虹色に輝く汝のマリオを歌え。
タイ北部チェンライ郊外のタムルアン洞窟に閉じ込められていた少年ら13人全員の救出が7月10日に完了した。
(…)
洞窟に閉じ込められたのは、同じサッカーチームに所属する11~17歳の少年12人とコーチを務める男性(25)。
6月23日、洞窟に入ったが、大雨の影響で大量の水が洞窟内に入り込んで浸水した。少年らは引き返せなくなり、約4キロ奥にとどまることを余儀なくされた。
明るいニュースが飛び込んできたので、少し心が緩んだ気がした。
ちょうど昨晩「類似論客」について考えていたので、マリオの話につながったのがちょっとしたシンクロだ。少年たちが洞窟に幽閉されていた17日間、あのチリでの69日間の鉱山内幽閉を耐えたマリオから、激励のメッセージが届けられていたのだ。激励した側も、全員救助のニュースを聞いて、躍り上がって喜んだという。
くじけるな! 地下にいる12人の少年たちとその家族に祈りを捧げ、力を届けたいと思います。タイ政府当局が可能な限りの尽力をすれば、救助は間違いなく成功します。神様のご加護がありますように。逆境にいる子供たち、そして家族の皆さま、一人一人に祈りを捧げます。
チリ・コピアポのサンホセ鉱山で救助されたマリオ・セプルベダより
チリでの事故は世界中の耳目を引いて、映画化までされた。
このとき、全員が69日間を耐えしのぶことができたのは、中心人物だったマリオ・セプルベダ(通称スーパーマリオ)の精神力にあるという見方が少なくない。映画化されたときには、ワイルド系俳優の代表アントニオ・バンデラスが演じた。
精神力がタフだったにちがいないと簡単に同意できるものの、「精神力」とはいったい何を指しているのかと問い直すと、答えは急にあやふやになってしまう。
スーパーマリオの精神力が素晴らしかったのは、ワーキングメモリが高かったからだよ。
そんな一節を見つけたので、ワイルドにBダッシュで走って調べてみた。
ワーキングメモリとは、心の作業机のこと。「短期記憶」に少し似ているが、記憶だけでなく、それを使ってする作業まで含む概念なので「作業記憶」と訳される。
自分もこれまで、他人に何かを教えるときは、相手のワーキングメモリのサイズ感を念頭に置いて教えてきた。
センター英語に頻出の文法問題では、「近い過去があったら、遠い過去には過去完了」「未来時点+『で』『までに』=未来完了」というように、テストの現場でワーキングメモリ上に呼び出せるよう独自に教える方が、上手い教え方だと信じてきたのだ。
その信念が間違っていたわけではない。ただ、ワーキングメモリという概念は、自分が知っているよりはるかに大きな概念だった。一般人が使う「脳」に近いような気さえする。
先にちょっと復習を。世代が新しくなるにつれて、IQが高くなっていく現象をフリン効果という。では IQ とは何なのか?
IQ = 結晶性知能(言語や一般知識)+流動性知能(パズルなどの新規問題解決能力)
流動性知能はレーヴン・マトリックス検査と相関性が高く、レーヴン・マトリックス検査はワーキングメモリ能力の相関性が高い。多くの研究者が言うように、IQ はワーキングメモリと深い関係があるのだ。
しかし、話を早くするには、IQとワーキングメモリを別の概念だと考えた方がわかりやすい。
脳のワーキングメモリを鍛える! 情報を選ぶ・つなぐ・活用する
- 作者: トレーシー・アロウェイ,ロス・アロウェイ,栗木さつき
- 出版社/メーカー: NHK出版
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アロウェイ夫妻の共著本によると、IQ とワーキングメモリの間には面白い関係性がある。自分の言葉でまとめ直してみた。
- ワーキングメモリが強いと学業成績は高くなる。
- IQ が高くてもワーキングメモリが高いとは限らない。
- IQ が高くても学業や人生で成功するとは限らない。
- IQ は親や本人の経済力が影響するが、ワーキングメモリには影響しない。
