ヘイ、ヘイ、呼ばれているぜ

40歳をすぎてもスポーツジムに行くのが好きなくらい、運動は好き。ただ、2年前に起業してからずっと過労で、しかもそのうち14か月以上異様なトラブルに巻き込まれているせいで、どうもそろそろ死ぬらしい。少年時代に心酔した三島由紀夫と同い年で殉職だぜ。深夜に職場で激しい頭痛に見舞われて、救急病院に言ったら、血圧が178だった。正常な血圧は、自分の年齢に90を足した数値らしい。45歳、もとい、88歳で死ぬのか。やっと幸せになれるかもしれないと夢想していたのに。

どうしても依頼された書き物が進まなくて、珈琲やドリンク剤をがぶ飲みして、睡眠不足とストレスで、心身ともボロボロ。もっときちんと好きな運動をしたかったし、睡眠も充分にとりたかった。これは本当の気持ちだ。

あれ、何だろう? さっきから瞳から滲み出てくる水は? これか、これを現世の人は「涙」と呼んでいるのか。まずいな。天国の人の気分になってしまっている。今までありがとう、皆! 今から高解像度のMRIを撮ってきて、ここで報告するから。待っていて。もし待っていても帰ってこなかったら… そのときは、ずっと好きだったあの人に、ひとことだけでいいから、こう伝えてくれないか。「I love you.」

病院から帰ってきた。実は3年前にも身体の調子がおかしくなって、その病院でMRI検査を受けていたので、3年前の画像と並べて見比べることができた。医者の第一声は「ストレスなどで、この3年間で急速に脳が老化しているね」だった。心あたりはある。小脳に出血の痕跡があり、大脳の中心部にも脳梗塞の白い跡がくっきり残っていた。1週間静養するようにとの診断書をもらったが、休めるわけないしな。何でこんなに長くかかっているのだろう。完全に疲弊しきってしまった。

というわけで、負けちゃいけない。諦めちゃいけない。今日は疲弊していくNPOを、どうやって持続可能なものに変えていくか。Non Profit Organization を、どのようにソーシャル・ビジネス化するかについて考えていきたい。

先日電話をくれたシニャックは、その業界では結構な有名人だったらしい。

 川上真哉のことをシニャックと最初に呼んだのは、路彦たち旅仲間ではない。旅先の地中海沿岸で会ったアルジェリア移民の少年だった。川上がさらさらと器用にノートに少年の似顔絵を描いて差し出したのを見て、隅にあるShinya.K.という署名の姓名を、誤って連続させてそう呼んだのだった。シニャックだなんて小粋な名前ね、印象派の画家と同じじゃない。そう琴里に騙てられて、本人がその誤読をいたく気に入ったので、爾来そう呼ばれるようになったのである。

(…)
 それはどの本屋にも売っていない珍しい雑誌だった。路彦は雑誌を買いにわざわざ品川まで出て、駅周辺をうろついた。正確に言うと、捜したのは雑誌ではない。その販売を請け負っている路上のホームレスの姿を捜したのである。「品川の彼」はすぐに見つかった。 身なりを整えた50代くらいのホームレスが、駅から出てくる群衆の流れに向かって、雑誌を頭上に掲げながら、雑誌名と値段を高唱している。後でわかったことだが、300円の雑誌代のうち半額がそれを販売したホームレスの収入になり、彼らの社会復帰に寄与するのだそうだ。

 雑誌を買って、帰りの電車の中で開くと、「若手起業家の横顔」と題された誌面の一劃で、シニャックが心持ち顎を上げた生意気そうな顔で笑っていた。記事はシニャックに好意的で、長野に移住までして法人を起ち上げ、障害者と協働しながら無添加石験を作る事業に打ち込む当時25歳の彼を、次世代のソーシャル・ビジネスの旗手であると讃えていた。

 しかし、路彦の胸中に去来したのは複雑な感想である。あのシニャックが石験作りとはね、というのが心中の第一声で、記事中で強調される環境意識の高さや障害者雇用の意義などは、何だか莫迦に当たり前すぎて、彼がやらねばならないことではないような気がした。

 シニャックのような世界市民的な左翼青年を、普通の雑誌に載せて有名にはしたくなかった。「ビッグ・イシュー」はソーシャル・ビジネスの有名事例だ。

 社会的企業とは、ビジネスの手法で社会問題の解決にチャレンジする企業のことです。最も解決が難しいと思われていたホームレス問題ですが、野宿をしているホームレスの人でも6割は働いており、3割の人は働いて自立したいと思っています。ビッグイシュー販売者となった人は1冊350円の雑誌を売れば、半分以上の180円を収入とできる、ビジネスパートナー、代理店主、自営業者となります。

 (…)

創刊前、ビッグイシュー日本は100%失敗するといわれました。日本では、

  1. 若者の活字離れ、
  2. 雑誌の路上販売文化がない、
  3. 優れたフリーペーパーが多く有料では買ってもらえない、
  4. ホームレスの人からは買わない、

という四重苦が、その理由でした。創刊から14年弱、多くの市民とともに、この常識に挑戦し、累計773万冊を売り、ホームレスの人に11億5,253万円の収入を提供しました。(2017年6月末現在)

ソーシャル・ビジネス関連本は、日本の文化的特性から離れた海外発のものが多いせいで、実現しそうな予感をどこか感じにくいものが多い。日本人が書いた本の中ではこれが最高の入門書なので、ソーシャル・ビジネスに興味のある人には真っ先にこれを読んでほしい。 

