キャンプを忘れさせてくれる夢を見たい

31才の頃のこと。「有明淑日記」を元にして、想像力を奔放に跳ね回らせて、太宰治『女生徒』を越えるような小説を書こうとしていたことは、どこかに書いた。

その時に考えていた細部が、夜中に不意に蘇って来ることが最近何度かあった。『カラマーゾフの兄弟』の終章では、尊崇の対象だったゾシマ長老が亡くなり、その遺骸からの腐臭が人々に神への疑念を抱かせるのだが、確かそれを変形して小説の中に導入しようとしていたはず。そのように構想するきっかけになったのは、ブリジストンの小平タイヤ製造所に学生バイトで潜入した経験からだった。

コピー機交換の軽作業をするために、タイヤ製造所の廊下をコピー機を押して進んでいくと、ゴムの焼けたような厭な臭いがどこへいってもついてきた。作業したのは昼休み。節電のために消灯されていて、暗がりの中で社員たちが仕事を続けたり、弁当を食べたりしていた。まるで灯火管制だなと感じたのが、「遺体火葬」の悪臭と、頭の中でつながったのだと思う。 

ブリヂストン石橋正二郎伝―久留米から世界一へ

ブリヂストン石橋正二郎伝―久留米から世界一へ

 

 小説の主人公は無名のゴーストライターだが、普通の人が単なる自然な模様だとしか感じないものに、特別な意味を読み取れる能力を持っていて、例えばタイヤのトレッドパターンや死体の背中に浮き出る死斑の模様から、何ごとかを感知できるという設定だった。

小説の中心にあるのは、同じく無名の美人モデルが、青山の骨董通り周辺の高級家具のショールームに住み込んで、そのままその家具を使って暮らす生活まるごとを展示するという趣向。プライベートルームにいる時と同じく、そこで着替えたりもするので、かなりの野次馬や見物客が集まってくる。近くに停めた車から、オペラクラスで彼女を観察して、ステマ交じりの彼女の公式ブログを更新するのが、ゴーストライターとしての主人公の仕事だ。見通しを確保するために、大径タイヤで地上高く支えられたピックアップトラックの荷台に立ったりしながら。車中泊することもしばしば。

ダッジラム ピックアップ - Google 検索

 ゴム製品のタイヤ4つで支えられた仮説居住空間と、ここで話したマルコ・ザヌーゾによる初の合成素材のソファー椅子のあるショールームとの間に、どこか親近性を感じて話しかけてきたモデル女性に、主人公が自分の車中泊を「空中キャンプだよ」と答える場面を、たぶん書くことになるだろうと予感していた。

まさか純文学界におけるフィッシュマンズへの初参照を、文芸評論家に持っていかれるとは当時は夢にも思っていなかったが。

ポッカリあいた心の穴を少しずつ埋めてゆくんだ

ポッカリあいた心の穴を少しずつ埋めてゆくんだ

 

 さてブリジストンの社名の由来は、「石橋」の英語直訳の逆さ読みにある。ブリジストン創業者の石橋正二郎と第55代首相の石橋湛山の間に縁戚関係があるかどうか検索したが、確たる情報に辿りつくことはできなかった。ブリジストン創業家と鳩山家との血脈と金脈には何度も出遭った。 

それにしても、調べれば調べるほど、石橋湛山がずばぬけて凄い偉人だったことがわかって、ますます惚れてしまう。

湛山の思想の源流は、何とジョン・デューイ。デューイは後進にリチャード・ローティを持ったことでも有名な機能主義的社会学者で、このブログの文脈でいえば、要所で私が引用している宮台真司も、(彼の古今東西の思想や哲学からの縦横無尽な引用に眩惑されたまま批判している批判者も多いようだが)、自身の思想の主流においているのは、デューイの機能主義的な「感情教育」を重視した上で、さらにそれを社会システム論的にパーソンズルーマンに寄せたあたりだ。

