紙月はしないのにアシンメトリー

雨の木曜日、街に出ていろいろと用事をしていると、視野に見覚えのある可愛らしい顔があるような気がした。目を向けると、リュグツカの女の子だった。若い多産な創造時代、彼女の「子持ちししゃも化」計画は順調に進んでいるだろうか。「元気です」とのこと。頑張れ。

そのあと、何か良いことが起こるような予感がして、或る建物の中に入った。ところが、待てども待てども頼んだ書類が出てこない。窓の外を落ちていく雨の糸を見ていると、まやしても視野に知っている顔が入ってきた気がした。何と、この写真にそっくりの幼馴染の犬に出逢えたのだった。

髪を切って、両サイドに蕎麦樹をかけたらしかった。いつもは垂れ目のしょぼんとした表情なのに、今日は一新した笑顔で、こちらへ尻尾を振ってくれた気がした。

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(画像引用元:ブラックソリッド メス | ベルゼダックスwebサイト

いろいろなことを乗り越えて、黒の蕎麦樹の仔犬が、明るい青ソラの下、つまりは「ファ」の位置で、これからも楽しそうに仕事をしたり、笑ったり、眠ったりしているといいと思う。出逢わせてくれて、ありがとうございます、神様。

「『髪切った?』話と云えば、昨晩の思春期男子が『紙を切った』話が子供騙しすぎるかい?」

「いいとも!」 

と噛み合わない会話でじゃれつつ、本物のアーティストが紙を切るとどうなるかの一例を紹介してもかまわないだろうか。

ピカソキュビスムは、二次元の平面のカンバスに、どのようにして三次元を起ち上げるかに挑んだ試みだった。写真家も同じように、二次元を三次元化させる発想をするらしい。例えば、紙を切ることによって。

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ユニット名 Nelhol は「練る」「彫る」に由来しているらしい。

 Nelhol は、まず連写で撮った数百枚の300枚くらいの肖像写真をボンドで貼り合わせるのだそうだ。重ねて貼るのに使うのは、コニシの木工用ボンド。 

ボンド 木工用プレミアム 30ml #04467

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 そうやって、ちょっとしたメモブロックくらいの厚みができた立方体の塊を、「彫る」担当がカッターで彫刻にしていくのだとか。単に平面を立体にする「二次元→三次元化」ではなく、写真ブロックに刃を入れることで、撮影時の時間軸が入り込んでいるのが面白い。手に入れたい立体が3Dプリンタでいとも簡単に手に入る時代、生き残っているアーティストたちは、手も頭も機敏に駆使しているようだ。

というわけで、今日は「ちょっと嬉しいこと」があったので、上機嫌になって街を歩きながら、ボンドの遠く先にある「いちばん嬉しいこと」に思いを馳せていた。

インスピレーションは私にひとこと、こう囁いた。

二重螺旋。

未来のことはわからない。わからないのに、勝手にタラレバを接着して遊ぶんじゃないと、また叱られてしまいそうだ。でも、こういう二人がくっついた馴れ初めのドラマを見てしまうと、どうしてもタラのことを考えてしまうのだ。

「タラ」という新しい生命は、サザエとマスオの遺伝子が絡み合った二重螺旋のDNAから生まれた。タラちゃんをいくら見つめても、二重螺旋の生命の神秘が見えてこなくて淋しいのなら、いっそ、会津若松市にある「さざえ堂」まで足を延ばしてはいかがだろうか。

 かのレオナルド・ダビンチのスケッチにも、二重螺旋のスロープを描いたものがありますが、建物として実在するのは、世界広しといえども、ここだけとのことです。さざえ堂は、1996年、国の重要文化財に指定されました。 

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この世界唯一の二重螺旋建築は、絵画の世界では実現例がある。リンゴの皮をむくように、一枚の紙の長い帯でつながっているエッシャーの絵だ。自分の知る Bond の最高傑作は、コニシのアロンアルファではなく、この「Bond of Union」だと思う。

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(画像引用元:Bond of Union, 1956 - M.C. Escher - WikiArt.org

エッシャーと云えば、トリックで視覚を欺く「だまし絵」の大家というのが、一般的な評価だろうか。

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(画像引用元:Ascending & Descending, 1960 - M.C. Escher - WikiArt.org

どういうトリックになっているかは、3D動画で確認するのが手っ取り早い。見下ろしている私たちの視線の高さに、秘密があるのだ。

ところが、エッシャーの現代的意義は、上のような「だまし絵」とは別なところにある。エッシャーは同型タイルの神秘に取りつかれた「シンメトリーの大家」なのだ。

シンメトリーというと、誰もが左右対称を思い浮かべる。辞書的定義の続きを読んでほしい。

左右相称の意。物体もしくは美的対象の構成が中心軸をめぐってその色,形,性質が左右または上下に同形に配置され,両者が均整,相称な関係にあること。反対にこれらの関係がくずれ,破られた状態をアシンメトリー asymmetryという。

