横断していくドゥルーズ犬たち

 自分の書く文章の最大の特徴は、さまざまな領域にまたがっていることだと、読み手には感じられるらしい。

14年前、不得意な分野を書いていて記述レベルがやや落ちてしまったのを、(今でも)憧れのブロガーにさりげなく「領域を横断したがる欲望が…」と示唆してもらったので、話しかけてもらったのが嬉しくて、「領域横断強迫に襲われてしまったかも」とさりげなく文脈に織り込んで謙遜の返答を送ったら、以後周囲から「領域横断強迫野郎」の栄えある称号を戴冠してしまった。出版社の社長にまで、同じ罵倒句であてこすられたのには驚いた。世界には奇特な種族がいるものだ。

仕事、音楽、食事、映画、自動車、服、テレビ、旅行…。

このリストは永遠に更新可能なはずだし、自分がドゥルーズ的文脈で実演していた「横断」だって、ドゥルーズの名を持ち出すのが恥ずかしいくらい、たかだか誰にでもわかる「人間は諸領域に横断されている存在である」という前提に依拠していたにすぎない。そんな前提にも我を忘れてしまうほど、他人を莫迦にしたくてたまらない人々がいるらしいのを、自分は初めて目撃したのだった。局所的であるにはせよ、社会心理学の時代が到来しているのを自分は感じた。

その新現象については、数年で新書が書かれた。 多少のタイムラグはあっても、自分は結局「本は何でも知っている」は真なり、といういつもの感慨に回帰したというわけだ。 

他人を見下す若者たち (講談社現代新書)

他人を見下す若者たち (講談社現代新書)

 

 常に状況からポジティブなものを引き出そうとしてしまう自分って、これはこれで変わった性格なのかもしれない。そのような種族との初遭遇も、積極的に「社会勉強」だととらえてしまった自分は、一種の社会心理学的実験を試みた。対象内容物と罵倒内容との間に、どの程度の有意な相関性があるのか、実験を試みたのだ。

その種族は、どうやらこのブログより格段に簡単な処女ブログの記述さえ読みづらく感じていたようだったので、逆張りして「重い」ではなく「軽い」、ドゥルージアンではなく『アンチ・オィディプス』で厳しく対立しているラカン派のジジェクの名を借りることにした。

言い換えれば、客に向かって舶来素材の合皮で黒の重めのスーツを仕立てた職人が、真逆の「真っ白な木綿のジャケットを作りました」と告白したら、客はどんな表情をするだろうか、という実験だ。

ブログでは、ジジェク的な軽やかさを求めて…

 そんな風に執筆意図を「告白」すると、徒党を組んだかのごとき聴衆が、それが相反物であることも理解せずに、叩くは叩く。「サイバー・カスケード」という言葉は当時まだなかったが、自分が体験した日本語ブログ初の「炎上」には、一片の批判相当性もなかったことを示唆する一齣だった。別段ジジェクが叩かれても、自分は何の痛痒も感じないし、当時の批判者に対して何らルサンチマンを抱いてもいないが、こんなにも話が通じないのは何とも淋しい。

誰とでも話が合うわけではないのはわかるから、立食パーティー参加者の全員と話せなくてもかまわない。ただ、少しテーブル群から離れた場所でかまわないから、せめて話したい人とだけ、話をさせてもらえないだろうか。

「芸術における政治性」。少なくとも、最低限それくらいは見通せる批評眼を持っていたいと考える人間なので、三島由紀夫『絹と明察』が、ベネディクト・アンダーソン菊と刀』の向こうを張った日本論の性格を持っていることや、アメリカ発の『菊と刀』がとんでもない政治的プロパガンダ文書であることも、わかっているつもりだった。

一方、自分以外のほとんどの日本人は『絹と明察』を理解できていなくても、『菊と刀』の政治性くらいはほとんどの日本人が読めているはず。そう思っていた。しかし、被支配国のAmazon レビュワー(☆平均値3.5)は、あまりにも洗脳プロパガンダに脆弱なようだ。

Amazon の一つ星レビューに、うまくまとまった指摘がある。

5つ星のうち1.0『菊と刀』は、評価に値しないプロパガンダの本
投稿者 葵之助2008年4月27日

 「商品の説明」に「第二次大戦中の米国戦時情報局による日本研究をもとに執筆され・・・」と紹介されている。しかし、正しくは「日本が再びアメリカの脅威にならないように日本を改造すること」が目的で執筆されたのが、この『菊と刀』だ。つまり、無警戒に『菊と刀』を読むのではなく、日本を悪者にするために意図的に書かれたプロパガンダの書であることを念頭に読む必要がある。『菊と刀』は「日本人には菊をめでる一面と刀を崇拝する一面の矛盾する二面性がある」と指摘している。この本では「日本人のように幼児期に甘やかされて育った子供は、思春期に多くの拘束を受けるようになると、大きなトラウマが生まれ、成人すると一気に爆発する」と述べられており、これがいつのまにか、「ホンネとタテマエの二心ある日本人」というマイナス・イメージが作られてしまった。しかし、実際は西洋人の方が「ホンネとタテマエ」を実に巧みに使い分けているのだ。世界中でホンネとタテマエの差が最も少ないのは、日本人である。この本は、いまだに「日本人研究の書」と高い評価を受けているが、それは現在でも日本人がプロパガンダされ続けていることを意味しており、注意すべきだと思う。