すでに戦前から、石橋湛山は、大陸への軍事的侵略を批判する反戦主義者であり、普通選挙を要求する民主主義者であり、「良妻賢母製造型」ではない女子の高等教育と婦人参政権を主張したフェミニストであり、大陸や半島のアジア人差別を糾弾する反人種差別主義者であり、 のちに日本初のケイジアン蔵相となる国民経済重視型のエコノミストであり、言論の自由の保証による建設的社会の創出を求めた反ファシストでありジャーナリストだった。

 戦前戦中戦後の「暗すぎる昭和」の時代背景を念頭において、あえて石橋湛山に欠けているものを求めるとすれば、それは当時の極東の小国においてでさえ確実に進められつつあった「国際秘密力」研究に対する見識だろうか。その戦前の研究の痕跡は、Amazonにも1936年という年号とともに刻まれている。

国際秘密力の研究〈第1-6冊〉 (1936年)

国際秘密力の研究〈第1-6冊〉 (1936年)

 

 「国際秘密力」の概要を、最も詳細に記して公開しているのは、このブログだろう。

戦前戦中戦後に度重なる弾圧を受けても筆を曲げなかった石橋湛山が、首相退陣後に日本主導による日中米ソ平和同盟を模索して、対米従属から脱すべき日本、ひいては世界を善導しようとしていたさまには、あまりもの「規矩正しさ」に心搏たれるものがある。

しかし、当時すでに世界大に巨大化していた軍産複合体にとって、そのような世界大の平和同盟は、当然のことながら「死の商人」である自身の滅亡を意味するので、実現の可能性はきわめて乏しかった。その後も偽旗軍事作戦(例えば、ベトナム戦争トンキン湾事件、9.11世界同時多発テロ)などによって、「死の商人たち」のみを潤す戦争や紛争が絶えず起こされつづけてきたのは、歴史が証明する通りだ。

ところで、このブログは無軌道に自由気儘に書いているように見えて、実は若い友人たちからのリクエストに或る程度応える形で書かれている。昨晩は恋愛について書いてほしいと示唆されたのであのように書いたが、おかげで年甲斐もなく傷心の心地だ。今晩はここを概観せよと示唆されているので、先に、湛山と轍を同じくする対米自立型保守思想の主流がどのようになっているのかを瞥見したい。 

敗者の想像力 (集英社新書)

敗者の想像力 (集英社新書)

 

 この本では、「シン・ゴジラ」論で、アメリカによる隠然たる日本への植民地支配を、電通による隠然たる映画界への支配と重ねて論考している箇所に、アクチュアリティを感じて、付箋を貼った。 実際、高名な政治評論家の「失踪事件」には、こんな顛末があったのだ。

 こちらの対談も多く読まれているようだ。

 内田樹のこの発言がとても良い。

内田 日露戦争のときに、ニューヨークの銀行家にジェイコブ・シフという人がいました。この人が日本の戦時国債を引き受けてくれた。その一方で「ロシアの戦時公債は買うな」と世界中のユダヤ人の金融ネットワークに指令を発した。この人のおかげで日本は軍事調達戦でロシアに圧勝した。シフは日露戦争勝利の最大の殊勲者の一人なんです。だから戦後、明治天皇勲一等旭日大綬章を贈った。アーミテージに贈られたのはシフと同じ勲章です。どれだけジャパン・ハンドラーが偉いかわかりますね。

 この辺りが、論壇でよく読まれている対米自立型保守思想の代表的発言例だろう。遺憾ながら、これらでは必ずしも充分とは言えないというのが自分の立場だ。

石橋湛山内閣が突然得た病いによって短命に終わったのは、1957年のこと。それから60年もが経過した現在、「国際秘密力」による世界的謀略はどこまで進んでいるだろうか。

ひとことで言うと、本当に恐ろしいことになっている。

 クラウゼヴィッツの「戦争は政治とは異なる手段をもってする政治の継続にほかならない」という名言を、今や政治よりも重要なファクターに成り上がった金融を用いて言い換えると、「金融は戦争とは異なる手段をもってする戦争の継続にほかならない」と言えるだろう。