百聞は一見に如かず。自分の好きなエッシャーのシンメトリーはこの絵だ。

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(画像引用元:Circle Limit IV, 1960 - M.C. Escher - WikiArt.org

黒い蝙蝠の悪魔と白い翼のある天使とが、交互に敷き詰められているのがわかるだろうか。こういう同型図形の反復もシンメトリーというのだ。

エッシャーの図像の発想力に驚いているだけでは足りない。なぜエッシャーのシンメトリーに今日的意義があると言えるのか。自分の見るところ、切り口は4つある。

1. シンメトリーの幾何学的な作り方には、フィボナッチ数列が関係しており、フィボナッチ数列には黄金比が含まれている。

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上の図に敷きつめられた幾何学模様のシンメトリーは、デブな菱形と痩せた菱形で作られている。菱形のデブ具合と痩せ具合は厳密に決められている。なぜなら、デブも痩せも鈍角黄金三角形と鋭角黄金三角形をくっつけてできた菱形だからだ。

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2. エッシャーのシンメトリーの後継者はあのペンローズ

ペンローズのシンメトリーは別名ペンローズ・タイルとも呼ばれる(例えば、1. のタイル模様)。しかし、ペンローズの最大の業績は、科学最先端の量子脳理論だ。このブログでも、少しだけ言及した。

ところで、この検証しようがないと思われてきた「集合無意識」だが、その端緒となるような研究は進んでいて、さまざまな議論を引き起こしている。有名なのが「自由意思に準備電位が先立つ」という仮説。有名なリベットの実験が議論の発端になった。

 

「そうだよな、人間の脳の顕在意識は約10%、潜在意識は約90%だもんな、わかるよ」。そう呟いたあなたはわかっていないかもしれない。早くからこの分野を研究していたエクルズ―ポパーは、非物質的な外的意識が脳に作用すると論じている。

 

え? 「外的意識」?

 

そう、「外的意識」だ。そして、「外的」であることを媒介に、この分野の研究は、現在も毀誉褒貶の激しい「量子脳理論」へとつながっているというわけだ。 ペンローズは、量子力学の「波動の収束」が脳内でも起こっているという仮説を主張している。つまり、何らかの外的意識の働きかけがあってはじめて、そこで波動が収束して意識が生じるというのである。

 

科学も凄いところまできたものだ。凄いところまできたが、あと少しのところでまだ解明されていないことが、無数にある。ワクワクしてきた。さしあたり、今のところその「外的意識」を、ユングの術語である「集合無意識」と呼んでも、差し支えないだろう。 

3. 五角形(五回対称性)が自然界の結晶で次々に見つかる

それまで安定した結晶は、三角形、四角形、六角形、八角形の形をとってしか、現れないとされてきた。ところが、80年代になって、イスラエルの科学者が五角形(五回対称性)の結晶を持った合金を発見したのである。 

黄金比はすべてを美しくするか?―最も謎めいた「比率」をめぐる数学物語  (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)
 

 ここで出てきた「5」という数字の意味を、どうして手足の指が5本なのかに絡めて、サッカーボールの形から語ったことがあった。

ところが、私は知らなかった。六角形に五角形を織り交ぜたサッカーボールそのものの結晶が、すでに発見されているらしい。炭素の同素体フラーレンの仲間のうち「バッキーボール」というのが、それだ。

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ゾムツール バッキーボール

ゾムツール バッキーボール

 

元素記号は「C60」。分子モデルの組み立てキットまで売っているが、実際はカーボン製のゴルフクラブに使われたりする炭素素材だ。

世界の自然な結晶の形に「五角形ブーム」が来ているという感じかもしれない。

4. 黄金螺旋やフィボナッチ螺旋が生き物たちを作っている

コンピュータを発明した天才チューリングが、最後に到達して、未解明のまま自殺したのが、この「神の領域」だった。

むしろ自分は、チューリングをコンピュータの発設計者やドイツの暗合機エニグマの解読者ではなく、同性愛絡みで自殺する2年前に発表した「反応拡散方程式」の数理生物学者として記憶したい気持ちが強い。

テレビ番組でも取り上げられている。キャプチャー画像を紹介しているブログを見つけた。

シマウマや縞のある魚などの体表の模様は、変数がたった二つの連立偏微分方程式によって表せることを、チューリングは発見したのだ。その二つの変数とは、下の例では、活性化因子と抑制因子である。  

今や黄金螺旋をレイアウトに取り込んで、黄金比の美しさを活用しているデザイナーまでいる。

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というわけで、エッシャーのシンメトリーの周辺を探っていくと、宇宙の神秘や自然の美しさや黄金比などが、どんどん絡んできて、ページをめくるのが止まらなくなる。

と、ここまで書いたところで、声が聞こえた。

おいおい、もうそれくらいにしてくれよ。そこまで模様に執着する男は、きみくらいのものだろう。あの曲、きっと好きなんじゃない?

