終わりのない冒険物語

近隣にスターバックスができたせいで、その評判のブレンドの馥郁たる香りに触れる機会が増えた。ただし、その香りは隣の席の同僚の珈琲に由来している。必要に迫られて、珈琲を飲むようになったのは最近のことだ。スタバが美味なのは知っているが、経済的な理由もあって、自分が職場で飲む珈琲はセブンイレブン。モーニングに出かける店は別の行きつけのカフェで、店内の一部で鳥の鳴き声が流れているのが好き。

ただ、スターバックスの快進撃には、ビジネス上の事例研究として関心がある。2年前に小さな会社を起業するのに備えて、いろいろと起業関連本を読んだ中では、これが一番面白かった。 

ぼくらの新・国富論 スタートアップ・アカデミー (WIRED BOOKS)

ぼくらの新・国富論 スタートアップ・アカデミー (WIRED BOOKS)

 

ひとことでまとめると、「グローバル教養を身につけて、変動の激しい世界を生き残って、大きな仕事をしよう」という感じだろうか。人生は一度きり。将来どのような人生を歩もうかと夢を思い描いている大学生や高校生に読んでほしい本だ。たぶん、他のどの就活本よりもワクワク感では上回ると思う。

 ワクワクなんて口走ったあと本書を読み返していると、同じようなことを著者の並木裕太が導入で書いていた。

アメリカ:1位 グーグル  2位 ウォルト・ディズニー  3位 アップル

日本:1位 日本生命保険  2位 東京海上日動火災保険  3位 第一生命保険 

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 何のランキングかお分かりだろうか。2013年の日米の就職人気企業のランキングだ。日米の学生が求める理想の企業像はこんなにまで違う。これらの企業の創業年を時系列に並べると、日本の若者たちが古くからある伝統的な企業を志向しているのがよくわかる。アメリカの学生は「エキサイティング」を求め、日本の学生は「安心」を企業に求めているというのが著者の分析だ。

「ポムじいさん」こと常田富士男に似たこんな声が聞こえる。

わしは日本人じゃーし、安心の方がええのう。毎朝ごはんと味噌汁にありつけたら、それで、ええんじゃー。

自分もご飯と味噌汁が好きだ。だが、残念なことに悲報がある。世界の社会変革や技術革新のスピードが速すぎて、もうそのような二者択一を、この国の社会は用意できそうにないのだ。 

「コンピューターの技術革新がすさまじい勢いで進む中で、これまで人間にしかできないと思われていた仕事がロボットなどの機械に代わられようとしています。たとえば、『Google Car』に代表されるような無人で走る自動運転車は、これから世界中に行き渡ります。そうなれば、タクシーやトラックの運転手は仕事を失うのです。

これはほんの一例で、機械によって代わられる人間の仕事は非常に多岐にわたります。私は、米国労働省のデータに基づいて、702の職種が今後どれだけコンピューター技術によって自動化されるかを分析しました。その結果、今後10~20年程度で、米国の総雇用者の約47%の仕事が自動化されるリスクが高いという結論に至ったのです」 

では、どうやって私達は生き残っていけばよいのか。答えは簡単ではない。暗澹たる気持ちになってしまうのは、日本の各分野で「遠心力」が働いていることだ。

 グローバル化が進み、人・モノ・カネは国境を越えるようになった。3つのうち最も大切なのは何か。恐らく「人」という回答が多いだろう。その最重要の資源で、日本に危機が忍び寄っている。旧態依然たる企業社会に見切りをつける若者、原発問題を懸念する子育て世代…彼らの間で、祖国を捨て、海外に新天地を求める動きが出ている。一方、有能な外国人は世界の国々から熱心に招かれ、魅力なき日本は素通りされている。日本人が去り、外国人には背を向けられるこの国に未来はあるのか。危機は静かに、だが確かに進行している。放置しては、取り返しがつかないことになる。 (以下、有料記事。強調は引用者による)

