色眼鏡ぬきのベネフィット養豚
青、赤、黄が三原色なら、小学生の「三原気」はアレラにちがいない。
小学生の頃は世間知らずだった。赴任式で新しく来た先生が、よくある言葉遊びで挨拶をしても、いちいち「うまいこと言うな」と感心したものだ。
例えば、「三原気」を織り込んだこんな挨拶。
新任の先生: 先生はこの学校に三つの木を植えたいと思います。「元気、根気、やる気」です!
小学生のぼく: (何て面白い先生なんだ!)
先を生きるのが先生の役目なら、この定型を自分の個性に合わせてアレンジできる創造性がほしい。初恋トークが好きな先生なら、こんな挨拶をしてほしいのだ。
新任の初恋先生: 先生はこの学校に三つの木を植えたいと思います。「思春期、ときめき、嫌いなふりして本当は好き」です!
小学生のぼく: (面白いけど、小学生には早いかな)
地獄の暴れん坊の先生が赴任してきたら、こんな挨拶になるだろう。
新任の地獄の暴れん坊先生: ワシはこの学校に三つの木を植えてやろうと思うとるんじゃ。「餓鬼、悪あがき、アナーキー」!
小学生のぼく: (わーい、この小学校、きっとなくなっちゃうぞ!)
やたらお洒落に気を遣う新任の先生なら、こういう挨拶をして、不思議な余韻を残しそうだ。
新任のお洒落泥棒先生: 先生はこの学校に三つの木を植えたいと思います。「レアチーズケーキ、北欧の白い都市ヘルシンキ、小さい秋」です。
小学生のぼく: (最後の「小さい秋」がお洒落だな。誰でも見つけられようで、なかなか見つけられないものだから)
そういえば、半年くらい短歌に打ち込んでいた時期、自分も「小さい秋」をお題に詠んだことがあった。
くきくきとギターの弦をはりかえる指尖にきて秋はすずしき
はじめて子音で韻を踏もうとして「き」を繰り返し織り込んだ一種。可もなく不可もなく、まもなく不可解なカフカ的状況でもなくなりそうなので、軽く流そう。
いや、待てよ。こうまでするりと気の利いた一節が飛び出してくる自分は、実はかなりイケてるお洒落泥棒なのではないだろうか。待たせちまったな。いつまでも少年の瞳をしたオレの中のコム・デ・ギャルソン。
セルフイメージをすっかりお洒落さんに書き換えて気分が上がったので、今のテンションなら、お洒落じゃないものでも、小粋でお洒落な文章に書きこなせソーダ水はペリエが好き。
陽が長くなった初夏の休日。ふと「今晩は陽気な薔薇にしよう」と呟くときのあなたは、チャールストンか三元豚かを迷っている微熱少女だ。
チャールストンを選んだら、心踊る夜になるだろう。戦前の陽気なダンスにちなんだ薔薇のチャールストンは、ひらめくパリの踊り子のスカートのように黄と赤の二色が動的に入り交じっている。
三元豚を選んだら、 舌の踊る夜になるだろう。豚薔薇のピンクの花びらにそっと唇を寄せようとすると、たちまち妻に叱られることだろう。「蒸ッシュー前だから、口つけは禁じられた遊ヴィヨンと妻より」とか何とか。
舌の踊る夜はいわば三元豚の舞踏会。るんるんらんらんドレスを着ていけば、メイクラブの可能性がフィーバーする。舞踏会はあなたの噂でもちきりさ。美味しい噂でくしゃみが止まらなくなったら、さしあたり代用くしゃみ止めとして、チーズフォンデュ六皿を注文すれば、意中の異性とサシでのデートが入る最高の夜になるだろう。
という小洒落た説明がわかりにくいのなら、初心者向けに言い直そう。ランドレースは繁殖力が強く、大ヨークシャーは肉が美味しく、デュロックは肉にサシが入りやすい。
ただし、今や養豚されているのはほとんどが三元豚。上記三種以外にもさまざまなベネフィットを組み合わせた三元豚が、星の数ほどある。ベネフィットの数だけ、豚の種類の数があるということさ。
バルコニーで夜空を見上げながら、きみの耳元にそう囁いたとき、月の光に煌めくきみのイヤリングが綺麗だった。
美女: 今のお話をひとことで言い直してもいい?
ぼく: いいよ。わかった。こうしよう。オレはオレで今晩のこの話をひとことで表現するよ。せーの、で同時に言おう。
美女: いいわ。いくわよ。せーの。
ぼく: きみを愛している!