きみのスカートの模様
部屋の壁紙にしよう

確かに好きだし、彼女のスカートの模様は絶対にシンメトリーだと思うけれど……。

わかったよ。今晩はもうあまり時間がないので、男女の顔が一枚の帯でつながった「Bond of Union」に話を戻そう。

男女の二重螺旋が生命を生み出すためには、男女が結ばれなければならない。では、どうやって男は女を、女は男を選んでいるのか。今日はとても俗耳を賑わせる面白い本を読んでしまった。

結論から云うと、鍵は(左右対称という意味の)シンメトリーなのだ。 

シンメトリーな男 (文春文庫)

シンメトリーな男 (文春文庫)

 

この周辺を最近面白がって読んでいて、何度か記事に書いてきた。

 血縁を生み出す異性選択で、若い男女が選び合っているのは、実は、自分とは異なるMHCというタンパク質製造法タイプだと言われている。それを、サブリミナル嗅覚で選び合って、婚姻や妊娠が成立しているケースが、かなり多いらしいのだ。 人間はあらゆる機会を生かして、異種強勢を目指す生き物なのだ。 

本当は、恋愛指南本にはとっくにお腹いっぱい。「ジャンケンをするときグーを出す女子は心を閉ざしている」とか、「ブルーのシャツを着ていると女性にモテる」とか、大笑いしながら読んではみるものの、もうこんな本を読みたくないと呟いてしまう。

ブルーのシャツを何枚か持っているだけに、こっちの気分がブルーになってしまうのだ。青いシャツを着て街に出たとき、女性にもてようと思って青シャツ着用していると思われたら、居心地が悪いではないか。青が好きで着ているだけなのに。

といっても、面白いエピソード満載の『シンメトリーな男』の読後感も、決して楽ではなかった。

身体の骨格をミリ単位で測定して、シンメトリー度が高いことが判明したら、どうやらその男は無敵みたいだ。厭になるけれど、自分の言葉でまとめて、列挙していこう。

  1. シンメトリーな男はベッドの上でイケメン。
  2. 女は男に対して、サブリミナル嗅覚を使って、シンメトリーな男を嗅ぎ分けている。シンメトリーな男は生得的にいい匂いがするから。
  3. シンメトリーな男は顔の作りが格好いい。
  4. 顔の作りが良い男は健康度が高い。つまり、4. より、シンメトリーな男は健康度が高い。
  5. シンメトリーな男は筋肉質で喧嘩が強く、スポーツやダンスが得意。
  6. シンメトリーな男は IQ が高い。

 男性の一人として不満なのは、身体の均整がシンメトリックかどうかは、ほとんどが先天的に決まってしまうことだ。シンメトリーでここまで決まってしまうのなら、もう変えられない運命だとわかっていても、シンメトリックに憧れて憧れて、毎晩咳き込んでしまいそうだ。

咳をしてもアシンメトリー

頼むから、後天的に何とかなる方法を研究してくれないだろうか。

この本で面白かったのは、身体の部位をミリ単位まで測定したとき、人差し指と薬指の長さの比に性的魅力が関わっているという知識だった。発生論的に言うと、人間の性器と手足は、同じHox遺伝子から発現していくのだそうだ。女性が男の手を好きなのも、男性が女の脚を好きなのも、それに関係しているらしい。

右手の人差し指と薬指の比を見るのだそうだ。

  1. 男性平均より、薬指が長い男性はテストステロン分泌が活発で男らしい。
  2. 女性平均より、人差し指が長い女性はエストロゲン分泌が活発で女性らしい。

そんな相関関係があるのだそうだ。著者はさらに踏み込んで、サブリミナル嗅覚で無意識に互いを選別するほどの人類なら、人差し指と薬指の比を無意識に確認するのも当然だろう。その無意識の異性選別に追加機能として、既婚者が薬指に結婚指輪をするのではないかと推測している。根拠はないが、ありうる話だと思う。脳科学や動物生態学を知れば知るほど、人間は動物に近いとの印象が強まるからだ。

というわけで、今晩はシンメトリーを軸に、生命の二重螺旋のタラレバ話を書き飛ばしてみた。ここで書き終えて、「練る彫る」ならぬ「風呂→寝る」にしようかとも思ったが、本当は Nelhol が使っているプレミアム・ボンド以上にいま自分が「いちばん欲しいもの」は、「Bond of Union」を訳したいという希望、早くしたいという希望だ、と書くべきか書かざるべきかをずっと迷っていた。

迷いながら、好きな音楽を何曲か聴いていた。

紙の上に書くべき言葉で月について書いてはきたけれど、情報の流れがアシンメトリーな月の二つある世界から抜け出るのが先のような気がして、焦りを感じずにはいられない。紙月はしないから、檻から出してもらえないだろうか。

こんなことも、書くべきではないような気がして、書けずにいた。

でも、遠くからこんな声をかけられたんだ。

丸くなるなよ。

なるほど。それなら、角しかないだろう。