ユーモア短編②「靴のcmの数だけ『オ』で泣いて」
編集長殿 上記記事の「恋の相談に乗りたがる恋知らず」を読んで、迷惑メール送信者が、文体から、私の高校の同級生ではないかという勘が働きました。ネットを探すと、彼がグッピーという別名で LINE で恋愛相談に乗っているのを見つけました。相談者を装って接触すると、彼の恋愛未経験ぶりが露わになったので、念のため注つきで報告しておきます。 A子
A子:はじめまして。21歳の女子大生です。私には交際して3年の彼氏がいます。私は彼のことが真剣に大好きなのに、彼は私のことを「都合のいい女」だと考えているフシがあります。結婚を前提とするような真剣な気持ちを、彼に持ってもらうには、どうしたらいいですか?*1
グッピー:なるほど。年齢が近いので、ここからは同級生口調で話してね。彼を本気にさせるのは、実は簡単。あなたと彼の趣味はそれぞれ何?
A子:(前回と同じ展開になるのを避けるため)趣味よりも、もっと大事なことを訊きたくて。せっかく二人きりの LINE なので、夜の話を訊いてもいい?
グッピー:…ああ、なるほど。クライアントの利益を守るのが、グッピーの信念。もちろん、いいよ! 何でも訊いて!
A子: ちなみに、グッピーくんがベッドを共にした経験人数は何人?
グッピー: え? いきなりそこから訊くの!?
A子: 何でも訊いてっていうから。
グッピー: えっと… 26.5人かな。
A子: その小数点以下はどういう意味(笑)*2? まさか、とっさに靴のサイズを言ったわけじゃないよね?
グッピー: ……。
A子: じゃあ訊くけど、靴のサイズはいくつ?
グッピー: 26.5cm。いや、訂正する。27.5だった、経験人数は。
A子:(グッピーが童貞だと確信したので仕掛けることに決める)。ほら、男の子が女の子をくすぐるときにいつも使う羽根、彼は黒のカラスの羽根を使うの。あれがチクチクするのが厭なんだけど、彼に言いづらくて… ちなみに、グッピーくんはどんな羽根を使っているの?
グッピー: ……。
A子:検索せずにすぐ答えてよ、プロでしょ。
グッピー: グッピーは赤い羽根かな。高価な羽根を使う男には注意した方がいいよ。本当に羽根のはえている男の心は、ベッドの上の恋人だけじゃなくて、いろいろな社会的立場の人々へと飛び回るものなんだ。募金と引き換えにもらう赤い羽根は、確かに粗末だけど、「赤を使って」ってお願いしてくる女の子も多いよ。
A子: でも、あのくすぐる羽根については、女の子には女の子の悩みがあるのよ。色によって、声の母音を変えなきゃいけない習わしがあるでしょう? 黒の対応母音は「オ」だから、結構むずかしいの。赤い羽根は「ア」だから女の子は楽よね。
グッピー: きみの言う通り、黒の羽根でくすぐられるのが苦手っていう女の子は多いね。「オ」でも、男を引きつける声は出せるんだけどね。余談だけど、打消しの助動詞「ず」をつけて、その直前の文字の母音が「ア」だとその動詞は四段活用だよ! 「笑はァァァず」。
A子: 確かに笑えないわ、その余談。…そんなことより、さっきの凄すぎる台詞にはびっくり。グッピーくんは、黒い羽根でくすぐられたときの「男を引きつけるオの声」を出せるっていうこと?
グッピー: もちろん。恋愛心理のプロだもん。
A子: じゃあ、通話に切り替えて、実地に教えてもらおうっと。
グッピー: (呼び出し音が鳴る)もしもし。展開がずいぶん素早いね。
A子: 30秒でいいから、解説を入れながら、黒の羽根でくすぐられたとき、女の子がどうやって「オ」で声をあげたらいいか、教えてちょうだい。
グッピー: まず最初はね、驚きの小さな「オ」から始める。羽根の先が触れた瞬間のチクっとした感じを母音に乗せるんだ。ォ、ォ、ォォ?
A子:(私は適当に聞き流しながら、手元のメモ帳に、彼に伝えるべきメッセ―ジを下書きしはじめる)。グッピーくん、高校時代に演劇部主将で前衛演劇に打ち込んでいた姿、とても素敵だったよ。同級生たちが受験勉強に追い立てられている中、勉強を軽くこなして、いつまでも後輩たちのお芝居の演出を買って出ていたね。
グッピー: そこから、雰囲気を出して、どこまでも甘さが広がるような深い「オ」にするんだ。オオオォゥ、オオオォゥ、オオオォゥ…
A子: 知らなかったと思うけど、グッピーくんのこと好きだった女の子も、同級生の中にいたんだよ。その子は、いつまでも瞳が少年で、純粋な感じが好きだって言っていた。将来どんな男になるのか、とても楽しみだって。
グッピー: いよいよ、そこから、黒い羽根くすぐりのクライマックスさ。さっきの オオオォゥ に、スタッカートの「オ」を交じらせる。テンポを早くしたり遅くしたりするのがコツだ。オオオォゥ、オ、オオオオオオォゥ、オ、オォゥ、オオオオオオォゥ…
A子: グッピーくん、お願い、正気に返って。
グッピー: オ、オオオオオオォゥ、オ、オォゥ、オオオオオオォゥ…
A子: グッピーくんが経験人数がゼロなのは、もうわかっているよ。Google で「羽根とくすぐり」について検索してね。(と、メッセージを書き上げて、LINE通話を一方的に切る。そして、メッセージ全体を打ち込んで相手に伝える)。
グッピー: ごめんなさい。よく知らないのに、「オ」の声の出し方を教えようとして。でもね、でもね、でもね、経験人数がゼロっていうのは絶対違うからね!
A子: もういいよ。怖かったんだね。本当の自分の姿がばれるのが。
グッピー: 違う、違う、違う。きみが言ったのは「ベッドを共にした経験人数」だろ? 少なくとも、少なくともだよ、ぼくは赤ちゃんの頃、お母さんと一緒にベッドを共にしているからね!
A子: それで、靴のサイズの26.5にお母さんを足して、27.5人にしたというわけね。
グッピー: 少なく…とも… ゼロじゃ…ない…
A子: ひょっとして、泣いているの?
グッピー: ぼくが悪かったよ。きみはぼくの同級生みたいだから、よく知っていると思う。恋愛ドラマにはのめりこめても、実際の恋愛は全然駄目なんだ。ぼくを哀れだと思って、きみに実際に教えてもらえたいんだけど、駄目かな?
A子: 結婚したがっている男性がいる私に頼んでいるの? クライアントの利益を守るのが信念じゃなかったの?
グッピー: (こらえきれずに泣きはじめる)オオオォゥ、オ、オオオオオオォゥ、オ、オォゥ、オオオオオオォゥ…