えるのが相当に難しい。

振り返ってみるに、好きになる女性を選ぶとき、住居を選ぶとき、車のような大きな買い物をするとき、何らかのシンクロニシティが働いてきたのを、これまで自分は残らず感受してきたような気がする。

執拗な嫌がらせを受けて諦めかけていた小説を、再び書くよう導いてくれたのもその種のシンクロニシティで、その経緯は「Stray Rabbit」という題をつけて、友人たちには話したことがある。恋愛短編連作集の掉尾を飾る短編として、いつか書き上げたい。

未読ではあるものの、「この生で与えられた自分の使命を果たして幸福になるために、シンクロニシティによるメッセージを感受して、それに適切に対応していこう」といった趣旨の自己啓発本も出版されているようだ。他にも同じような趣旨の本は無数に世に出ている。

夢をかなえる人のシンクロニシティ・マネジメント

夢をかなえる人のシンクロニシティ・マネジメント

 

 このシンクロニシティの解明に取り組んだ人々の中で、最も著名な人物がカール・グスタフユングユング自身がシンクロニシティはもとより、臨死体験や超自然現象に実際に何度も遭遇していることが、晩年の彼を未解明の処女地へ向かわせた。ユングはこう語っている。

私は、当時の学問で流行していた、科学が説明できないものは全部イカサマだという馬鹿げた間違いを犯すことだけは絶対にしたくなかった。

この世界には期待していないことや、信じがたいことが存在している。自分が何らかの点で神秘的である世界に住んでいることを知ることで生が全体性を持つ。それを一度も体験したことのない人は、何か大切なことを見逃している人である。 

 自分は人生の中で数え切れないほどそのようなシンクロニシティを経験している。シンクロニシティを体験したことのない人に伝えるために、譬えて言うなら、英語の苦手な中高生が海外旅行をして、迷路のような巨大な美術館で迷子になってしまった。辺りを見回すが、意味の分からない英単語ばかりで、どうすればよいかわからない。誰にも英語で話しかけられない。そんなとき、ふっと「Route」(順路)という単語が目に入って、その方向へ歩いていけばいいことに気付く、といった感じだろうか。

ここに詳細を書けないのは残念だが、自分がほとんど交際もせずに結婚に至ったのは、強烈なシンクロニシティを体験したからで、それが一般的な意味で幸福だったかどうかは別にして、確かに「順路」通りだったと感じ、そう進んで良かったと思っているのは本当だ。

さて、ここから、かなり羞恥を伴う個人的体験について話さなければならない。シンクロニシティの神秘を「伝道」するのも、自分の使命の一つだと感じているので、厭でも書くしかない。しかも、この案件はたぶん進行中なので、それが「意味のある偶然」なのか「ただの偶然」なのか、歴史が証明してくれるという恐るべき段取りになっている。頼んだぜ、神様。大丈夫です、トラジック・エンドでも、号泣する準備はできていますから。

部屋にその手のポスターを貼ったこともなければ、その手の写真集を買ったこともない。偶像崇拝権威主義にほとんど縁がないせいか、自分はアイドルやタレントの女性を好きになったことが、思春期からつい最近まで一度もなかった。いや、正確に云うと、一度しかなかったことを、You Tube の検索窓の入力予測によって、はっと想起させられたのだった。

それは中学三年生の頃、「雨音はショパンの調べ」というヒット曲が発端となって、次にシングルカットされた「哀しみのスパイ」という曲を聴いたときのこと。

PVの世界観によくわからないところがあるものの、松任谷由実の歌詞に玉置浩二の作曲とバックコーラスというのは豪奢だ。

前シングルとは違ってなぜかあまりヒットせず、しかも彼女はその数年後に音楽活動を休止してしまうのだが、だからこそ、自分の腕の中で亡くなったかのような(と夢想しうる)彼女の残像を、心のどこかに傷痕のように抱えて成長期を駆け抜けていった、と書くと、あまりにも格好良すぎるが、『野獣死すべし』とは逆に、自分がハートを射抜かれていたのは確かだ。それが、思春期からつい最近までの間に、自分が画面の向こうの女性に対して経験した唯一の偶像崇拝だった。

