短編小説「星々が近くにある遠くの街へ」

 シングルマザーが夏休みを迎えると、父親が担当しがちな自由研究まで手がけなければならない。といっても、ひとり娘はまだ小学校二年生。自由研究はシンプルでかまわないはず。むしろ大変なのは、娘は反抗期にはまだ早い年齢なのに、事あるごとに「ママの嘘つき」と一人前に憎まれ口を叩くことだ。

 去年の12月、サンタクロースが娘にクリスマス・プレゼントを持ってきてくれたと話しただけなのだ。どの家庭にもある罪のない「白い嘘」が、家庭に父親のいない娘には許せなかったらしい。あの冬以来、娘が私を信じていないらしいのが言葉のはしばしでわかる。

 そんな経緯もあって、今年の夏休みは娘を喜ばせたくて、早々に岬の灯台近くのキャンプ場を予約した。カメラのシャッタースピードを落としたどこかの星空の写真に、強く心を動かされたからだった。 

 

https://ganref.jp/common/special/starry2014/img/landing03_l.jpg

(画像引用元:https://ganref.jp/common/special/starry2014/img/landing03_l.jpg

 

 小学校の理科の教科書に、北極星の周りを星々が円を描いて光っていたり、地平線へ揃って弧を描いて沈んでいったりする定番の写真がある。私が見た写真には、灯台と星空が同時に写っていた。シャッタースピードが長いので、灯台は全ての方向の夜空を煌々と照らしている。その背景に天の川がきらきらと光っている。たぶん素人がちゃちなカメラで撮ったら、灯台の光に負けて、星々の光は霞んでしまうことだろう。

 私は娘が小学校に行っている間に仕事を抜けて、街角のカメラ屋さんへ駈け込んだ。カメラ屋さんが勧めてきたのは、ミラーレスのデジタル一眼レフ。予算よりちょっと高かったが、カメラ屋さんがモニター半額キャンペーンを適用してくれると持ちかけてくれたので、私はそれに飛びついた。

 約束通り週末になると、カメラ屋さんは私の自宅へ現れた。彼は50代後半で、写真が趣味の夫とは少しばかりの交流があった。玄関にカメラ屋さんを迎えたとき、私は彼に、夫は遠くの街へ行ってしまったと娘に話していると告げた。

「遠くの街?」

「当時3歳の娘に、またいつか逢えるという希望をあげたかったんです」

 長話はしたくなかった。カメラ屋さんはテレビマンが使うような巨大で重厚なカメラを担いでいたのだ。

「ママ、それは何のカメラ?」

 リビングの隅に大きなカメラが設置されるのを見て、娘が跳びはねるように近づいてきた。カメラ屋さんが微笑んだ。

「エナジーグラフィーだよ」

 カメラ屋さんが私の方へ向き直った。

「物体が帯びている生体エネルギーを映し出すカメラなんです。開発段階なので、市販されるのはまだ先になりそうですがね。面白そうなんで、大学の研究室の知り合いから借りてきました。モニター映像を収集する交換条件でね」

「生体エネルギーっていうのは、人の身体をカラフルに色分けするカメラみたいなものですか?」

「ああ、あれはサーモグラフィーですね。あの色分けは熱が高かったり低かったりするのに反応しているんです。このカメラは生体エネルギーなので、熱ではなく感情や思いに反応するんです」

「感情がカメラに映るんですか?」

「うっすらとですけどね。面白いのは、物を映しても、このカメラ越しだと物が光ることがあるんです」

「本当ですか。まさか、物が感情を持っているとか?」

「いやいや。残留思念というんでしょうか。人が物を扱ったときの感情が、そこに残ることがあるらしいんですね」

 カメラ屋さんは芯から楽しそうな表情で、カメラーをパーンさせて、うちのリビング全体を撮影した。私は背後から見守っていた。娘が映り込んだとき、その生体エネルギーの明るさに驚いた。娘が画面からはけると、食卓の上の葉付きのチロリアン・ランプが光を放っているのに目に留まった。

「これを見て下さい」とカメラ屋さんがモニター画面を指差した。指先は花ではなく陶器の花瓶の方を指している。

「花だけでなく、花瓶がぼうっと光っているのがわかりますか?」

「本当ですね。お気に入りの花瓶で、大切に扱ってるせいかしら」

「きっとそうでしょう。花瓶みたいに手でさわる物は、こういう具合に光ることがよくあるみたいです」

 カメラ屋さんはひと通りリビングを撮影すると、子供部屋の撮影に移った。モニター画面が明るくなった。子供部屋の方が、はるかに生体エネルギーに満ちているようなのだ。娘がいつも抱いて眠っているイルカのぬいぐるみは、まるで内側に白熱球が灯っているように温かく輝いている。

