祝祭日の弾丸女王蜂

 もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことが出来たなら、その後の人生をどこで過ごそうとも、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ。

移動祝祭日 (新潮文庫)

移動祝祭日 (新潮文庫)

 

 過ぎ去った若き日々の女性への回想に、ヘミングウェイらしからぬ悲痛な趣きがある一編。冒頭に引用した有名な一句は、日本ではフランス詩から影響を受けた「凶区」の周辺でも、詩句の周辺のあちこちによく出没した。

移動祝祭日―『凶区』へ、そして『凶区』から

移動祝祭日―『凶区』へ、そして『凶区』から

 

 自分が初めてパリを訪れたのは、20歳の頃。ちょうどジャパン・アズ・ナンバーワンのバブルが弾ける直前で、その頃の東京の煌めきに満ちた風景に比べると、どこか燻んだ印象を受けた。家族5人で日産のマーチに乗っている父親と目が合うと、父親は私を日本人だとすぐに見分けたらしく、親指を立てて微笑んできた。私もそつなく親指を立てて Good! サインを返したが、心中ではこんな感想を禁じ得なかった。日産マーチって独身OL御用達の車ではなかったっけ?

というわけで、20代の自分にとっての「祝祭」は芸術の都パリとは結びつかないまま、「蜜蜂」と「王殺し」と「サッカー」の三つと奇態な結びつきをしてしまった。それでユニークな小説がひとつ書けるのではないかと考えて、いろいろと図書館で調べまわっていた。20代半ばの頃の話。やけに懐かしく感じられる。

蜜蜂については、この記事で少しだけ触れた。

記憶だけで話すと、「分封」という蜂の群れが巣別れをする日は、蜜蜂たちが一切攻撃をしなくなる。女王蜂の周りに蝟集するさまは、さながら祝祭のようだ。

 「分封」だけでなく「分蜂」という表記法もあるらしい。この記事では、分封のときの蜜蜂たちが不思議なほどの大人しさで「蜂球」を作る様子を紹介されている。指で触れても、蜜蜂たちはまったく攻撃しようとしないのである。

大和ミツバチ(日本ミツバチ)の分蜂のはなし | 大和ミツバチ研究所

「蜜蜂」の挿話はこうだ。

ここに一人のニューフェイスの暗殺者がいるとする。組織の人間に渡されたピストルで、或る標的人物を暗殺するよう命じられるのだが、恐怖やストレスがなせる業なのだろうか、或る日を境に、暗殺者の視野の vanishing point に、一匹の女王蜂が見えるようになる。手を伸ばして触れようとしても、手の届くすぐ先に残像はあり、そのホログラムのような女王蜂が起きている間ずっとついて回る。

暗殺決行の日が来た。残像の女王蜂とともに、男は標的者の背後に忍び寄り、素早くピストルで狙いを定め、首尾よく引き金を引く。しかし、暗殺者が使ったのは、実はスパイ用のピストルで、追いつめられたスパイが自殺すると見せかけて引き金を引くと逆側から弾丸が飛び出すトリック銃だった。

つまり、まっすぐに標的者めがけて引き金を引いたせいで、逆方向に飛び出した弾丸に自らが撃たれ、暗殺者は絶命してしまうのだが、銃を撃った瞬間、男が見たのは、銃から飛び出してくるあの女王蜂の残像だった。……

「王殺し」の挿話はこうだ。どこかに書いた文章をそのまま引用する。

 莫迦話で申し訳ないが、この手の話を興奮気味に本物の作家にしたこともある。

1998 FIFAワールドカップ日本代表 - Wikipedia

W杯予選中、日本代表のツートップはカズと城だった。カズはW杯直前にメンバーから外され、ほとんどの国民がそれを「死刑宣告」のように聞いて、同情を寄せた。メンバーを外されて、髪を白金に染め直したカズを見て、一夜にしてストレスのあまり総白髪になったとかいう悲痛なデマが流れるほどだった。当時のカズは31歳。カフカ『審判』のヨーゼフKと同い年だ。

「城とKのツートップなんて、不条理文学にとっては夢のような布陣ですよ。これだけで『優雅で感傷的な日本サッカー』が書けるんじゃないですか?」 

 「サッカー」がどうして祝祭に結びついているのかは、その起源に関係があるというのが自分の読みだ。10年以上前に、こんな風に書いた。

しかし、リゾームとまでは言いにくいにしても、たとえば野球よりも遙かに停止が少ないせいで範疇化や数値化を逃れた多様な動態でありつづけているサッカーという競技も、その発祥を辿ってみると、多人数が同方向を目指す単一の群れとなって、野を越え山を越えてボールを蹴り運んでいく祝祭に起源しているというから驚く。オフサイドとは文字通りその祝祭集団から脱落する行為を指したのだという。

さらに、なぜサッカーというスポーツが世界で最も愛され、最も祝祭に近いのかを考えた。あるいは、なぜあらゆるスポーツのゴールの中で、サッカーのゴール場面が最も美しいのか。

自分が私的な答案に書きかけていたのは、とんでもないユニークな仮説だった。

精子戦争---性行動の謎を解く (河出文庫)

精子戦争---性行動の謎を解く (河出文庫)

