毎日、友好的、時々、天使好き

daily, friendly, sometimes heavenly

ここに書いた三つの -ly は副詞ではなく形容詞。slowly や carefully のように、形容詞+-ly は副詞を作るが、名詞+-ly は形容詞となる。意訳すると「毎日、友好的、時々、天使好き」といった感じだろうか。これが現在の私の生活の基本的な構成要素となっている気がする。

heavenly 自体は「天上の」とでも訳すべき単語で、最近の自分が特にそういうものに関心を惹かれているのは、これまでさまざまな神秘体験を経てきたからもあるが、直近のユングの自伝を読んだことによるところが大きい。

水銀と硫黄と塩を用いて gold を作り出すというあの錬金術に、ユングが耽溺したことは事実としては知っていた。しかし、自伝を読むと、実際にそのような妖しい実験に耽っていたわけではなく、錬金術の古文書に隠されている真の意味を、徹底的なテクスト・クリティークによって探し求めていたらしい。

 私には、手引きの糸を手渡してくれるアリアードネがいなかったので、錬金術的な思考過程の迷路の中で、自分の道をほぼ見出すまでにはずいぶん長い間かかった。十六世紀の本の『賢者のばら園』を読んでいると、変った表現や言い回しが頻繁に繰り返されているのに気がついた。例えば、「溶解と凝結」、「一個の器」、「石」、「第一原質」、「メルクリウス」などである。私はこれらの表現が何度も特殊な意味で使われているのを見た。しかし、その意味がこうだということはできなかった。そこで私は、重要語句の前後参照つきの辞書を作ることにした。時がたつにつれて、数千の重要語句や単語が集まり、抜萃で いっばいになった何冊もの本ができた。ちょうど、未知の言語のなぞを解いてみているかのように、私は言語学的な線にそって研究した。こういう方法によって、錬金術的な表現法は、次第にその意味を現わしてきた。これは私を十年以上もの間、夢中にさせた仕事だった。

 

 私は、まもなく、分析心理学がはなはだ珍らしい方法で錬金術に符合することを見出した。錬金術師の経験は、ある意味では、私の経験であり、彼らの世界は私の世界であった。これは勿論、重大な発見であった。すなわち、私の無意識の心理学の歴史上の相対物にめぐり会ったのである。錬金術との対比の可能性と、グノーシスにまでさかのぼる不断の知識の鎖は、私の心理学に骨子を与えた。これらの古いテキストを熟読した時、何もかもが、すなわち、私の集めた空想の心像や経験的な要素そしてそれから引き出した結論が位置づけられた。今や、私は、これらの心的内容が歴史的展望の中で見る時に、何を意味するかを理解し始めた。神話の研究によってすでに解り始めていた、それらの典型的な性質について理解を深めたのである。原始心像と元型の性質が私の研究の中心を占め、歴史無しには心理学はありえないこと、ことに、無意識の心理学はありえないことがはっきりとした。 

ユング自伝 2―思い出・夢・思想

ユング自伝 2―思い出・夢・思想

 

三島由紀夫が「隠れユンギアン」だとここで語った。

おそらくそう見て間違いないと思うが、痕跡はさほど多くない。安部公房との対談で「集合無意識」を多用しているとか、『からっ風野郎』主演に寄せたエッセイで、映画の中の自分を「反陽子」(量子力学)によって生じたもう一人の自分として言及したとか、細かな痕跡を平凡パンチの元編集者がリストアップしてくれている。

完全版 平凡パンチの三島由紀夫

完全版 平凡パンチの三島由紀夫

 

 しかし、より太い水脈の方から、同じ場所へ辿りつくこともできる。

そこに散見される「霊」という鍵言葉に注目してもらいたい。32歳で夭逝する直前、最終的に間章が到達するのは、仏文ノワール系代表作家のセリーヌではなく、シュタイナーの神智学なのである!「ロックの霊的次元」について語りうる人間が、彼のほかにいただろうか。

ロックから神智学へ。

ありえないルートに思えたその登攀ルートを、間章の足跡を追ったのだろうか、やはり登って行った人物を見つけた。しかもその人物は、神智学からさらに縦走して、三島由紀夫論にまで辿りついてしまったのである。

三島由紀夫論―命の形

三島由紀夫論―命の形

 