 私の脚に縋りついてきた娘が、面白そうにモニター画面を眺めている。

「どうしてイルカさんやベッドが光っているの?」

「あなたの生命のエネルギーが、ぬいぐるみやベッドとつながっているのよ」

 私は娘の髪を撫でていた。

 カメラ屋さんが口の中で小さく「あれ?」と呟いたのが聞こえた。私と娘がモニター画面をのぞきこんだ。子供部屋には誰もいないのに、隅にある物体の光り具合が変化しているのだ。

「お馬さんが光りはじめた!」と娘が大きな声をあげた。

 娘が指差しているのは、2才まで娘がいつもまたがって身体を揺らしていたロッキング・ホース。その光り具合がとても不思議だった。たてがみの部分が強く光り、続いて馬の背中にある座面が、誰かがなぞっていくかのように明るくなった。

「奥さん、子供部屋に誰かいるかもしれませんね」

 誰かいるかもしれません。私はその言葉をもう一度心の中で呟き直した。私たち三人は魅入られたように、光り具合の変化していくロッキング・ホースを見つめていた。すると、思いがけないことが起こった。

「あ、ママ。お馬さんが揺れ出したよ!」

 窓を閉め切っている無風の室内で、ロッキング・ホースが微かに揺れ出したのだ。揺れは微かなので、すぐに止まるかと思いきや、いつまでも揺れつづけている。馬の耳のある辺りの光が強まっている。誰かがロッキング・ホースを押しつづけているのだ。

 私はしゃがんで両手で娘の両手を握った。

「よく聞きなさい。パパがあなたに会いに来てくれたわよ。お馬さんを抱きしめにいっておいで」

 娘は元気よく返事をして、子供部屋の隅へ駈けていった。娘が映り込むと、モニター画面が眩しいくらいぱっと明るくなった。娘が2歳のときまで跨っていたロッキング・ホースは、成長して7歳になった娘の身体が重なると小さすぎて、娘の眩しい光にほとんど隠れてしまった。娘はしきりにお馬さんの背中を撫でさすっている。今では小さすぎる玩具でしかないが、そのロッキングホースは、娘がいつも父親に揺らしてもらって遊んでいた玩具だったのだ。

「ありがとう、パパ。天国から会いにきてくれて、ありがとう」

 お馬さんに話しかけている娘の小さな声を聞いて、私は胸が詰まって、涙があふれそうになった。私が「いつか遠い街に行けば、パパに逢える」と、繰り返し白い嘘をついてきたのに、娘は父親と死別したことをわかっていたのだ。

 私はカメラ屋さんにこの撮影動画をダビングさせてほしいと頼んだ。カメラ屋さんは私を振り返って大きく頷いた。

「私もとても嬉しいんです。あいつにまた逢えて」

 私はハンカチで目頭を押さえた。

 ロッキング・ホースを横抱きにしている娘は、強い光の中で目を瞑っている。幸せそうに恍惚として、ありがとうを繰り返している。

 信じられない思いで、目の前の光景を見つめながら、私はふと雑誌の或る写真に目を留めたときのことを思い出していた。ふと目を留めたあの写真から、すべては始まったのだ。あの写真には、すべての方向の夜空へ光を放っている眩しい灯台と、きらきらした天の川が同時に写っていた。星々に見守られているあの灯台のように、娘が周囲に光を放つ存在になってほしいと強く願っている自分に、私は気づいた。

 この夏休み、娘と一緒にあれと同じ構図の写真を撮りに行こう。星々が近くに感じられる遠くの街へ行こう。私はあらためてそう固く決意した。

 

 

 

 

 

 

Oh let your little light shine
Let your little light shine
Shine on Vegas and Wall Street
Place your bets
Shine on the fishermen
With nothing in their nets
Shine on rising oceans and evaporating seas
Shine on our Frankenstein technologies
Shine on science
With its tunnel vision
Shine on fertile farmland
Buried under subdivisions

 

Let your little light shine
Let your little light shine
Shine on the dazzling darkness
That restores us in deep sleep
Shine on what we throw away
And what we keep

 

Shine on Reverend Pearson
Who threw away
The vain old God
Kept Dickens and Rembrandt and Beethoven
And fresh plowed sod
Shine on good earth, good air, good water
And a safe place
For kids to play
Shine on bombs exploding
Half a mile away

 

Let your little light shine
Let your little light shine
Shine on world-wide traffic jams
Honking day and night
Shine on another asshole
Passing on the right!
Shine on the red light runners
Busy talking on their cell phones
Shine on the Catholic Church
And the prisons that it owns
Shine on all the Churches
They all love less and less
Shine on a hopeful girl
In a dreamy dress

 

Let your little light shine
Let your little light shine
Shine on good humor
Shine on good will
Shine on lousy leadership
Licensed to kill
Shine on dying soldiers
In patriotic pain
Shine on mass destruction
In some god's name!
Shine on the pioneers
Those seekers of mental health
Craving simplicity
They traveled inward
Past themselves...
May all their little lights shine

 最終行の may は「祈りの may」。「すべての小さな光が輝きますように」。