 

実は精子には3種類のプレーヤーがいる。 エッグゲッター精子とブロッカー精子とキラー精子で、これらはFW、MF、DFにぴったりと対応する。したがって、古代サッカーとは、性交における射精から卵子の受精に至るまでの旅を祭祀化したものだと言える。

先ほどの昔のブログで、自分はこう続けた。

したがって、近代サッカーは集団と目的地=ゴールをそれぞれ二等分して、一平面上に正対する2ベクトルとして向き合わせることによって、世界的な球技となりえたことになる。

上の記事で使ったようにあえて遠回しな隠語でいうと、Led Zeppelin の形状は、挿入先にある先行する他の男性の sperm を掻き出すように作られている。現代では orgy か gang rape のような特殊な局面でしか生じない闘いだが、サッカーへの世界的な熱狂を考えると、原始の記憶が私たちの本能に焼きつけられているのにちがいない。そこにあるのは一種の「戦争」で、サッカーとは掻き出しきれなかった二人の男性の遺伝子情報チームの受精をかけた戦いの擬制なのだとも言えるだろう。

だからこそ、受精の瞬間を象徴するかのようなゴール場面があのように美しく、しばしばスタジアムの観客席で暴れるフーリガンが、自民族中心的な人種差別的言動を繰り広げるのだろう。

この記事も最後の最後というところになって、ようやくこの本に言及できる。 

祝祭の書物―表現のゼロをめぐって

祝祭の書物―表現のゼロをめぐって

 

「祝祭」と題された章では、「祝祭」と「王殺し」が、そしてその王が「死者との対話能力」を持っていることが、言及すべき数多くの書物に裏付けられる形で、論じられている。安藤礼二の凄味は別のところにあって、この程度のことなら、研鑽を積んでいる人間がやすやすとクリアできることなのだと思う。

「蜜蜂」の挿話で語った「死の予兆としての女王蜂」を死者の表象として考えながら、20代の自分も同じようなことを考えていたのを、10年代ではきわめて稀な一流の文芸批評書が思い出させてくれた。自分の20代の思い出なんて忘れたくなるようなものばかりだが、想起には必ず喜びが伴うものなので、やはり感謝したい気持ちがある。

さまざまな書物に助けられたおかげで、主題群の吹き寄せは悪くなかったものの、結局20代の自分は、その突拍子もないストーリーを小説にまとめ上げることはできなかった。

それがどの分野であれ、才能があるかないかを悩んでいる人が世には多い。自分にとっては、才能に愛されるかどうかが当時も今も最大の問題だ。思わせぶりな仕草をしたり、謎めいた手紙を寄こしたり、夢に出てきて苦しめたり、急にふっつりと姿を見せなくなったり。気まぐれな彼女の心が手に取るようにわかったら、どんなに幸福なことだろう。そんなことを夢想しながら、今日も訓練を休まずにひとり読書に耽るのだ。

 

 

 

 

(小説の構想を練っていた当時、脳裡で鳴っていた曲。PV未見の当時から、これはフーリガンの歌だと確信していた。ビールの大合唱はよくある光景だったらしいし、白人しか出てこないこのPVで、連呼される Mega mega white thing にはおそらく人種差別のニュアンスがある。当時問題となっていたのは White Power という標語だっただろうか)。 

Drive boy
Dog boy
Dirty numb angel boy
In the doorway boy
She was a lipstick boy
She was a beautiful boy
And tears boy
And all in your innerspace boy
You had chemicals boy
And steel boy
Ive grown so close to you
Boy and you just groan boy
She said comeover comeover
She smiled at you boy
Drive boy
Dog boy
Dirty numb angel boy
In the doorway boy
She was a lipstick boy
She was a beautiful boy
And tears boy
And all in your innerspace boy
You had chemicals boy
And steel boy
Ive grown so close to you
Boy and you just groan boy
She said comeover comeover
She smiled at you boy
Let your feelings lift boy
But never your mask boy
Random blonde boy* *sounds more like boy than bio. i
Could be wrong though
High density
Rhythm blonde boy
Blonde country
Blonde high density
You are my drug boy
Youre real boy
Speak to me and boy
Dog dirty numb cracking boy
You get wet boy
Big big time boy
Acid bear boy
And babes and babes and babes and babes and babes
And remembering nothing boy
You like my tin horn boy
And get wet like an angel
Derail
You got a velvet mouth
Youre so succulent
And beautiful shimmering
And dirty wonderful
And hot times
On your telephone line
On your telephone
To God I love you
And in walks an angel
And look at me your mum
Squatting pissed in a tube hole
At tottenham court road
I just come out of the ship
Talking to the most blonde I ever met
Shouting
Lager lager lager lager
Shouting
Lager lager lager lager
Shouting
Lager lager lager lager
Shouting
Lager lager lager
Shouting
Mega mega white thing
Mega mega white thing
Mega mega white thing
Mega mega
Shouting
Lager lager lager lager
Mega mega white thing
Mega mega white thing
Mega mega
So many things to see and do
In the tube hole true blonde
Going back to romford
Mega mega mega
Going back to romford
Hi mum are you having fun
And now are you on your way
To a new tension headache