その時期があまりにも昔であまりにも短かったせいで、つい最近まで忘れていたという話。

OK。わかる人にしかわからない話はこれくらいにしよう。 

そうそう、スパイの話だった。実は3か月ほど前に上記のエントリを書いたときは、中村天風や沖正弘のような「スパイ経験」のある偉人を断続的に取り上げていこう、とも考えていた。諸事情あって後回しにしているうちに、すっかり忘れてしまっていた。

再びスパイへと視線が戻ったのは、この国の人々があまりにも大画面でアニメを見すぎていて、宮崎駿が細部に込めた思いを見落としているのではないかと感じる機会があったから。

最後の国民作家 宮崎駿 (文春新書)

最後の国民作家 宮崎駿 (文春新書)

 

 この新書は、宮崎駿を新書の薄さで手早く論じたものとしては出色だと思う。

手塚治虫という「想像的な父」を乗り越えようとしたのが宮崎駿の出発点だったことや、意外にも傑作『ルパン三世 カリオストロの城』が興行的には失敗で、どちらも名作の『天空の城 ラピュタ』と『となりのトトロ』がスタジオジブリの興行収入ワースト2で中期まで不遇だったことなどを教えてくれる。

世には、その名声に嫉妬してか、アニメ作品群を偏執狂的に詳細に分析した上で、宮崎駿を「ただのロリコンのアニメ職人」などと侮蔑的な発言をする人もいて、何だか義憤を感じてしまう。気が付くとこんな風に呟いている。

わかった、その分析の詳細さは素晴らしいとしよう、 So far, so good,  so what? Show your dance, right now! 

アニメの制作がどれほど苛酷なものかすら知らないのだろうか。そのタフな現場で、薄給のアニメーターにしかるべき待遇を与え、正社員化や社内託児所設置に尽力し、自身の収入は抑制した上で「社員が引くほど」社員へ収益を還元する。アニメ作家としてだけでなく、共同体の長(経営者)としても尊敬を寄せるべき手腕を発揮しているところに、宮崎駿の世界的な名声の源泉があるというのが私見だ。

作品論に戻れば、酒井信による論旨を私的に言い換えると、宮崎駿の称えるべき貴重な資質は、アニメ志向とは逆ともいえる「現実のあり方への倫理」ともいうべきリアリティ志向だ。

その意味で、ゴダールの「紙コップと原爆は同じ社会から生まれている」という映画中の台詞が宮崎駿に文脈づけられているのは正しいし、必ずしもアニメ好きでない人間がアニメを遠ざけるときに感じる感覚が、他ならぬ一流アニメ作家の奥底に横たわっていることに言及があるのは、「異端」のアニメ作家宮崎駿を上手くとらえていると思う。

 「マクロス」に出てくる戦闘機なんていったら、一機作ったらどのくらいかかるのか。それがいったいどういう経済基盤で作られるんだろうと考えると、目がくらみませんか?

 アニメーションが細部にばかり凝るようになった。その細部、デテールというのは、メカのデテールと女の子のスカートの中なんです。行き詰まるのは当たり前です。

こういった大文字の現実へのリアリティ志向は、芸術家が自らの個人史を長く生きた末に、すべからく大文字の歴史に向かうべきものだ。これを自分はどこかで「帰郷論的転回」と暫定的に名付けたことがある。欧米対日本という歴史的対立軸のもと提唱された「二段階転向論」(吉本隆明)とは別物。もう一人の「国民作家」である村上春樹が、デタッチメントからコミットメントへの転向の過程で、まだ断片的ではあるものの、歴史意識へのコミットを示し始めたことも、その射程に含まれている。

宮崎駿の偉大さは、歴史に照準した最終作『風立ちぬ』にあるだけでなく、しばしば、無国籍的、無時間的に脱政治化され抽象化されやすいアニメーション作品に、恐ろしいほど苛酷なセル画の描き込みの途上で、歴史意識をも刻み込もうとしてきたことにある。

となりのトトロ』でサツキとメイが(もちろん非少女性愛的なまなざしのもとで)無邪気に戯れる「家」が、当時難病中の難病だった結核患者用の隔離家屋だったことを、宮崎駿は明かしている。

また、以前この記事で書いたように、ルパン・シリーズに登場する銭形警部を、無時間的な存在ではなく、戦前戦中戦後を跨ぐ歴史的存在としての「裏設定」を新たに施して、先行世代の奮闘ぶりの記憶資源としてもいる。

ネット上でいろいろと情報を探し回っていると、どうも「チコの実」の真相が知られていないらしいことに気付いた。不思議なことに、宮崎駿ほどの芸術家がまだ真価を知られておらず、過小評価されているようなのだ。