こういう事情なら、教育問題の難題のひとつが片づいてしまいそうだ。簡単な話、経済格差の負の連鎖を止めたい左翼的両親の持ち主は、すべからく子供たちのワーキングメモリの開発にいそしむべきだろう。
だって、ワーキングメモリにできることは、こんなにもたくさんあるのだ。
- 情報に優先順位をつける。
- 重要なものごとに集中する。
- ものごとをすばやく考える。
- 賢くリスクを冒す。
- 勉強をスムーズに進める。
- 個人的な判断を下す。
- 新たな環境に適応する。
- モチベーションを維持し、長期的目標を達成する。
- 切迫した状況でもポジティブでいられる。
- 自分のモラルに従う。
- すぐれたスポーツ選手になる。
スーパーマリオことマリオ・セプルベダが昼夜もわからない69日間でやったことは、主として5つ。
救出されることを信じ、ジョークを飛ばし、清潔を保ち、つねに作業に没頭して悩みを寄せつけないようにし、脱出してからの楽しみを想像して、自分と仲間の精神衛生を保ったのだという。
上のワーキングメモリでできることのリストでいうと、2. 6. 7. 8. 9. が該当しそうだ。
ワーキングメモリを鍛えれば、人間の脳はどこまで進化できるのだろうか。ワーキングメモリの測定テストまで考案しているアロウェイはとても興味深い例を挙げている。
Working Memory Tests — Tracy Packiam Alloway, PhD
1. 「コードブレーカー」を使えば人間計算機になれる
コードブレーカーとは、例えば、一連の長い計算プロセスを区分けしてアルゴリズム化して、長期記憶にしまっておく技術のこと。簡単な計算式で示すと、こうなる。
57×6=(50×6)+(7×6)=342
この手法で訓練すれば、誰でも「83の9乗=186,940,255,267,540,400」を計算できるようになるのだそうだ。アルゴリズム化して長期記憶にいったんしまいこむので、ワーキングメモリがかさばって、フリーズすることがないからだそうだ。
2. 「ブートストラッピング」を使えば記号の暗記名人になれる
2002年のギネス記録では、シャッフルした54組のトランプ2808枚の順番を、暗記名人が暗記したという。記号と数字が示されているだけのトランプ54枚を、それぞれ登場人物化して、彼ら / 彼女らと順番に出会っていく旅行をイメージするのがコツだとか。
「記号+視覚イメージ+物語」を関連付けて、ワーキングメモリを回していくと、驚異的な暗記ができるらしいのだ。
3. チャンキングを使えばチェスの盤面を瞬時に暗記できる
チャンキングとは塊に分けること。チェスのそれぞれの駒の位置を覚えるのではなく、いくつかの駒の関係性をまとめて記号化して暗記すると、5秒間でチェスの盤面を暗記できるのだという。
そんなにも凄いことになるのなら、ぜひともワーキングメモリを鍛錬したいというのが、大方の人々の感想だろう。
残念ながら、ワーキングメモリは、脳トレゲームなどをしても、さほど向上が認められない。研究結果でプラスだと判明している訓練がいくつかある。
- 睡眠
- 瞑想
- 運動
- 整理整頓
- 創造
- 人との交流
- 自然に触れる
4.の整理整頓は意外だとしても、それ以外は「人間らしい生活」と人が云うときの漠然とした概念と、おおよそ重なっている。調べていて一番びっくりしたのは、3.の運動。具体的に言うと、裸足ランニングがワーキングメモリを大いに活性化することがわかっている。
裸足… ランニング… ?
何てワイルドなんだ! 事実、裸足ランニング最大の文献は、ワイルド界イチオシのあの曲をもじっている。
BORN TO RUN 走るために生まれた ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族"
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裸足ランニングの先駆者が、こう高らかに宣言しているのが目を引く。
シューズがさえぎるのは痛みであって、衝撃ではない!