 作者は逸早く病児保育を手掛け始めたフローレンスの代表。こんなにわかりやすく書いているのに、頭の良さと人柄の良さが伝わってくるのは、読者として嬉しい限り。 こういう人がトップ集団にいる業界は、これからその業界で働こうと心に決める若者たちを、惹きつけやすいのではないだろうか。自分がそうでなかったからそう思うだけかもしれないが、若い頃にあの人のようになりたいと感じる人がいて、その業界へ進むことができるというのは幸福なことだと思う。

上記の新書の中で、社会起業家を目指す若者たちが最も集中して読まねばならないのが、マネタイズの章であることは間違いない。成功する社会起業家には、ソーシャル・イノベーションを持続的に生み出せる発想力が不可欠だ。駒崎弘樹の言うようにあくまで参考にとどめてでかまわないものの、このマネタイズのマトリックス図をじっくり眺めて、発想の方向性を把握しつつ、発想の自由度も維持しておく必要があるだろう。

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印象論であることを恐れず言えば、注目しておかねばならないのは、各種のNPOが、寄付モデルや行政事業受託モデルの形をとりやすく、前者なら原資となる「共感可能性」が衰えやすく飽きられやすく、後者なら行政の予算配分が変動しやすいせいで補助金カットによる事業停止に陥りやすいという弱さがあることだ。

この辺りについて数時間で回答を出しなさいと言われれば、自分は以下の二つを答案用紙に書くだろう。

1. 寄付者と受益者を結ぶオンラインコミュニティー

(1) 寄付金にトレーサビリティを付与して、どの寄付金が何に扱われたかを技術的に追跡可能にするだけで、寄付金詐欺の暗いイメージの付きまとう寄付のイメージが大きく変わるはず。これはもうかなり進んでいると確信していたが、「寄付+トレーサビリティ」で検索しても、大学での研究成果くらいしかヒットしない。技術的に難しいのだろうか。もう少し調べてみたい。

寄付金トレーサビリティにおけるプラットフォームデザイン - 慶應義塾大学 SFC Open Research Forum 2008 -

(2) (1)で初発の寄付動機を担保した後は、ドナーとレシピエントを結ぶオンライン・コミュニティーを構築して、寄付が生きているという実態を継続的に伝達することによって、継続的な寄付になるようつなげたい。オフラインの手紙や写真ではあるものの、このNPOがすでに実践しているイノベーティブな発想に近い。

子供でなくても、社会貢献が実現すれば、必ずそこに笑顔があるはず。その笑顔が、寄付の額や回数に応じて返ってくることが、どれほどの「共感可能性」を引き出すかには計り知れない潜在性があると思う。

2. SRI推進により投資家の資金が流入する仕組みをつくる 

と、章題を書いたときはSRIを中心に考えていたが、この周辺は2006年に国連が「責任投資原則(PRI)」を発表してから、風雲急を告げるかのような活発な動きを見せているようだ。2015年には、その PRI に、日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が署名した。

http://www.gpif.go.jp/topics/2015/pdf/0928_signatory_UN_PRI.pdf

社会的責任投資(SRI)は一部の社会性に富んだ企業や CSR に熱心な一部の企業のみを対象にしがちだったが、環境・社会・ガバナンスの頭文字をとったESG投資では、PRIのような統一規格の設定により、すべての上場企業を対象にして、その数値の開示を義務付け、年金運用組織や資本家たちによる投資が、環境と社会と労働環境の改善に貢献するよう方向づけられようとしている。

注目したいのは、GPIF の方針4。

4 私たちは、資産運用業界において本原則が受け入れられ、実行に移されるように働きかけを行います。


・運用受託機関に対して、国連責任投資原則の署名状況について報告を求め、署名しているのであれば活動状況及び活動内容を、署名していないのであればその理由を説明するようそれぞれ求める。

PRI基準に基づいて運用先を選ぶだけではなく、運用先のESG推進を働きかけもするのである。国連発で日本のGPIFのような大きな投資機関が PRI の標準化に動けば、ESG投資は大きな波になる可能性が高い。

しかも、面白いことに、これらのESG(環境・社会・ガバナンス)を充分にケアしている企業は、株主への還元率が高いことまで報告されはじめている。つまりNPOなどが中心的に関与してきた「お金にならない良いこと」が、「お金になる良いこと」となる可能性が、世界中の株式市場でスタンダードな見方となり始めているのである。

では、この動きの次に何が起こるだろうか?

ほぼ間違いなく、株価上昇を狙う企業が、NPO法人と提携してESG数値を上げようとする動きが巻き起こるだろう。いわば、上記マトリックスにおける「行政事業受託モデル」に近い場所に「民間企業受託モデル」が出現することになるだろう。

 2016年、ESG投資が占める割合は世界平均で26.3%。日本は3.4%。まだまだ大きな成長が見込めるのは間違いない。

 アタッシュケースいっぱいの札束や、帯封のかかった分厚い紙幣を、あいにくほとんど手にすることのない人生を送っていた。けれど、積み上げれば東京タワーと並ぶくらい紙幣を持っている人は、社会貢献意欲が高いと聞いたことがある。600~1000万円の年収を越えると、自然に自分の余った紙幣を社会を良くすることに使いたくなるのだとか。

そのような善意が力を持つには、財産を処分できる自由度だけでなく、投資相手にイノベーティブな発想力やソーシャルな発想の自由度が必要だ。

 疲弊で始まったこの記事は紙幣へ辿りついた所で終わりを迎える。疲弊、紙幣… ヘイ、ヘイ… あなたの心にある潜在的可能性のうち、何が呼ばれているか、聞こえただろうか?

 

 

 

(『幣 自由度』のボサノバ調カバー。)