美女: ベネ豚!
(夜より深い気まずさが辺りに立ち込める)
というわけで、ベネ豚の話をしようと思っただけなのに、ついつい持ち前のお洒落さとロマンティック好きに引きずられて、導入だけでこんなに字数と時間を使ってしまった!
ソーシャル・デザイン好きの自分としては、いつかベネトンの広告論を調べてみたかいとずっと思っていたのだ。
上記の「最も論争を巻き起こしたベネトンの広告トップ10」から画像を引用して、順不同で個人的なキャプションをつけてみたい。
世界や社会に理想を抱いているだけでは、一代で多国籍企業を作り上げることはできない。シンプルにこう問うてみる。
答えは「色」だ。
ベネトンをベネトンにするイノベーションは、1963年に起こった。物資がまだそれほど豊かではなかった当時、古いセーターが色落ちすれば染め直しの修理に出すこともあった。
ベネトン創業者は腕利きの染色職人と組んだ。古いセーターの染め直しの技術を使って、編み上げた後に新品のセーターを染める技術を開発したのだ。色の流行は変動しやすいので、在庫をどれだけ圧縮できるかの技術が、衣料メーカーの成長を大きく左右する。「後染め」の技術革新は革命的だった。「新大陸を発見した」と、のちにルチアーノ・ベネトンは述懐している。
ベネトンのセーターはたちまち40色になって、飛ぶように売れ始めた。
エイズ患者の急増が社会不安を呼び起こしていた90年代前半、バルセロナ五輪の開催が迫っていた。ベネトンは伝染を予防するカラフルな避妊具を並べて、五輪マークを作った。エイズは不治の病ではなく、楽しく共存できる病気だというメッセージを発したのだった。
1983年から2000年までの間、ユナイテッド カラーズ オブ ベネトンの広告写真を手掛けた世界的な社会派写真家、オリビエーロ・トスカーニ氏が本年2018年春夏シーズンより、同ブランドのキャンペーン写真を再び手掛けることになった事を記念し、トスカーニ氏が18年ぶりに手掛けた最新のキャンペーン写真をはじめ、歴代の代表的なアーカイブ写真を年代別に紹介しているほか、今回復帰に至った際の裏話やブランド名「ユナイテッド カラーズ オブ ベネトン」の誕生秘話、今日の世界に対する思いなどを語った特別インタビューも紹介しています。
ベネトンが世界的社会派写真家オリビエーロ・トスカーニ氏復帰記念企画として特設サイトを公開 | CLASSY.[クラッシィ]
ベネトンの広告写真を手がけて一時代を築いたトスカーニが、2018年にベネトンに帰ってきた。 復帰記念の特設サイトは、トスカーニらしい色彩の喜びに満ちている。
その写真家トスカーニとベネトン創業者は旧知の仲だった。しかし、諸事情からすぐには指名しなかった。ところが或る晩、真夜中にルチアーノ・ベネトンが帰宅した瞬間、彼を広告戦略に採用すべきだというインスピレーションが降りてきたらしい。
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慌てて電話すると、真夜中なのにトスカーニは留守だった。馬好きのトスカーニは厩舎で夜通し馬の出産に立ち会っていたのだ。こんな意味深な逸話がありながら、生まれてきた仔馬にどうして「ベネトン」と名付けなかったのかと残念がっている様子は、イタリアン・ジョークなのかもしれない。しかし、最終的に出産に立ち会ったものしか知らない素晴らしい写真が誕生した。それは人間の「最初の呼吸」をとらえていた。痛みに満ちていると同時に、最高に美しい写真だ。
ベネトンの経営戦略のうち今でも拾えるとしたら、ふたつだろうか。
1.はトヨタのカンバン方式と同じ。2.はセブンイレブンの出店戦略と同じだ。
現在の視点から振り返ると、先駆的だったベネトンの経営戦略は新鮮には見えない。しかし感心してしまうのは、市場参入する国の文化や慣習をきわめて綿密に研究している点だ。研究のリーチは、その国の政治や経済や社会問題にまで当たり前のように伸びている。だからこそ、社会問題に照準した発想が、表の広告に出てくるのだ。
(人種差別が背景にあるLA暴動のドキュメント写真を用いた広告)
(第三世界の食料不足と飢餓問題をテーマにした広告)
(ベネトンの服を着る死刑囚たち。死刑制度の是非を問題提起している)
