旧ソビエト経由の巨星

中学生の頃、サッカーをやっていた。ポジションはサイドバックかスイーパーだった。幸運なことに、サッカー体型にはならずに幾分か足が長いままだったので、コーナーキックを蹴る役を務められたのは嬉しかったが、それ以外は「アモーレ」な同郷のジョカトーレのように縦の上下動をする体力もなく、味方のミスによるこぼれ球を「掃除」する日々。地味なチーム内立場だったので、華やかな他人のポジションに羨望を持つことがなかったといったら嘘になる。

批評空間 (第2期第17号)

批評空間 (第2期第17号)

 

 ここで語った学生時代のバイト先に、顔を合わせたことはないものの、ほぼ同い年の東大生がいて、彼が「批評空間」に寄稿していると聞いて、椅子から転げ落ちそうになった。

あの若さで日本代表FWのポジションを獲得するなんて、凄まじい天才なんだろうな、という印象を持ってその著作を読むと、その印象通りだった。 

存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて

存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて

 

それから約20年が経ち、彼の連載が載っている「批評空間」を流し読みしていると、比較的最近の数年前、あるロシア文学系研究者のポジショニングに嫉妬してしまったのを思い出した。(果たして、あんな至近距離に座ってよいものなのだろうか)。 

引き裂かれた祝祭―バフチン・ナボコフ・ロシア文化

引き裂かれた祝祭―バフチン・ナボコフ・ロシア文化

 

 それがどんな文脈から引き起こされた嫉妬だったのか、ロシア・フォルマリスムだったのか、それともバフチンポリフォニー論だったのか、最近 tu me caches le monde 的な心理機制のせいで、すっかり世界が見えにくくなっているので、うまく思い出せない。思い出せないままに、ロシアの話を始めていこうと思う。

都合により、ロシアより先にモスラの話をしなくてはいけない。

ゴジララドンに続く東宝三大怪獣の『モスラ』の主人公「福田善一郎」は、意外にも純文学系原作者の中村真一郎福永武彦堀田善衛の3人を掛け合わせて作られたらしいが、映画の最大の見どころは、やはり双子の妖精が妖しげな歌声でモスラを呼び出す場面だろう。

この双子の妖精はザ・ピーナッツ(私的には Emi-Yumi と呼びたい)だ。その妖しげなハーモニーで映画の中でモスラを目覚めさせただけでなく、現実世界でも超自然現象を呼び寄せたとして、ごく一部の双子マニアの間で話題になった。

2013年にロシアのチェリャビンスク州に落下した隕石を、ザ・ピーナッツが呼び寄せたという噂があるのだ。

確かに、ザ・ピーナッツの「恋のバカンス」のカバーに吸い寄せられるように、隕石が眩い光を放ち、視野を横切っていく。

ロシアでは、半世紀ほど前に東京特派員が持ち帰ったザ・ピーナッツの数曲が、今でも国民的な人気曲になっているのだという。 歌番組でも皆がハッスルして踊っている。

確かに、ピーナッツがロシア料理に合うことは間違いないようで、検索しただけで90ものピーナッツ料理が画面に現れた。

Арахис - 90 рецептов приготовления пошагово - 1000.menu

他にロシア文化に合う日本の名曲があるとしたら、坂本九の「上を向いて歩こう」になるだろうか。「SUKIYAKI」の名で世界70ヵ国でリリースされたから、ロシアでもよく知られているはずだし、その親和性を証明するがごとく、事実、すき焼きの残りに、生クリームを加えたり塩胡椒を振ったりして、ロシア料理のビーフストロガノフにリメイクする人が後を絶たない。

すき焼きリメイクのビーフストロガノフ - Fugl.kitchen〜からだに良くて美味しいものを〜

塩が… すき焼きに… かすかにそう呟いた瞬間、心の中を眩い流れ星が飛んで横切るのを感じてしまう。連想の糸口は、2003年小泉政権下で「塩」をその名に冠した財務大臣のしょっぱい発言にある。

塩川財務大臣母屋(一般会計)でおかゆをすすりながら、離れ(特別会計)ではすき焼きを喰っている 

亡国予算―闇に消えた「特別会計」

亡国予算―闇に消えた「特別会計」

 

