ユーモア短編⑤「柔らかいグッバイに衝突しちゃって」

編集長殿  上でお話ししたオープン恋愛カウンセリングでのすったもんだのとき、恋愛カウンセラー「塔不二子」の名刺を、グッピーくんのノートPCの上に置いてきました。恋愛相談サイトは男友達に作ってもらいました。名刺は私の自作。「無料相談受付中」の文字を強調しておいたので、必ずグッピーくんから連絡があると確信していました。翌日連絡があったので、そのやりとりを例によって注つきで報告いたします。私はグッピーくんが必ず一流の恋愛カウンセラーになれると信じています。   A子

 

塔不二子: はじめまして。あなたの恋愛のお悩みは何ですか?

グッピー: 恋愛心理の本をどんなに勉強しても、恋愛経験がゼロのままなんです。21歳の大学生です。

塔不二子: きっと自分では気付いていない癖が、あなたの恋愛を邪魔しているだけ。催眠療法や霊視も使って、すべて解放してさしあげます。まずはリラックスして深呼吸をしてください。ここで、ハンドフリー通話に切り替えましょう。

グッピー: もしもし。先生聞こえますか?

塔不二子: よく聞こえるわ、グッピーくん。目を閉じて、深呼吸をつづけて。今ひとりで安全な場所にいる? 

グッピー: ぼくひとりです。先生に質問が…

塔不二子: 待って。相手が女性のときは、もっと優しくするのよ。私が塔不二子を名乗っているのは、峰不二子そっくりって言われたから。 

グッピー: え? あんなにスタイルが良いんですか?

塔不二子:  写真を載せると騒がれるから、サイトには載せてないの。さあ、目を閉じて、先生のあとにつづいて繰り返して。バスト99.9、ウェスト55.5、ヒップ88.8センチ。

グッピー: バスト99.9、ウェスト55.5、ヒップ88.8センチ*1

塔不二子:  スリーサイズのどれにあなたのベストな集中が起こるか、意識しながら、もう一度繰り返して。

グッピー: バスト99.9、ウェスト55.5、ヒップ88.8センチ。…最初の「99.9cm」にいちばん感覚がざわざわしました。*2

塔不二子: 今あなたを霊視しました。あなたの潜在意識は… いま女物のスカーフで目隠しされている。女性に口を開けるよう頼まれて… でも、口の中に入ってきたものは、食べ物ではなく無機物かもしれない…

グッピー: え? 先生、凄い! 全部あたっています。口に食べ物じゃないものを入れる悪戯のイメージ*3を、最近思い浮かべたばかりなんです。ぼく、先生の凄さに、もう心を奪われてしまったかもです。

塔不二子: それもすでに伝わってきていました。「99.9cm」の時点くらいで…

グッピー: それも… ズバリ的中しています*4。本当に凄い。

塔不二子: あなたの恋愛の成就を邪魔しているのは、幼児期に母親からの愛情を受け取り足りなかったこと。今から、ローソンの宅配サイトへ行って、「大きなツインシュー」をふたつ配達してもらう手配をなさい。

グッピー: え? シュークリームを何に使うんですか?

塔不二子: 「ツインシュー」の「ツイン」とは、ミルク由来の生クリームも入っているということ。もう一度、峰不二子のスリーサイズを繰り返して。

グッピー: 「バスト99.9、ウェスト55.5、ヒップ88.8センチ」。いま注文しました!

塔不二子: 恋愛心理の本から、何を学んだかを教えてちょうだい。

グッピー: 独自のグッピー理論を確立しました! 幼児が使う二音節語(車を「ブーブー」、犬を「ワンワン」)は、母親と自分が同一の反復物であるという世界観の提示なのです。この音韻の同一性の追求は成長期まで続き、小学生の駄洒落文化を生み出します。「パンはパンでも食べられないパンは? → フライパン」のような。同じ駄洒落を中年男性が使うと嫌悪感を抱かれるのは「いい年齢をして、母親との同一性を追求してんじゃねえよ」という反感でしょう。ラカンにもメラニー・クラインにも書いてありませんでした。グッピー理論の独創性には自信があります!

塔不二子: あなたの過去の恋愛を霊視しています。そこまでわかっていながら、駄洒落だらけのラブレターを出して… 無視されていますね… あなたはそのラブレターの件で… 何か月も悶々としている…

グッピー: 先生! それ以上見ないでください。見ても、言わないでください! ぼく泣いちゃいます!*5

塔不二子: 宅配便のドアベルね。取りに行って大丈夫よ。

グッピー: 先生、シュークリームを何に使うんですか?

