ぼくはケイジャン・チキンじゃない!

きっと心に不安を抱えているのだろう。どうしてだか、やたら前置きの長い話し方をする人がいる。しばらく相槌を打ちながら聞いているうちに、「え? それも前置きだったの?」と逆に面白くなってくることもあったので、一晩で掌編小説に書いてみた。加筆修正すれば、面白いショートショートにできるかもしれない。

今晩の前置きは、なるべくシンプルにしたい。

昨晩の記事で、日本農業が食料安全保障を守るための「国民農業」を選ぶべきなのか、儲ければいい「商業農業」を選ぶべきなのか、という問題意識を持った論客を紹介した。もちろん選ぶべきは前者だ。 

亡国の農協改革

亡国の農協改革

 

エコノミストとしての三橋貴明は、私流の整理では、ケインズ系の丹羽春喜や吉川元忠らの「国民経済学」に近い。 

謀略の思想「反ケインズ」主義―誰が日本経済をダメにしたのか

謀略の思想「反ケインズ」主義―誰が日本経済をダメにしたのか

 

 経済書らしからぬオドロオドロシイ書名は、ケインズ主義がヌーベル中央銀行賞系の新古典派経済学者たちの総攻撃に対抗しているせいだ。国民のための経済を志向するケインジアンが、チキン呼ばわりされてはたまらない。

ここにもとびっきりの洗脳がある。ノーベル経済学賞なんて、本当は存在しないのだ。1901年にノーベル財団によって創設されたノーベル賞とは違って、ノーベル経済学賞は半世紀以上遅れた1968年にスウェーデン中央銀行が設立した賞だ。

(…) 

さしあたり色眼鏡洗浄用の一杯のグラスの水として、「ノーベル経済学賞」を新しい紛い物という意味と創立者の金脈を織り込んで、「ヌーベル中央銀行賞」と呼んではいかがだろうか。その名を聞いて、ヌーベルな視界が開けてくる人々がたくさん現れそうで、ちょっとワクワクしてしまう。 

「国民農業」にせよ「国民経済学」にせよ、 「国民のための」という接頭辞がついた政治経済思想が輝いて見えるのは、私たちの国が、多国籍企業を中心とするグローバリズムの餌食になりつつあるからだ。冷戦終結から約30年。終ったはずの左翼⇔右翼の対立を妄信して、いまだに踊らされている国民が多いのは淋しい限りだ。

わからないかい? いま世界にある最大の対立図式は、

ナショナリズム 対 グローバリズム 

 それを知っている世界の大衆が、圧倒的に支持しているのが、ロシアのプーチン大統領アメリカのトランプ大統領で、両者ともに国民のための外交と内政を行っている。繰り返すが、東西冷戦は30年前に終結した。左翼⇔右翼の対立図式を妄信している政治通気取りは、米露の首脳がやけに似たような政策を実行し、やけに仲が良いことをどう説明するのだろうか。

演出される「左翼⇔右翼」の国民的対立は、「ナショナリズムグローバリズム」の対立において、後者を利するための分割統治装置なのだ。

と、ひとしきり前置きを書いたところで、次の話題へとつなごう。

いわゆる「意識の流れ」という描写手法をウルフは取る。取り立てて劇的な何が起こるわけでもないのに、言葉の粒が連なって、心の動きを際立てては崩す。寄せては返す波のようなエクリチュールが好きだった。

(…)

 

実際、ウルフと画家の姉ヴァネッサを中心として形成されていた芸術家集団「ブルームズ・ベリー・グループ」のある男性を名指して、ウルフは姉にこんな手紙を書いている。

 

私は、メイナードが手遅れにならないうちに、あなたが彼の結婚をやめさせるべきだと、真剣に考えているのです。

 

ここでいうメイナードは、実は有名なバレリーナとの結婚話を進めていた。メイナードのフルネームは、ジョン・メイナード・ケインズ。20世紀最大の経済学者だ。 

ケインズとウルフの交友も意外だが、文学通にとっては、ウルフとヘンリー・ジェイムズのつながりも意外だ。

(今から13年前に書いた文芸時評系の文章。ちょっとだけヘンリー・ジェイムズが出てくる)

実はヘンリー・ジェイムズにはウィリアム・ジェイムズという哲学者 / 心理学者がいる。ウルフ流の「意識の流れ」の概念を初めて提唱したのはウィリアムだった。

当時世界的に盛名を轟かせた弟のヘンリーと違って、画家になるのを挫折したウィリアムの名声は限定的なものだった。脳科学の世界に今も残る重大な仮説を提唱したことも、wikipedia をはじめ、多くの人々に知られていないままだ。