金融世界大戦 第三次大戦はすでに始まっている

金融世界大戦 第三次大戦はすでに始まっている

 

(国内最高の情報分析に満ちているが、え、本当にわずか3か月前の著作?と思うほどに、世界情勢の変転は激しい。著者のメルマガの購読をお勧めしたい)。

超大国アメリカまでもを狡猾に操作するグローバリストたちの覇権が、不換紙幣の大量印刷によるバブル創出、金相場の不正操作、基軸通貨としてのシニョレッジ、軍事的債務不履行などの謀略によって維持されてきたことを、どれくらいの日本人が理解しているのだろうか。

イラク戦争にアメリカが踏み切ったのは、結局見つからなかった大量破壊兵器が理由ではなく、わかりやすい石油利権の略奪も部分的理由でしかなく、フセイン大統領がオイルマネーの決済をドルではなくユーロに変えたことで、アメリカの覇権を下支えしているドルの基軸通貨としての地位を脅かしたのが主因だ。

偽旗作戦だった9.11同時多発テロも、「報復戦争」として軍産複合体が大量の軍事費を費消し、アフガンやイラクの資源利権を漁ることも主要な目的ではあったが、同時に金塊を略奪し、ブレディ債の債務を文字通り吹っ飛ばすことにも重点が置かれていた。

「国際金融資本」は「負債・損失の帳消し」を企んでいる - るいネット

 このような「金融戦争」の詳細を書いていると、何十時間もかかってしまう。

それでも、最終的な金融戦争の果てに、99%の私たちに残されているものが何なのかだけは書いておきたい。それを映し出している動画は、人々に強烈な恐怖をかきたてずにはおかないだろう。

「空中キャンプ」と火葬で始まったこの記事。私たちを待ち受けているものを、concentration camp、つまり「集中キャンプ」と書くと誤訳になる。正訳の「強制収容所」めいたFEMAキャンプでの土葬なのだと、正確に言い換えておきたい。

連中は本気でアメリカを終わらせるつもりだ。

強制収容所への移送の口実に使われるのは、国軍が自国民のために使用する生物化学兵器で、その事前訓練(!)に参加した女性兵士から、実際の書類画像付きで告発がなされている。 

国軍が生物化学兵器を自国民に使用する可能性について、元CIA作戦要員から、これも事前に警告がなされていた。

自分も、CIAによる生物兵器の開発と自国民への使用について、この記事で簡単に触れた。

mega-death は笑って済ますことのできる駄洒落ではなく、まさしく洒落にならない事態だとしか言いようがない。もちろん日本は「植民地」なので、宗主国の命令通りにFEMA キャンプの創設が進められようとしている。

いろいろな場所でいろいろな争いが起きているのを見る。

自分だって「嗜虐的にいじめてやりたい」とか「他人が不幸になるのを嗤いたい」とかいった卑小なくだらない欲望に彩られた争いに巻き込まれて、或る意味では、この14年間を棒に振ったのだと感じている。

でも、その争いは、本当にいまここで争わねばならないものなのですか? 真に争うべきものから目を背けさせるために、本来なら連帯しうる人々を分断して、結果的に真の敵を利するよう弄ばれているだけなのではないでしょうか? 私たちはまだ、分断統治されたまま、真の意味で敗けつづけなくてはならないのでしょうか?

そんなことを考えているうちに、また窓が明るんで朝が来てしまった。とりとめのない他愛ない夢でいいから、この現実とは別の何かを見ながら、ゆっくり眠りたい。そして、次に起きるときには、もう少しマシな世界に目覚めたい。

心の揺れ静めるために静かな顔をするんだ

真っ赤な目で空を見上げて静かな顔をするんだ

 

眠ってる人を思い出すんだ

眠ってる顔はみんな好きだから

眠っているきみを思い出すんだ

眠ってる顔が一番好きだから

 

心の中にぽっかり空いた穴を少しずつ埋めてゆくんだ

ぼんやりきまった空にきみを大きく思い描いて