「芽が出ず」なら mega-death

とてもつらく、とても幸せな日々が続いている。何度か自殺の誘惑にかられた。そしてそのたびに生きていることの大切さと喜びをかみしめるのだ。

気のせいなら良いのだが、間章が限界に近い精神状態で書いたこれらの言葉が、最近どういうわけか、やけに身に染みる。

けれど、間章が「断じて実験ではな」く「現代の霊のある際立ったところによってロックが生みだしえた現代の霊的な音楽」とまで激賞したルー・リードの『Metal Machine Music』は、いまは聴く気になれない。あのノイズ・ミュージックの草分け的問題作は、正直に言うと、バッド・トリップに落ち込みたいとき以外には、耳にしたくない。

ただ、ルー・リードの創作欲の中で、ノイズへの欲動ともいうべき系譜は生きていたらしく、スラッシュ・メタルの草分け的存在メタリカとの賛否両論の共演を、死の2年前に実現させてしまった。へヴィーさ控えめに仕上げたメタリカ節の前で、ポエトリー・リーディングに没入するルー・リードのサウンドが、間章の云う「霊的な音楽」に達しているかどうかはよくわからない。ただ、思わずこんなシャウトを誘われてしまう。何という69才! 

現在の音楽好きはあまりメタリカを知らないかもしれない。スラッシュ・メタルという新ジャンルを創出し、スレイヤー、アンスラックスメガデスとともに、メタル四天王とも呼ばれたモンスター・バンド。90年代を通じてのアルバム・セールスは世界4位だったそうだ。友人のギター・フリークたちは、スレイヤーは歌詞が危険すぎるし、アンスラックスはバンド名がアレだし、メガデスは語感が「芽が出ず」に通じて不吉なので、やはりメタリカしかないと口を揃えて、あの重厚で激しいリフの練習に明け暮れていたものだ。

そのメタリカにも盗作疑惑があって、聴き比べてみれば、確かにあの名曲「Enter Sandman」は、頂きものを受け取っているようにしか聞こえない。

日本の文壇でも、盗作疑惑は繰り返し取り沙汰されてきた。その最大の事件は、井伏鱒二の『黒い雨』になるだろうか。猪瀬直樹の『ピカレスク太宰治伝』で、そのとんでもない犯罪じみた概要を知った人も多いことだろう。

「盗作専門書」を通読してみて、論争の噛み合わなさや論客たちの妄言の応酬の凄まじさにも驚かされてしまった。太宰治の「「女生徒」泥棒一家説」の提唱者も、いかにもその人らしいご活躍ぶりをそこで披露している。

〈盗作〉の文学史

〈盗作〉の文学史

 

 この本で事件の概要を把握できれば、太宰治の遺書と同じく「井伏さんは悪人です」と思わず呟きたくなるにちがいないが、その騒動が、よしんば井伏鱒二の評価を押し下げることがあったとしても、広島の原爆投下直後の地獄を詳述した記録文学の価値を下げることは、決してないだろう。

『黒い雨』の元となった手記は、戦後すぐに書かれたわけではない。当地で被爆した重松静馬という広島の工員が、遺書を用意するほどの凄絶な闘病生活の傍ら、15年近くの歳月をかけて完成させたものだ。そして、手記に生きている原爆の諸現象への観察眼や簡潔で理性的な文章の質は、とても一介の工員の手によるとは思えないほど見事だ。

まだ「原典」の「重松日記」が刊行される以前、井伏鱒二を擁護しようとして、安岡章太郎大江健三郎が井伏独自の美質と信じて称賛した部分が、「原典」の出版後、残らず「重松日記」から発見されることとなった顛末が、「原典」の見事さを物語っている。『黒い雨』は、被爆した現地の医者が書いた「岩竹手記」にも、多くの記述を負うている。無名でありながら、敗れた国の惨状を後世に書き残そうとした「草の根」作家たちの偉業よ。

現代の「草の根作家」たちの業績はネット上で簡単に確認できる。しかし、「重松日記」や「岩竹手記」のように、市井の人間が明晰な観察眼と批評眼をもって、簡潔で正確な文章で記述した「手記」となると、この一冊が最初に挙がるのではないだろうか。