ジェームズ=ランゲ説 / 末梢起源説

 心理学者のJames,W と Lange,C によって1890年に提唱され、「環境に対する身体的・生理学的反応の認知が情動を生む」という説です。
「末梢起源説」とも言われ、情動は「1. 外部刺激→ 2. 身体反応→ 3. 身体反応の意識化」の順に生じるとするものです。
(…)

キャノン=バード説 / 中枢起源説 

Cannon,W とBard,P によって1927年に提唱され、 「情動は、知覚の興奮が視床下部を介して、大脳皮質と末梢器官に伝えられ、情動体験(皮質)と情動反応(末梢)が起こる」とする説です。「中枢起源説」とも呼ばれます。

(…)

情動 : 心理学用語集

 一般人の直感では、中枢起源説に立って、まず脳で情動が起こり、その情動が体の各部へ伝わると考えがちだ。ところが、先に身体の各部から刺激が伝わって、その後に脳で情動が起こるという逆のプロセス(末梢起源説)もあるのだ。

「口角を上げているだけで、何となく楽しくなる」といった例がそれだ。現代の脳科学では、末梢起源説も中枢起源説も正しく、双方向の交通があることが定説になっている。

そして、人類は中枢起源説のル―トで心の情動から生み出したものを二つ持っている。

ひとつは音楽、ひとつは言語だ。

今や音楽も言語も、発する体験ではなく、受容する体験もできるので、双方向に図式化できる。

  1. 感情→身体表現→音楽
  2. 音楽→身体表現→感情
  3. 感情→身体表現→言語
  4. 言語→身体表現→感情

このうち、1.のプロセスを歌ったり楽器を演奏したりする身体表現をスキップして、脳波で音楽を再生する試みが日本で始まった。

Brain dreams Musicプロジェクト(=BdM, 脳が夢見る音楽)は、作曲家古川聖(東京芸術大学)によって構想され、脳波で演奏する仮想楽器を用いる音楽パフォーマンスを中心に、それを可能とする諸々のテクノロジー研究・開発を行うプロジェクトです 

0:49から10秒ほど流れる画面がわかりやすいかもしれない。脳波の状態を色と音符に変換して、演奏者がそれを生演奏するというのがこのパフォーマンスの骨子らしい。

私たちの脳の中では、楽譜がなくても、聞こえなくても、このような音楽の移ろいが起こっているのである。

そして、私たちの情動から生まれた音楽と言語の両者の間にも、深い関係がある。絶対音階の保有者は人口の数%しかいないのに、中国やベトナムでは絶対音階を持つ人が多いとされている。秘密は、彼らの母国語が声調言語だからだ。 

響きの科学―名曲の秘密から絶対音感まで (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

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漢字がわかるから簡単かも。そんな甘い考えで第二外国語に中国語を選ぶ日本人が、まず最初にぶちあたる壁がこの四声だ。難しくてたまらないこの四声を聞きこなしているうちに、絶対音感が身につくという説は、説得力がありそうだ。個人的には、二番目の「麻」だけには、自分の心が絶対音感を持っているのを感じる。

というわけで、脳の中に脳波が作る音楽があり、それが現実世界の音楽を生み出したことまでは、何となく体感できた。

音楽は目に見えないので、脳で視覚的に美しいものを味わいたいという人には、トム・クルーズ細胞の研究をお勧めしたい。

 今日読書をしていて驚いたのは、「トム・クルーズ細胞」が人間の脳内にあることが実証されたらしいというニュースだ。トム・クルーズを記憶している患者の脳内に電極を取り付けて実験したところ、正面の姿でも横顔でも「トム・クルーズ」という人名でも、特定の細胞が発火することが分かったらしい。正確には、神経細胞単体ではなく、複数のニューロンで作るネットワークを「暗号化されたトム・クルーズ」が駆け抜けるのだろうとのこと。詳細は書かれていないものの、レオナルド・ディカプリオ細胞やヒュー・グラント細胞もあるはずだ。

現在は、トム・クルーズの映像を見ると、脳内のトム・クルーズ細胞が発火するという末梢起源説に似たプロセスになっている。脳波の音楽状態が演奏できるようになったように、いずれ逆方向のプロセス、脳内に憧れの女性を思い浮かべると、頭に取り付けた装置が壁にその女性の顔を投影する、といった中枢起源説プロセスのマシンが開発されるにちがいない。

すでに、脳波でタイプするタイプライターや、脳波で遊ぶ玩具が開発されている時代に、私たちは生きているのだ。

困ったことになった。センサー大国の日本は、いずれ脳波を読み取るヘッドギアをつけなくても、歩いている歩行者の脳波をセンシングするセンサーを開発してしまうかもしれない。そうなったら、すべてをサトラレてしまいかねない。