『亡国予算』によると、「官僚のお財布」こと特別会計の予算と、代議制民主主義をもとに国民が監視している一般会計の予算との比は、2008年が重複計上分を除いて約5.2倍、2011年が約2.4倍。この比で注意してほしいのは、特別会計>>>一般会計という規模関係にあることだ

関係書を読んでいて呑みかけのお茶を吹き出しそうになったのは、高橋洋一の衝撃的すぎるこの発言。

民間会社では経費は精査され、赤字の事業は見直す。でなければ、たちまち経営難に陥り、倒産してしまう。ところが国の場合、倒産はないので、おカネの管理はひどく杜撰だ。私が財務省時代につくるまでは、確かな国のバランスシートさえなかったのである。 

これは爆弾発言だ。最近急上昇している「日本≠独立先進国」説を補強してくれそうな実話だ。ただし、財務省出身の高橋洋一は通好みの話法が得意なので、「相応のフローが右から左へ抜けるだけなので、特別会計の予算規模の大きさを非難するのは筋違い」「特別会計は裏帳簿ではない」といった発言には、注意を払っておきたい。

特別会計の問題性は、北沢栄が手際よく整理しているように、 

① 必要規模に対してあまりにも巨大であること。(先進国で唯一日本に近い会計区分を採用しているイギリスでも、特別会計対一般会計の比は0.2倍)。

②一般会計に適用される財政法が、なぜか特別会計に適用されない。(→予算上限の設定もなく、資金繰りや繰り越しが自由自在で、国民の監視なしの状態に)。

③②により、当然無駄遣いが多く発生し、「国民財産の私物化意識」が嵩じる。

④③により、特別会計内で余っている「埋蔵金」を国民へ返そうとしない。

この異常な状態に気付いて、声を上げる人々が、各所で増えている。

  「財源をどうやって作るかについては、前から総理にも言っているが、特別会計に思い切って切り込んでいくべきだ。20兆、30兆はすぐ出る。今の特別会計は役人が抱え込んで、彼らの小遣いになっている。ただ、各省の大臣にやれといってもダメだから、仙谷(行政刷新担当相)あたりにやらせろと言っている」

おお、素敵なブログタイトル。記事の内容も秀逸だ。

このブログの「永続敗戦論」の文脈で再確認しておきたいのは、先進国のどこにも見当たらないこの異様な特別会計制度が、戦時会計の遺制であり、敗戦後そのまま残された負の遺産だということである。 

臨時軍事費特別会計 帝国日本を破滅させた魔性の制度

臨時軍事費特別会計 帝国日本を破滅させた魔性の制度

 

太平洋戦争の制度設計上の「戦犯」は、多くの歴史家によって、大日本帝国憲法統帥権独立、軍部大臣現役武官制だとされている。鈴木晟は、それらに優るとも劣らない「戦犯」として、「臨時軍事費特別会計」が最終的には敗戦直前の「無法規」にまで頽落していく様子を実証的に描き出していく。そして無規律な戦費調達の代償の最終的な出口は「インフレからの預金封鎖」だった。

興味深かったのは、この記事でも書いた浜口雄幸首相+井上準之助蔵相による「旧平価による金解禁」を、「輸出が不利となり輸入が増大し国際収支の悪化はいっそう進む」ので、そうしてはならないことは「素人でもわかる理屈」だと一刀両断にしているところ。(なぜ「素人でもわかる」失敗を、日本の歴史教科書は無理に擁護しようとするのだろうか?)

続く、「ダルマ蔵相」こと髙橋是清が、金輸出再禁止とケインズ公共投資国債の一時的な日銀引き受けの辣腕をふるって、昭和恐慌以来の不況から日本を脱却せしめた。しかし、髙橋是清は二・ニ六事件で軍部に暗殺されてしまう。「魔法の打ち出の小槌」たる国債の日銀引き受けを、一時的なものに限定しようとしたため、法外な軍費の支出を要求した軍部と対立したからだった。

 さて、日本の特別会計の闇にメスを入れようとした最大の人物を、私たちは悲しすぎる形で失ってしまった。当時民主党議員だった石井紘基衆議院議員が、おそらくはその闇へメスを差し入れたために、暗殺されてしまったのである。

2002年10月25日、世田谷区の自宅駐車場で右翼団体守皇塾代表の伊藤白水に柳刃包丁で左胸を刺されたことになっているが、警察捜査やマスコミ報道、そして裁判・・・
いずれも例によって、表向きの処理・報道だけで、真相部分は闇に葬ってしまっている。
真の犯人ともいうべき おそらく暗殺を指示した権力者からの圧力によって・・・