上の写真が、ベネトンの広告写真のうち最も有名な一枚だ。衣料専業メーカーから出発して多国籍企業にのぼりつめたベネトンが、もし衣服だけで反戦を訴えるとしたら、この写真しかありえなかっただろう。これはボスニア紛争の兵士の着衣だ。血が残されて身体が消えていることから分かるように、兵士は実際に戦死した。NATOの空爆により部分的に参戦した西側諸国のテレビには、一度も映らなかった映像だ。
「後染め」の技術革新で、多彩ないろどりの40色で世界へ躍進したベネトンは、最終的に「color-blind」を広告写真の中心主題に据える。この場合の「color-blind」は「色覚異常」ではなく、「肌の色で人を見ない」という意味だ。
同じ文脈の「color-blind」は、人種差別のはびこる南アフリカ共和国で、ラグビー代表の戦いを通じて、白人と黒人が団結する映画の主題歌にもなった。
(…)
Hear me say it's time we stop talking
Eye to eye we see a different face
Yes we we've conquered the war
With love at the core
A stumble I fall, but I'll stay
Colorblind.聞いてくれ「お喋りをやめる時間だ」
目と目でお互いの引きしまった顔を見る
そうさ ぼくたちはこの戦いを克服するんだ
心の奥にある愛をもって
躓いて転んでも
肌の色で人を見たりしない
メディア自体の政治性や自主規制に覆い隠されたリアルは、必ず多様な「色」や「見方」をもって現れる。それらの色とりどりの多様性を、複眼思考のできる情報強者として把握できるようになったら、もうひとつの「色眼鏡」のバイアスを補正できるといいかもしれない。
世界が多様であるのと同じく、世界を見る時の私たちの感情状態も多様であり、見る者の状態が見られる対象の印象を大きく左右する。つまり、私たちの感情状態も一種の「色眼鏡」なのだ。
さて、「広告+色眼鏡と」の足し算から、2018年7月、絶対に出てくると思われるのが、AR(拡張現実)やARグラスだ。昨晩22時くらいに大学図書館に飛び込んで、三冊わしづかみにして借りてきたのだが、どれも2010年前後の書籍だった。good year ならぬ dog year を生きている私たちには、もはや古い印象がある。
ネット上では、2017年のこの記事が読みやすい。
VRは現実を完全に切り離し、非日常の体験をもたらすもの。ゲームはその最たる例だ。ほかにも、映画や遠隔地の旅行体験などのエンターテインメント、あるいは各種危険を伴う職業のシミュレーション訓練などで、不可欠な存在になるだろう。
いっぽうのARは、現在もスマホ向けのアプリで手軽に体験できるが、今後はメガネやコンタクトレンズのように小型軽量の装着デバイスに行き着き、情報をアシストする方向で我々の日常生活に溶け込みそうだ。風景の中に進むべきルートを表示してくれるナビゲーション機能や、レストランに目を向けたとき、店内の混雑具合やメニューを確認できるといったような使い方が想定されている。また、冷蔵庫の扉を開けずに中身を透視する、あるいは、遠くの見たいモノを拡大表示するような千里眼的な使い方も面白そうだ。
それに、医療分野での応用にも期待が大きい。手術時、MRIなどで取得した体内のデータを医師の視界に重ねることで、血管や患部の位置が明確になるなど、安全性とスピードが向上するというような発展も想定される。
困ったことになった。ARの世界は日進月歩で、もっとワクワクする情報であふれていると思ったのに。その高すぎる期待も、近未来テクノロジーに対する自分の「色眼鏡」の所産だと言われればそれまでだが。
とりあえず、ベネ豚の「序詞」として冒頭に掲げた「三つの木」をあれこれ考えているうちに、友人向けのフレーズを思いついたので書きつけておこうと思う。ちなみに、私の友人の多くは、20歳前後だ。
男女置き換えても使えるリバーシブル仕様で、ポップに仕上げておいたぜ。
男: これまでのきみとぼくとの間に、「三つの木」がはえているのがわかるかい?
女: 「三つの木」? 教えてちょうだい?
男: 「初対面でハートがドキッ、恋しい気持ちを素直に言えなくてため息、いや・言えるさ・きみのすべてが好き」
引用、転用、盗用はご自由に。あたかも自分が思いついたかのように、好きな異性に行っちゃってもOKだぜ!
(「三つの木」= forest)