  思っていることを周りの人々に思念で伝えてしまい、しかも自分ではそれに気付かないという特異能力の持ち主「サトラレ」。しかし例外なく高いIQを持つ彼らを、国家は保護している。そしてここにも1人、「症例7号」と呼ばれるサトラレがいる。外科医を志した彼を保護するためにやってきた女性自衛官が目の当たりにする出来事とは…。

サトラレ TRIBUTE to a SAD GENIUS [DVD]

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今のうちに、脳内の異性反応細胞を整理しておかなければ。

そう焦りながら、自分はともかく、世界の人々が(トム・クルーズ以外の)どんな異性有名人細胞を持っているのかを調べていた。すると、「宿命の女 femme fatale」と当時呼ばれたこの女優の圧勝だった!

名付けてジェーン・グリア細胞。英語版の wikipedia によると、1924年生まれのアメリカ人女優で、「モナリザの微笑をたたえた女優」と呼ばれて、国民的な人気を誇っていたのだそうだ。絶えずモナリザ・スマイルを浮かべていたことが祟って、顔面神経痛になったこともあったとか。第二次世界大戦中に、あのハワード・ヒューズに見出されたらしい。

(↑この記事でハワード・ヒューズの伝記映画に言及した↑)

しかし、いくら国民的女優だとはいえ、まさか死後にグリア細胞の本が出版されるとは思わなかったな。 

脳とグリア細胞 ??見えてきた!脳機能のカギを握る細胞たち?? (知りたい!サイエンス)

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 しかも、彼女の扱いが、とんでもないV.I.P.待遇なのだ。

今も神経科学会の主流であり続けている「ニューロン中心主義」(つまり、脳の主役はニューロンである)という見解が、まったく不完全で、大きな変更を迫られており、実は「グリアがニューロンを制御する」という主客転倒、あるいはニューロンーグリア両立主義とも呼ぶべきものがあるというのだ。 

もうひとつの脳 ニューロンを支配する陰の主役「グリア細胞」 (ブルーバックス)

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「グリアがニューロンを制御する」。何だか夢のある話じゃないか。

こんな綺麗な女優さんなら、脳を支配されたってかまわないような気がしてきた。昔の美人女優に脳を支配されたまま、二人羽織のような感じで、熱々のおでんを食べたっていい。

熱っ! 熱いったら、グリア! そこは口じゃなくて、鼻だってば!

そういうのをぜひやってみたいので、ここはいっそ彼女を引き寄せてしまいたい!

そう思って、ジェーン・グリアのことをいろいろと調べていた。自分より48歳上ということは、生きていれば94歳。90歳以上の女性とは交際したことないし、そもそも年上の女性と交際したことがない。うまく引き寄せられるだろうか。

あ、年上の女性で思い出した。ここでひとつだけ、恋愛映画の愚痴をこぼしてもかまわないだろうか。

ネタバレしつつ書いてしまうと、この映画は、年上の女性との恋に落ちた法学部学生が、彼女が戦後のナチ裁判で「濡れ衣」を着せられるのを傍聴する話だ。「濡れ衣」から彼女を救い出す秘密を主人公は握っていた。識字障害(ディスレクシア)だ。年上の女性は脳機能の障害で、読み書きができない障害があったのだ。だから、若い男にいつも朗読をねだったのだった。

ナチ犯罪を裁く法廷で、あれよあれよというまに文書作成をネタに、年上の女性が濡れ衣を着せられていくのに、若い男は頭を抱えて苦悩するだけ。

それを見たとき、私の心の中で熱々おでんが跳ねまわるのを感じた。特にはんぺんがありえないくらい扱った。つまり、はんぱない熱い怒りを感じたのだ。

どうして立ち上がって、「彼女は識字障害なので無実だ!」と叫べないのか? 糾弾されておどおどしている弁護士に向かって、「識字検査をするだけで、彼女を無罪にできる!」と檄を飛ばさないのか。彼女が識字障害を恥ずかしがっている? 冗談じゃない。識字障害は偶発的に起こる単なる障害だ。最愛の女性をみすみす無実の牢獄に入れることの方が、法学部生としてはるかに恥ずかしいのではないか?