本誌記者が石井紘基代議士(61)と最後に会ったのは10月23日のことだった。議員会館ですれ違ったとき、「いい話があるんだ。書いてよ。これは間違いなくでかくなる話だから・・・」と耳打ちしてくれた。

「その話、でかいけどまたヤバイ話じゃないですか」と冗談で返すと、「まあな。俺、ヤバイことばっかやってるからな」と笑って答えた。

実はその数週間前にも、こんなことがあった。別の記者が民主党議員の秘書から、「石井先生のところに政界を震撼させるすごいネタが入ったみたいだ。当たってみるとおもしろいかも・・・」と聞かされたのだ。

記者が石井氏に当たったところ、「まあまあ、そう焦りなさんな。いま証拠固めの最中だから。いずれ時期を見て国会で質問する。そのときは連絡するよ。これが表ざたになったら、与党の連中がひっくり返るような大ネタだよ」と言って、たばこをぷーっとふかした。

今回の凶行はまさに、石井氏が何か大きな疑惑を国会で追及する準備を始める矢先の出来事だったのだ。

下記のまとめのリードにある「第154回国会において石井は、一般会計・特別会計財政投融資から重複部分を計算したうえで、日本の年間歳出(国家予算)は約200兆円相当あるのではないか、と指摘した」という部分について、『亡国予算』の北沢栄は資料を精査してこのような結論を出している。

一般会計と特別会計の間で資金が行き来して重複計上されているため、(…)重複計上額を除いた純計ベースで見る必要がある。(…)純計ベースの国の08年度予算は、一般会計と特別会計を合わせ、歳入で236.6兆円、歳出で212.6兆円となる。

2002年と2008年の違いがありながら、膨大な資料を渉猟したのちに石井紘基が推定した(特別会計の闇の推定サイズを織り込んだ)国家予算概算額はドンピシャだったことがわかる。 

 石井紘基が日本の特別会計の闇に切り込んだのは、旧ソ連時代のモスクワ留学経験が大きかったと言われている。上の動画の8:25くらいから、60年安保の学生運動の渦中で、左派の社会党に加わり、理想を胸に留学したモスクワで、石井は「鉄のカーテン」の向こう側にある「理想社会」の惨憺たる実情を知ってしまう。

1971年の早さで、左派にありながら、「特権階級が私利私欲に走るのみのソ連は、すでに崩壊しつつある」という予言を的中させた人間も稀有なら、「特権階級支配のソ連と一部の政治家と官僚が支配する日本が似ている」とまで言い切れた論客は皆無だろう。

悲しいことに、巨星は撃墜されて流れ星になった。

遺族の肉声はここで読める。それが何であるべきかを問わず、少しでも何かを感じてもらえたら嬉しい。 

ただ一人、石井紘基を追いかけてくれていたテレ朝 大野公二記者 | 大村京佑のサイト

(…)

父の最期については、多くの方に『おかしい』と理解して頂ければ、あとは、死んだ一日のことにクローズアップしていくことよりも、父がどのように生きて、何を成したのかを知って頂くことの方が、より全てを理解して頂けるのだと思っています。

(…)

もちろん、あの事件は、あってはならないことですし、父の無念も悔しさも、全て自分のことのように苦しみました。事件についての誤報道への憤りや、自首した人の裁判での嘘など、怒りは限りなくあります。

(…)

父が本当に願うことは、日本が、世界が良くなることです。それで、父の功績も理解して頂けたならば、尚天国で嬉しいでしょう。

私の経験したこと全てをお話することも難しいですし、要点だけをお話しても、私の今まで辿ってきた経験を前置かないと、理解して頂けないかもしれません。

しかし、私は、自分が信じていることがあります。嘘は、必ず明るみになるということです。実際に、必ずその通りになっています。社会構造も全て。

 

 

 

(尊敬しているツイッタラーのタイムラインに現れた名曲のカバー。正確にはロシアではなくウクライナだが、美しい)。

呼んでいる 胸のどこか奥で
いつも心踊る 夢を見たい

悲しみは 数えきれないけれど
その向こうできっと あなたに会える

繰り返すあやまちの そのたびひとは
ただ青い空の 青さを知る
果てしなく 道は続いて見えるけれど
この両手は 光を抱ける