塔不二子: 目を閉じて、両手にひとつずつ持って、まずは頬にそっと当てなさい。それから、好きな方から優しく食べていくのよ。

グッピー: 先生、とってもいい匂いがします… すぐに食べちゃいたくなるくらい…

塔不二子: あ、だめ! 歯を使ってはだめなのよ。シュークリームは食べるものではなく、味わうものなの。優しく、舌と指だけを使って… そう… そうよ…

グッピー: 先生、美味しくて、気持ちよくて、ぼく、とても幸せです!

塔不二子: 今あなたが舌を這わせているものを、やさしく呼んで、話しかけてあげて。

グッピー: きみは最高だ、最高のニュウボウだよ。

塔不二子: どうして、そこで医学用語を使うの? もっと素直に… 言いづらかったら、置き換えてもいいわ。「失敗」とか「いっぱい」とか「グッバイ」とかに。さあ、話しかけるのよ!

グッピー: 唇でずっと触れたかったんだ、失敗に。いっぱい… いっぱい… 嗚呼、「グッバイがいっぱい」だ…

塔不二子: グッバイと戯れながら、話してほしいの。あなたがいま恋している相手は、どんな女性?

グッピー: 高校時代の同級生で、つい先日、偶然再会したんです。ぼくがピンチのところを、機転をきかせて助けてくれたのが、嬉しくて、可愛らしくて。*6

塔不二子: 彼女にどんなイメージを抱いているか、教えてちょうだい。 

グッピー: もともとは、ぼくが演劇をしているときに舞台美術をやってくれたんです。公演前夜、舞台の張り込みを徹夜でやってくれて、本番の舞台中にふと袖から客席を見ると、彼女がぐうぐう寝ているんです。芝居の本番も観てられないほど一生懸命やってくれたんだと思うと、その寝顔がやけに 可愛く感じられてって、4年前の話ですけどね*7。イメージは、地味、真面目、頑張り屋さんってところです。

塔不二子: いまあなたが手にしている「グッバイ」を、その彼女の「グッバイ」だとイメージしてもいいのよ。

グッピー:  あ、それは無理です。こういうボリューム感がないんです、彼女には。*8

塔不二子:  じゃあ、もっと派手でスタイル抜群の女の子を選べばいいじゃない。どうして、地味で真面目な頑張り屋さんを好きになったの?

グッピー: ご馳走さま。「グッバイ」、とても美味しかったです。…どうして彼女を好きになったのかは、自分でもよくわからないんです。自分のタイプだとは思っていなかった子なので。

塔不二子: 電話越しに、あなたの「グッバイ」への執着ぶりと鼻息を聞いた感じでは、あなたは満たされない母性愛を異性に求めようとしている。いわば、悪戯で口に突っ込まれた口唇期的リモコンに支配されているのよ。

グッピー: 先生、凄い! リモコンってことまでわかるんですか! 何ていう超能力!

塔不二子: グッピーくん、私の言うことを信じなさい。あなたが恋している彼女は、あなたが大人の男性になるのを心待ちにしているはず。例えば、あなたが母性へ執着するのと同じく、彼女も父性が恋しいときもあるかもしれない。もし彼女が自分の娘なら、どのように守って、何をさせてあげたいか、そんな新しい視点からあなたの恋を見直してみると、きっとうまくいくと思うわ。

グッピー: 先生のおっしゃる通りだと思います。母性に執着があれば、ボリューム感たっぷりの「グッバイ」をお菓子で味わえばいい。それ以外の欲望を向ければ*9、彼女ともうまくいくかもしれない。そんな気がしてきました!

塔不二子: そうよ。不二子の新鮮な「グッバイ」は、全国津々浦々のローソンへ、毎日配送されているわ。

グッピー: 先生、最後に一番訊きたかったことを訊きます。先生のお名前が塔不二子だっていうことは…

塔不二子: そう、それを一番訊いてほしかったの。どうして「塔不二子」なのかを。

グッピー: 先生もやっぱり99.9cmなんですか?

塔不二子: ぐおおおぉぉん! いつまで莫迦なこと言っているの! ボリュームがどうこうとか言ってないで、どうして「塔不二子」なのかを考えなさいよ! もういい! (塔不二子=豆腐+事故=)豆腐の角に頭をぶつけて死んじまえ! 

*1:普通はすぐに疑うのに、素直に信じてリピートするところが可愛らしい

*2:恥かしくて「バスト」と言うのを避けているらしい。

*3:あ、実体験じゃなくてイメージだって言っちゃった。

*4:男って莫迦みたいに単純!

*5:勘でカマをかけたら、図星だった模様。

*6:え! 私のことだ!

*7:へぇ、私が頑張っているのを見ていてくれたんだ。誰も気が付いてないかと思っていた。

*8:ちょっと! 私の身体の何を知っているっていうのよ! ハタチ前後の女の子って変わるんだからね!

*9:グッピーくん、微妙に暴言ですよ!