いけない、いけない。熱々に煮込んだおでんの白滝くらい熱くなってしまった。こういうときは、山中をひっそりと流れ落ちる白滝の糸のように、意識の流れを落ち着けなければ。

と、自分の心をなだめたものの、怒りは不運を呼び込むもの。「白糸の滝」を「白滝の糸」と誤記してしまったことに気付いた。さらに、不運は続いて、グリア細胞アメリカの名女優とは無関係だったことに気付かされた。

ついてないぜ。

しかし、データにはひとつだけ違いがあった。ニューロンではない細胞の数が、脳の4領域すべてにおいて、アインシュタインの脳では群を抜いて多かったのだ。 

(…)

アインシュタインの脳と平均的な脳との間にダイアモンドが認めた差異は、この非神経細胞に関するものだけだった。

(…)

何十年もの間、グリア細胞は精神を気泡で包む梱包材のようなもので、物理的に、さらにおそらくは栄養的にニューロンを支える接合組織にすぎないと見なされてきたが、アインシュタインの脳には、人並み以上のグリアがあった。 

 

さて、ニューロン優位がグリア優位に逆転しかねない現象を、「グリア細胞的転回」と名付けると、有望研究分野として視野に入ってくるのは、ミエリンという絶縁物質だ。

ダフラス・フィールズは、誤って親指をハンマーで叩いてしまったときのことを例に出す。痛みがじわじわと遅れてやってくるのは、痛覚繊維が剥き出しの状態にあるからだという。料金所がいくつもある高速道路のように、各所で遅延するので、神経線維の100倍の時間がかかってしまうのだそうだ。神経線維の方は、ミエリンという電気的な絶縁体で覆われているので、光ファイバーに似た速さで伝達されるらしい。

このミエリンの形成に異常があると、神経ネットワークの各所で「壁」ができてしまって、ネットワークの情報の流れやタイミングがおかしくなる。

最新の神経科学では、ニューロンの問題ではなく、グリア細胞内のミエリンの形成異常が、ADHDディスレクシアの原因として「容疑者」に挙がっているらしいのだ。

医学論文を検索してみた。なるほど。今や神経科学の主要雑誌のほぼ1/3はグリア細胞の研究論文で占められるのだという。ミエリンと自閉症を扱った論文もすぐ見つかった。

Based on a possible pathological relationship of autoimmunity to autism, antibodies reactive with myelin basic protein (anti-MBP) were investigated in the sera of autistic children. 

(…)

Since autism is a syndrome of unknown etiology, it is possible that anti-MBP antibodies are associated with the development of autistic behavior.

自閉症に対する自己免疫の病理学的関係に基づいて、ミエリン塩基性タンパク質(抗MBP)と反応する抗体を、自閉症児の血清で調べた。

(…)

自閉症は原因不明の症候群であるため、抗MBP抗体は自閉症行動の発症と関連している可能性がある。

グリア細胞について、現在のところ分かっているメイン機能は、精神的身体的「恒常性(ホメオスタシス)」を維持することだ。(だから、神経障害や精神疾患ではグリア細胞の機能不全が疑われる)。他にも、学習や感情や注意や成長や老化も、グリア細胞が担っているとされている。グリア細胞ニューロン・ネットワーク全体を監督して制御しているという説もある。

というわけで、ニューロン中心主義だった脳科学が「グリア細胞的転回」を回って新しい開拓地が見えてきたというのが、ここまでのまとめだ。そして、実はここまでのすべての記述が、遠大な前置きだったことを告白しなければならない。

そういえば、大学図書館に行っても行っても、彼女に逢えないことが気にかかっていたのだ。ここまで前置きを読んだら、きっと内容はもう全部伝わっていると思うけれど。

ミエリン!じゃなかった。えみりん、ゆみりん、元気にしているかい?

 

ずっとお手紙シヨートシヨート思っていたのに、左 ⇔ 右の雑事に気を取られているうちに、え? もう海の日? 四季の流れの早さと、ここまで苦しかった辛さに、思わずうるふると涙ぐんじゃうよ。スパイシーなケイジャン・チキンでも食べて気分を変えたいな。

 

味醂姉妹の松山東高が甲子園に行ってから、もう三年も経つんだね。甲子園といえば、松山東は全国優勝経験があるって校長先生が自慢したがるんだけど、1950年の全国優勝は戦後まもない頃。松山商業と合併していた時期だから、強さは松商起源説が正しそうだよね。わがもの顔に自慢したら、絶対イカのでは?

 

何だかぼくにある未熟さのせいで、皆に迷惑ばかりかけた気がして、申し訳ないな。淋しガリ・朝寝坊・心の弱さ・とられすぎの家事時間などなど……。いっぱい迷惑かけてしまって、ごめんなさい。

 

セラヴィ、それが人生さ。生きることの本当の意味を知らないと滝行のような苦難が降ってくる。「艱難辛苦汝を玉にす」で、これからはどんなにつらいことがあっても、二人みたいな最高の笑顔でん、精一杯頑張るつもりだよ! 二人も若さと粘り強さと魂の美しさで、これからの人生をy高く高く羽ばたいていってね! 皆によろしく! ありがとう、皆!

 

 

 

 

(『愛を読むひと』主題歌原曲)