 しかし、知るべきことを知らないのは自分も同じだった。対米自立型の保守ではあるが、七割くらいが左翼成分で組成されている自分には、強すぎる右派的主張に面喰らう部分もあるものの、WGIP(戦争の罪の意識を日本人に植えつける洗脳プログラム)が、歴史的事実として確かに存在したことを、否定する根拠ないと思う。 

実際、どのような政治的立場から見ても、高橋史朗がアメリカの公文書の情報公開によって収集した実証的根拠を否定することは難しい。1%グローバリストによる分断統治を利するような左翼右翼のポジショントークは、もう終わりにしても良いのではないだろうか。 

 私は30代の頃、WGIPに関するCIE文書(ワシントンの国立公文書館所蔵のGHQ文書1万283箱のうち民間情報教育局文書は917箱)を3年間調査した。 

 そしてその対日洗脳工作(WGIP)の本拠地となったのが、タヴィストック人間関係研究所。社会心理学文化人類学の当時最高の知見が結集されたロンドンの諜報機関の発展形だ。草創期に「社会心理学の父」と言われるクルト・レヴィンが関わっており、米政府や米軍からの要請も受けて、研究を重ねている。

何とも残念なことだが、このブログの文脈でいうと、この記事で肯定的に書いたグレゴリー・ベイトソンも、実はその洗脳工作活動で名前の挙がる一人なのである。

 というより、初婚相手のマーガレット・ミードの方が目覚ましい活躍を見せていると言うべきか。ブログ記事で言及した娘のキャサリンベイトソンは、ミードとベイトソンの間の第一子。そしてそのミードと『菊と刀』のベネディクト・アンダーソンは、情報機関の同僚であるだけでなく、女性同士の恋人でもあった。  

マーガレット・ミードとルース・ベネディクト

マーガレット・ミードとルース・ベネディクト

 

 (副題:ふたりの恋愛が育んだ文化人類学

人間関係や恋愛関係をどうこう言いたいわけではない。ただ、元々「敵国民精神武装解除」を中心主題としていたこの組織は、やがて戦前戦中戦後を通じて、「日本の信頼を貶め打倒する(公文書より)」ことを目的とするようになる。ミード、ベネディクト、ベイトソンが参加した1944年の太平洋問題調査会の「日本人の性格構造会議」では、日本の侵略戦争は日本人の国民性と道徳体系(病的、幼稚、未熟など)に由来するという「と学会」級のとんでもない結論に達している。 

タブーすぎるトンデモ本の世界

タブーすぎるトンデモ本の世界

 

 個人的に、とうとう日本人の固定観念払拭の強さ(知的水準の高さ)がここまで来たかとの感を強く抱いたのは、アメリカ公文書での実証的調査を怠らない高橋史朗が、それらの実証的情報をもって伝説の「陰謀論」本の記述を補強しながら、論を進めていることだ。

タヴィストック洗脳研究所

タヴィストック洗脳研究所

 

 このブログで何度も書いたように、「陰謀論」という用語は、政府の公式見解に異議を唱える人々を貶めるために、1967年CIAによって編み出された「言語兵器」である。

 

ジョン・コールマンは旧「陰謀論」界、現「裏真実」界の世界的な巨匠。訳者の太田竜も日本の斯界の先駆者だ。金解禁をめぐる「陰謀」について書いたこの記事で、太田竜の動画を引用したことがある。

「2017年最高新書賞」を自分が勝手に贈与した『知ってはいけない』の左派系の著者も、自説が頻繁に「陰謀論」呼ばわりされると話していた。

それが、無根拠な陰謀系妄想なのか、洗脳工作によって見失われている「裏真実」なのか、その判断は簡単だ。右翼も左翼も関係ない。鍵言葉は「アメリカ公文書での実証的調査」だ。

となると、そのような偉業を最初に渡米してやってのけたあの愛犬家は、やはり、この国の行くべき道を探るよすがとなる、凄い仕事を遺した偉人ということになるのではないだろうか。

その愛犬家とは、10年以上前の上の記事でわずかに言及した江藤淳。文壇に、江藤淳の最良の部分を受け継いだ後進が見当たらないことに、淋しい思いをしていた。自分は『心臓の二つある犬』(≒占領された日本)という小説で、腹腔にもう一つの心臓を移植される犬の名を、江藤淳の愛犬にちなんで「ダーキイ」と名付けた。

 59年の犬を見失ってしまったと感じていたが、考え直せば、ドゥルーズに触発されでもしたのだろうか、あの犬たちは次々に領域を横断して、それぞれの道を進んでいたのだった。

上の記事で言及した『新・マネー敗戦』の岩本沙弓も、アメリカ公文書調査組だ。

アメリカ公文書調査による、現在までの最大の成果は、どんなスパイ小説よりもリアリティのあるこの大部の書物になるだろう。 

秘密のファイル(上) CIAの対日工作

秘密のファイル(上) CIAの対日工作

 
秘密のファイル(下) CIAの対日工作

秘密のファイル(下) CIAの対日工作

 

 下の動画では、ルーズで自己中心的な人間より、社会正義に従いつつ、犬が横断している様子が見られる。時には、あるいは必要に応じていつでも、右翼左翼の断絶の間も、横断してしまってもいいのではないだろうか。横断しなければ、複雑すぎる政治状況を機敏に駆け回ることは難しいし、この国の「真の独立」という至難の難問へ辿りつくことも難しいから。

 

アビイ・ロード

アビイ・ロード

 

Because the world is round it turns me on
Because the world is round...

Because the wind is high it blows my mind
Because the wind is high......

Love is old, love is new
Love is all, love is you

Because the sky is blue, it makes me cry
Because the sky is blue.......