『太陽と鉄』を一種の修業論としてとらえる独創的な読みの中で、小杉英了は『太陽と鉄』がいかなる神仏にも、いかなる聖典や修行書にも言及していないことを強調し、「現実世界に立っている体一つを、その極限まで探求するという意志に貫かれている」点を高く評価する。そのあとの引用箇所があまりにも正確だ。

思うに、それは私が自分の精神の奥底にある「日本」の叫びを、自らみとめ、自ら許すようになったからだと思われる。この叫びには近代日本が自ら恥じ、必死に押し隠そうとしているものが、あけすけに露呈されている。それはもっとも暗い記憶と結びつき、流された鮮血と結びつき、日本の過去のもっとも正直な記憶に源している。それは皮相な近代化の底にもひそんで流れているところの、民族の深層意識の叫びである。 

このように、肉体の深みへ降りて共同体的な歓喜と受苦へ身体を浸す秘儀を、三島が最初に知ったのは、おそらく自由が丘で初めて若者たちと神輿担ぎをしたときにまで遡るのだろう。そのとき三島は「至福の青空を見た」というような言葉を使っていたはずで、このあたりから、例えば、死とエロスと戦争の交じり合った共同体を描いた『青空』を持つバタイユの思想と重なり始めるはず。

しかしここでは、鍛錬された肉体そのものの深みで、共同体の集合無意識に腰まで浸かった三島が、それを何と呼んだかを思い出しておくことにしよう。

それは、近代化されたこの国が見失ってしまった「日本」だ。

大好きな日本が終わってしまうのは困るし、短歌にせよ唱歌にせよ、挽歌なんて歌うべきだとは少しも思わない。ただ、このあとぐっすり眠るのに良さそうなので、「天上の」や「水銀」ではじまったこの記事を、heavenly voice が歌い上げる mercury という曲へ言及することで、締めくくることにしたい。

heavenly voice の代表格と言えば、この記事で言及した4ADレーベルの元エースであるCocteau Twins の Elizabeth Fraser や、私的生涯ベストCMのBGMを歌っていた Portishead の Beth Gibbons などが、ヨーロッパではよく挙がっているようだ。

二人も大好きだが、中低音域の人間寄りの場所でも「天使らしさ」を失わないことを加味すると、heavenly voice の持ち主としては、Kirsty Hawkshaw に真っ先に指を屈するべきではないだろうか。

歌詞は、行きずりの恋のあとに女性の側に残った未練を歌っているようだ。その未練の重みと背徳の感じと移ろいやすさを、「水銀」という液体金属の暗喩がうまく引き受けている。

超高音域でもさほど声量が痩せず、完璧な音程コントロールで「始まっていないものを、どうやって終わらせることができるっていうの」と彼女が天使的高音を振るわせるのを聴くと、心が冷静さを失ってしまうような気がする。

このブログの記事数は今晩で110。調べたいこともたくさんあるし、書きたいことも山のようにあるのに、時間だけが圧倒的に足りない。自分はこれから、どのような主題を、どのように書き継いでいくのだろうか。それがまだ「始まっていない」のなら、答えは無数の可能性が並列した未来の中にしかないはず。その未来を面白いと感じられる余裕さえあれば、すべては事足りるだろう。そう勇ましく優しく断言しておくことにしようか。

天上の話はここまでで終わりにする。ごめん、なんていう excuse の一語を差し挟まずに、一つ先の未来の朝、いつもの天井の下、明るい笑顔で目覚められることを願いながら、今晩はもう眠ることにしたい。

 

 

Do I fail you
Do you scare yourself
I know you're not a saint yet
Neither am I
I guess that time put out the flame
Now I don't ever know
The meaning of my name

 

How can it be over
When it hadn't begun
How can it be over
It hasn't begun

 

You're free to go now
Be alone in the flesh
And I won't think of you
I'll try to see myself
Should I stare into the lake
Free like mercury
The past we must forsake

 

How can it be over
When it hadn't begun
How can it be over
It hasn't begun

 

I write this song for you
As a contract for the love
And what was true or not
Won't compare to the above
I'll try and hold my head
Should I fall into the sea
Free like mercury
If only I could be

 

Over what hadn't begun
How can it be over
It hasn't even begun