 宮崎駿はアニメーションの画像の動かし方だけでなく、台詞書きが卓抜であることでも定評がある。

風の谷のナウシカ』も名台詞がぎっしり詰まった名作で、私生活の窮地を脱するのに応用できる台詞で満載だ。

例えば、バスルームから濡れたままのスリッパで歩き出して、廊下に足跡を付けてしまったのを難詰されたときには、酷薄な女王のクシャナが停戦の機会を待たずに開戦を告げる直前の台詞を応用したい。

所詮、血塗られた道だ

 例えば、彼女が見つけてきて行列に並んでまで二人で食べたラーメンの味がいまひとつだと感じているところ、彼女に美味しいかどうか訊かれたときには、腐海の深層部まで転落したアスベルが、ナウシカにもらったチコの実についていった台詞が応用できる。

味はともかく、長靴いっぱい食べたいよ 

 ラーメンや回鍋肉やパンナコッタなど、どんな状況でも長靴に入れそうにない食べ物について使うのがコツだ。

ちょっとした諍いや対立の芽を、それが笑いに代えて解消できる程度のものなら、ニャンとか笑いに代えてしまおうと試みるのが自分の癖。

話を元に戻すと、その「チコの実」のモデルが「クコの実」らしいという噂が、ネット上で広まっているようだ。それはおそらく誤報だろう。 

世界が認めた和食の知恵―マクロビオティック物語 (新潮新書)

世界が認めた和食の知恵―マクロビオティック物語 (新潮新書)

 

 個人的に考えていた「日本スパイ偉人列伝」の中で、最も血湧き肉躍るスリリングな人生を送ったのが、桜沢如一。その詳細は別稿としたいが、石塚左玄の食養学を発展させたマクロ・ビオティックの創始者で、海外ではジョージ・オオサワとして知られているほとんど破天荒ともいうべき一種の「冒険家」だ。

アメリカで弟子の久司道夫とマクロビオティックの普及に励んでいたとき、愛弟子との間に「分裂」が発生する。

この時期、アメリカ国内はもとより全世界を震撼させる大きな国際問題が勃発した。ソ連のミサイルがキューバへ移送されるのに対してケネディ大統領が海上封鎖に出るという、いわゆるキューバ危機が起こったのである。冷戦の危機は最高潮に達していた。

 桜沢はこのキューバ危機を巡る世界情勢を見て、やがて第三次世界大戦が起こり、核兵器が使われる可能性があると考えるに至った。桜沢は久司を代表とする「三名委員会」を任命し、ニューヨークからの避難場所を検討させた。その結果、放射能に汚染される可能性が最も少ないと推定されるカリフォルニア北部サクラメント渓谷のチコが移住先に選ばれた。しかし、久司はこれまで築き上げてきた拠点をこのまま捨てていくわけにはいかないと、ニューヨークに残る旨を宣言する。

 『風の谷のナウシカ』の「巨神兵腐海」が、核兵器放射能汚染の寓意であることはよく知られている。(彼の父が生きた)大正の関東大震災頃から戦前戦中戦後の昭和史に精通している宮崎駿が、自らの思想に最も近い先人のひとりである桜沢如一について、その波瀾万丈の人生を知らなかったとは考えにくい。

それとも、上記の史実と「風の谷」や「チコ」との一致は偶然なのだろうか。

戦場のメリークリスマス』の最終場面に、「(デヴィッド・ボウイが演じたイギリス人捕虜の)彼は私たちの中に種子を植えつけた」という台詞が現れたように記憶する。 

その台詞が、原作の『種と蒔く人』から来たのか、大島渚の遺作『御法度』と同じくホモ・セクシャルの含意からきたのか、調べる時間がなかった。

しかし、その映画で起こったのと同じように、生殖のような限られた局面以外でも、人は人に広く「種」を植えつけることができるのは確かだし、それが素晴らしいことだと感じているからこそ、人は表現へと向かうのだろう。

この国の戦中派最大の偉人が残した種は、『風の谷のナウシカ』の最後のカットを美しく飾っている。

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たとえ、上に書いたような「チコ」の芽の由来が偶然であったとしても、そこに「Route」(順路)の意味を読み取って、種を蒔いてもらった後続世代として、この国土に Root を伸ばして根付いていきたいと思う。