「人材逃避(フライト)」とは、もちろん「資産逃避(フライト)」を踏まえたネーミングだ。

資料やデータによっては、「ものづくり」日本はイノベーションのポテンシャルがきわめて高いのに、それが経済成長に結びつかないのはどうしてなのか。

章を変えて、並木裕太が理由を探る第二章が面白い。下敷きになっているのは、この本。いま手元にはないが、この10年くらいのビジネス環境の数々の変化が、ある程度まとまったストーリーに沿って展開されているので、キャッチアップしたい人には読む価値ありだ。 

オープン・サービス・イノベーション 生活者視点から、成長と競争力のあるビジネスを創造する

オープン・サービス・イノベーション 生活者視点から、成長と競争力のあるビジネスを創造する

 

 著者の並木裕太は、慶応大学卒業後アメリカでMBAを取得し、以後日米で一流の顧客を相手に経営コンサルティングを務めてきた経歴の持ち主。彼のパースペクティブでは、日本のビジネス風土の「遠心力」が、日本企業の「適応不全」にあるように見えるらしい。これはかなりの程度当たっているように感じられる。「日本人が去り、外国人には背を向けられるこの国に未来はあるのか」。嗚呼、またしても私達たちは敗れつつあるのだろうか。 

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

 
知識創造企業

知識創造企業

 

 イノベーションと言えば、日本では敗戦を分析した『失敗の本質』から『知識創造企業』へ至った野中郁次郎トップランナーだ。現在の企業の主な営為が「知識創造」にあることを前提として知った上で、下記の『オープン・サービス・イノベーション』の要約を確認してほしい。

まずは、「世界で起きている変化」。

  1. 製造やビジネスのプロセスに関する知識や知見が普及した
  2. 製造が低賃金の地域に移っている
  3. 商品のライフサイクルが極端に短くなっている

この中では特に1.が大きい。TQM(総合的品質管理)やSCM(供給連鎖管理)やCRM(顧客関係管理)などが、高度情報化によって、世界の誰でも簡単に行えるようになった。これは先行者より追随者を円パワーする結果になった。つまり、生産の現場でも消費の現場でも、先進国側の技術優位性より発展途上国側のコスト優位性が勝りはじめた。

チェスブロウの提示する「解決策」はこの4つ。

これもこの10年くらいあちこちで見かけた要素だ。ということは、彼の主張が、現在の世界の変化を上手く捕捉しているということでもある。

  1. ビジネスをサーヴィスとしてとらえ直す
  2. 顧客との共創関係を構築する
  3. オープンイノベーションを加速する
  4. ビジネスモデルを変換する 

並木裕太の主張をまとめると、日本企業は開発・設計・製造・広告・販売のすべてを自前の垂直統合主義で一体化しているせいで、「世界的変化」から取り残されやすく、経営効率が悪く、製品が陳腐化しやすい。「変わらない」ことは現状維持ではなく漸次後退だ、といったところだろうか。

対称的な成功例として、ぼくらの『新・国富論』が挙げているのが、冒頭で紹介したスターバックス。2012年のお提携当時に思い描かれていた「青写真」を読むと、確かに、スタバのCEOがプレゼンを聴いて、他の大会社をさしおいて即決したのもわかる気がする。 

ある暑い日に通りを歩いていると、ワンブロック先にあるスターバックスの店舗から、自分の好きな冷たいドリンク(たとえばベンティサイズのアイス・スキニーラテとか)を「1ドル割引でご提供しますがどうですか」というメッセージが送られてくる。このオファーにイエスの返事をして、ついでに「アーモンド・ビスコッティも付けて」といったことが二、三度ボタンを押すだけで可能になる。さらに、店舗の中に足を踏み入れた時には、注文した品がすべて揃っている——品物が入った袋を受け取ってバリスタが決済すれば、そのままテイクアウトできる。 

 2012年にスクウェアに大規模投資をし、2013年にこの本で紹介され、2017年の現在、何と提携が終了しつつあるらしい。good year が終わったあとの dog year に生きていることを実感させる展開の素早さだが、スクウェア創業者のジャック・ドーシーはツイッターの創業者でもある。次の彼の展開も素早いのではないだろうか。