痛みはわれわれに心地良い走りを教えてくれる。
裸足になったそのときから、きみの走り方は変わるはずだ。
ワイルドだな! Body Mild を秘かに Body Wild へ矯正しようとしている自分も、すっかり触発されてしまった。
今日は図書館まで歩いて行ったのだ。といっても、初夏の灼熱のアスファルトを裸足で歩く気にはとてもなれなかった。
しかし、文献を紐解けば、かのレオナルド・ダ・ヴィンチも、「人間の足は、人体の骨の四分の一で構成される精妙な体重維持装置であり、工学の傑作にして芸術作品」だと考えていたのだという。
裸足ランニングの実際の映像を見てみると、簡単なサンダルは装着しているようだ。伝説的なウルトラ・トレイル・ランナーのカバーヨ・ブランコの特集動画が見つかった。
全米ベストセラーとなった『Born to Run』の最後で、カバーヨは作者にこう語ったらしい。
「年を取って働けなくなったら、ジェロニモが解放されたらやったはずのことをやる」とカバーヨは言った。「渓谷の奥へと立ち去り、静かな場所を見つけて横になるのさ」カバーヨの言い方には、メロドラマめいたところや自己憐憫もなかった。あるのはただ、自分の選んだ人生ではいつか、最後の失踪が必要になるという認識だった。
2009年にこの本が出版されてからわずか3年後、カバーヨは本当に森の中で失踪してしまった。
渓谷から転落して、川の中で死体となって見つかったのだった。発見者たちは、その場でカバーヨを火葬したのだという。わずか三年で、自分の予言を自己成就してしまった形だ。生涯を通じて、野生の原野を裸足で駆けまわったネィティブ・アメリカンは、予言通り自らの身体を野生へと帰したのだった。
何だか、話が果てしなくワイルドになってしまったが、ワイルド話はあと少し続く。
アロウェイらによれば、持久走ができる哺乳類は人間だけ。人間は群れで走って鹿を捕獲することもできたはずだという。人間は汗をかいて放熱できるが、鹿はあえぎ呼吸でしか放熱できず、長距離を走っているとオーバーヒートしてしまうのだ。
人間が、身体の基本設計通りに長距離を走れば、ワーキングメモリも強くなる。このことは研究論文で証明されているのだという。脳を強くする方法は、きわめてワイルドな生き方に潜んでいるようだ。
困ったな。散歩や筋トレは好きだけど、ランニングは単調なので好きじゃない、とか言ったら、鹿られそうだ。鹿られるだけならまだしも、時折り地元の夜の繁華街で撮影している野人たちにニーブラされてしまうかもしれない。この世界は何が起こるか油断がならないから。
さて、今日のメインディッシュに考えていたのは最先端の脳科学本だ。監訳を日本の遺伝子研究の第一人者が務めている。村上和雄は、下の記事で紹介したことがある。
日本の遺伝子研究の第一人者が、遺伝子にオン/オフのスイッチがあることを発見していたとは。
(…)
実際の医学研究でも、笑いが糖尿病患者の血糖値を劇的に低下させたという論文を、厳しい査読を経て、サイエンス誌などに海外の医学研究誌に掲載したりもしている。笑いが免疫を高めるところまでは、医学的に到達しているのだ。
(…)
例えば、人間の遺伝子が全体の5~10%しか使われていないという事実、発ガンが「発ガン遺伝子オン+ガン抑制遺伝子オフ」の二つのスイッチングによって生じているという事実は、きわめて重要だ。この生死をわけかねないスイッチングを行っているのが、①物理的要因、②化学的要因、③精神的要因なら、そのどれもが重要であることも間違いないだろう。
心身医学の世界的最前線に立つチョプラ博士は、「ネガティブ感情が悪い遺伝子を活性化して、発がんなどを引き起こし、ポジティブ感情が良い遺伝子を活性化して、病気を遠ざけて若返らせる」と主張している。村上和雄が「長年取り組んできた考えに驚くほど近い」と驚嘆の言葉を書きつけるのも当然だろう。
断言しよう。自分の知る脳科学の最前線は、この本の中にある。
今晩は時間が無くなったので、その最前線の論点をいくつかに絞って記しておきたい。
- 脳が意識を生み出しているのではなく、意識が脳を生み出している。
- この世界は私たちの意識が生み出したものであり、私たちはクオリア(感覚の持つありありとした質感)を通じて、世界を感じている。
- クオリアの研究者たちは、クオリアが「物質世界が当たり前には存在していないこと」を証明していくと推測して研究を進めている。
- 人は意識を変えることによって、どんあクオリアでも生み出すことができる。上手にクオリアを生み出すには、創造の源に近づかなければならない。
邦訳が出たのは2014年。脳科学の最先端が、完全にスピリチュアリズムとクロスオーバーしていることが、誰の目にも明らかなのではないだろうか。今やスピリチュアリズムが、科学的研究対象となったことは間違いない。
しかも、自分の想念でどんな現実でも生み出せると断言したあと、チョプラは「創造の源」に近づけば、現実創造はさらにうまくいくと述べている。
スクロールしてもらえばわかるが、これはワーキングメモリが「創造」を通じて強化できるとした事実と符合している。
この創造に、瞑想やランニングを組み合わせながら、脳トレや修行を重ねれば、ひょっとしたら星をつかめるかもしれない。あの楽し気な音楽に乗って、踊りながら虹色に輝くこともできるかもしれないのだ。
そういえば、自分の好きなルネ・シャールの詩句はこうだった。
虹色に輝く汝の渇きを歌え。