バイオテロと医師たち (集英社新書)

バイオテロと医師たち (集英社新書)

 

 ニューヨークのとある感染症科に在勤していた著者が、9.11世界同時多発テロの約一か月後に炭疽菌テロに遭遇し、そのバイオテロに医師としてどう対処すべきかを探求した新書だ。日本語と英語を駆使する能力があるせいか、論理的思考力が高いせいか、この筆者の文章は、処女著作とは思えないほど文体の質が良い。冒頭を引こう。

「何かがおかしい」

 担当の医師は首をかしげた。人間に病気を引き起こす細菌の場合、青く染まるグラム陽性菌はたいてい丸い形をした球菌である。グラム陽性桿菌の中にも人に病気を起こすものはあるが、急性髄膜炎を起こす菌となるとその数は限られてくる。(…)

 しかし、スティーブンスさんの場合はそのいずれの場合にも該当しないし、なにより、菌が大きすぎる。リステリア菌は同じグラム陽性桿菌でもずっと小さく見えるのだ。

 医師の胸に、或る疑念がむくむくと湧きあがってきた。レントゲン写真の奇妙な画像。髄液の出血所見。グラム陽性桿菌。一度も症例を見たことがない。おそらく同僚や上司だって一度もないだろう。しかも、九月のテロから一か月もたっていないのだ。まさか…

 医師の恐れは適中した。

 そして筆者は、その炭疽菌テロが連続して引き起こされるのを目撃し、種々の細菌別にバイオテロにどう対処すべきかを縷述していくのだが、読みどころは何と言っても最終章。「炭疽菌事件の謎」と題された章だ。

炭疽菌anthraxの恐怖がマスコミを席捲している間、同じ名をバンド名に持つアンスラックスは改名も考えるほど悩んだというが、やがて9.11+炭疽菌連続テロの狂乱が沈静化してマスコミが理性を取り戻し始めると、冷静な犯人追及の機運が盛り上がった。

そのような理性的な追及に抵抗するかのように、政府筋はロシアやイラクアフガニスタンなどの外国を「容疑者」に仕立て上げようとするが、政府発表や主流メディアに盲従しない米国民やこの筆者の Fake News 選球眼も確かだった。さまざまなディスインフォメーションをかいくぐり、筆者はひたひたと歩んで真相へと迫っていく。

辿りついたのは、フォート・デトリック陸軍感染症研究所。この施設で、生物兵器禁止条約批准後も、CIAとともに炭疽菌の開発や研究が内密に続けられていたことが明らかになったのである。

フォート・デートリックとは、旧日本軍731部隊の人体実験の成果を収奪して、引き継いだ機関だ。しかも、禁止条約批准後の生物兵器開発が隠されていたのは、その条約に違反するからだけでなく、同じく人体実験をしていたからだ、という内部告発まである。フォート・デートリックは炭疽菌テロの捜査が及びそうになると、まるで証拠隠滅を図るかのように、研究用炭疽菌を綺麗に焼却してしまった。

上の記事で「獣のようなプリンス」の話に終始したのは、やはり書き足りなかったと反省している。優秀な記事はこちらにある。

優れた新書を一冊読めばわかるように、アメリカでは、生物兵器禁止条約に反して、生物兵器の開発が進められ、人体実験が行われ、軍産複合体の利益のために無辜の国民が自作自演テロの犠牲になった可能性が、きわめて高い。

え? 防衛族石破茂が「加計学園獣医学部は、生物兵器の新しいニーズができたため新設された」だって? これは凄い発言だ。この日本でも、宗主国の命令に従って、同じ手法で同じ蛮行が、国民に知らせないまま挙行される可能性がきわめて高い。

この動きに抵抗する拠点は「草の根ジャーナリズム」にしかないだろう。草の根ジャーナリズムの「芽が出ず」なら、この国の未来に待っているのは、戦争やテロによる大量死(Mega-Death)だけかもしれない。

あなたの目の前には、世界へ言葉を発信できるキーボードがある。芽を出し、葉を伸ばし、種を飛ばそう!