要は、他企業、ベンチャー、顧客などとの多数者との協働関係をうまく回せるリーダーシップとフォロワーシップがないと、次々にオープンイノベーションを生み出しながら、社会人として生き残っていくのは難しいということだ。

『永続敗戦論』を踏まえて言うと、たぶん自分は戦後最高に有名な作家志望であり、かつ、ゼロ年代から10年代にかけて、最も数多くの風力の高い「遠心力」と「求心力」を受けてきた数奇な存在だと思う。

「遠心力」にせよ「求心力」にせよ、国家単位、業界単位、会社単位、個人単位のそれぞれがあることだろうし、それぞれの単位で見るべきだろう。夜が明けたら、自分もとびっきりのベンチャー・スピリッツ(冒険心)をもって草サッカーに加わりたい。多数者たちの諸力を見極めて、ボールを受け取ったり、最適な場所にパス出ししたり、スペースに走り込んだりしたい。そんな場面をいま夢見ているところだ。

 さて、このブログを読んでいる読者は純文学好きの人が多いのだろうか。だとしたら、「純文学界でベンチャー・スピリッツといえば村上春樹」と言われている(、本当はたぶん自分がいま初めて言った)ことを、ハルキストたちに伝えてくれないだろうか。 

 上の新書にどこまで書いてあったかは忘れてしまった。『風の歌を聴け』でデビューした当時の村上春樹に、下の記事に書いた丸谷才一のような例外を除いて、強い「遠心力」が働いていたことを、ほとんどの人々は忘れているのではないだろうか。 

丸谷才一村上春樹の間に、唯一無二の絶対的な創作スタイル上の共通性があったとは考えにくい。「壁」っていうものは、いつだって取るに足らない組成成分でできている。初期の村上春樹を受容する側にあった「壁」とは、要するに私小説的な日本文学の伝統から乖離しても尚、英米文学を正確に受容できる能力があるかどうか、といったものだったのだろう。

その「遠心力」の作用を受けて、村上春樹がどこへ向かったかというと、アメリカへ向かったのである。アメリカ文学からの濃厚な創作上の影響が、アメリカでは当然のことプラスに働くだろうことは、誰にでも想像ができる。

どこで読んだのかもその詳細も忘れた。彼の地では、作家と編集者の関係が日本とはかなり違うらしく、(メジャーリーガーでいう代理人 agent のようなものだっただろうか?)、作家のキャリア形成に代理人が重要な役割を果たすらしい。村上春樹はそれらをひとり学んだ上で、実際にアメリカへ渡って、有能な代理人と契約を結んだと聞く。

現在の耳で、村上春樹がアメリカの出版人と契約を結んだと聞いても、何も驚きはない。しかし、その受賞が「作家としての一人前の証」と嘯く人もいる芥川賞にまだ達していない一介の新人作家の段階で、アメリカ大陸で自分の小説を売り込むための交渉人を探しに渡米したというのは、かなり凄いベンチャー・スピリッツではないだろうか。

 「遠心力」が生き残る道を拓くこともある。

そんなことを考えながら、ぼんやりと窓から夜空を眺めていた。

曇り空の月にはまだ薄曇りがかかっている。明日の夜は晴れて、月が見えると良いな。

 

 

 

 

Turn around
Look at what you see
In her face
The mirror of your dreams

 

Make believe I'm everywhere
Given in the light
Written on the pages
Is the answer to a never ending story
Ahahah ahahah ahahah...

 

Reach the stars
Fly a fantasy
Dream a dream
And what you see will be

 

Rhymes that keep their secrets
Will unfold behind the clouds
And there upon a rainbow
Is the answer to a never ending story
Ahahah ahahah ahahah...

 

Story
Ahahah ahahah ahahah...

 

Show no fear
For she may fade away
In your hand
The birth of a new day

 

Rhymes that keep their secrets
Will unfold behind the clouds
And there upon a rainbow
Is the answer to a never ending story