この薔薇を抱いて生きていく

知らない人もいるかもしれない。自分の高校時代にはインターネットがなかったので、音楽を聴きながら宿題をしたり、読書をしたりしていた。当時ヘビー・ローテーションのリストに入っていたロックは、大学に入ってからふっつりと聞かなくなった。夢中で打ち込んでいた演劇の背景音楽向けに、手当たり次第に別のジャンルのCDを聴くようになったからだ。と書いた「CD」のことさえ知らずに、DLだけで音楽を聴いている人もいるかもしれないほど、技術の進歩は速い。

当時ヘビー・ローテーションに入っていたアルバムの多くが、それぞれのアーティストの最高傑作だったらしいのを検索で知ると、自分の耳の冴えに得意気にもなり、同時に淋しい気にもなる。自分を置き去りにしてかまわないから、もっと先まで走ってくれてもよかったのに。

1:00からの加速したアガッタ感じがたまらないメタリカの最高傑作『Mater of Puppets』の人気曲「Battery」。このアルバムを越えていくのを難しくしたのは、クラシックやジャズにも通暁していたベーシストが、直後に移動中のバス事故で、路上へ投げ出されて死亡したからだ。

カフェイン大量摂取のせいで、眠れなくなったり、妙に早起きをしてしまったり。そんなぼんやりした頭で、今朝、録画したニュースを見ていると、急に耳元で、

Battery!

という叫び声が上がったような気がした。そうだ。要するに、いま一番重要なコンポーネンツはバッテリーなのだ。昨晩の記事で言及した電気自動車の話だ。

今晩調べた限りでは、EVの主戦場は、①リチウムイオン電池の効率化、②全固体電池の実用化、③水素燃料電池車の普及、というロードマップで進行していきそうだ。  

昨晩のニュースでバッテリーが大きな話題になった。トヨタパナソニックが、EV用の車載用角形電池で新たに「協業」すると、記者会見したのである。

[パナソニック社長:]「しかし、我々も全固体電池の研究を進めておりますし、トヨタさんが我々以上に進めていることもよく知っております。そしてリチウムイオン電池に限界が来るということも分かっておりますので、その限界が来る時期までには全固体電池へのシフトをしっかり実現できる準備をしたいというのが我々の気持ちであり、それが5年先なのか、10年先なのかは少し分かりませんが、それまでには準備したい。そのためには単独でやるより、この部分も協業のアイテムに入ればと思っております」と回答。全固体電池も両社で取り組み、研究を進めていく意気込みを口にした。

(強調は引用者による)

 トヨタの社長が「自動車業界は100年に1度の大変革の時代に直面している」と話しているが、その実態について業界の人ですらあまりわかっていない(、というか教えてほしいよよく頼まれる)と、この分野の最先端にいる桃田健史から意外な声が先週あがった

2016年に出版されたこの2冊の「モビリティ革命」本なら、驚くような未来を雄弁に語ってくれるのではないだろうか。

モビリティ革命 自動車ビジネスを変革するエンタープライズ・アーキテクチャ

モビリティ革命 自動車ビジネスを変革するエンタープライズ・アーキテクチャ

  • 作者: セバスチャンヴェデニフスキー,宮下潤子,町村直義,シュタルフ洋子,泉博之
  • 出版社/メーカー: 森北出版
  • 発売日: 2016/05/27
  • メディア: 単行本
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そう思って、ざっと目を通したが…  IBMのドイツ人研究者が書いた上記の本は、未来について書かれた部分がごく少量なので、専門家以外が手に取る必要はあまりなさそうだ。学術論文の体裁が苦手な人は苦手だろう。

 こちらは、経営コンサルティング会社が、自動車メーカーや部品メーカーや保険会社などの関連業種向けにまとめた『モビリティー革命2030』。コンサル本だけあって、とてもわかりやすくまとめられている。しかし、次の10年くらいの直近の変化に対して、各業界がどう順応すべきかの経営アドバイスとなっているので、遠視力を駆使した本とまでは言いにくい。

あてが外れて困った。もう一度桃田健史の『EV新時代にトヨタは生き残れるのか』に帰って、トヨタの基本戦略を確認しようか。 

EV新時代にトヨタは生き残れるのか「電気自動車」市場を巡る日独中の覇権戦争

EV新時代にトヨタは生き残れるのか「電気自動車」市場を巡る日独中の覇権戦争

 

 ①ハイブリッド車→②プラグインハイブリッド車→③EV→④燃料電池

 ①と②では、トヨタが世界的な圧勝を手にした。しかし、テスラとジャーマン3によって③で押し込まれて、①②での勝ちをほぼなかったことにされたところだが、たぶん③の次に「主戦場」となる④ではトヨタに死角なしといったところだろうか。しかし、③で追い抜かれても、④で追い抜き返せばよいと考えるのは、浅慮というものだ。

寡頭のプラットホーマーだけが生き残れる時代。

その点でいうと、桃田健史が、昨晩のニュースを予想していたかのように、いみじくも全固体電池での技術的優位が約束されていたとしても、リチウムイオン電池での技術革新を怠ってはならないと警告したのは至言だ。各ステージで勝ちつづけて、その勝ちによって占拠したプラットホームに、次の戦いの駒を乗せていかなくてはならないのだ。

事実、急速充電システムでは、チャデモとコンボ他との規格争いが続いており、下記の記事では日本発のチャデモの優勢が確認できるものの、取材で世界を飛び回った桃田健史は、中国のBMW関係者から「チャデモは早晩なくなると思っている」との発言を引き出している。 

上記の記事でも、チャデモの規格の特許情報があえて公開されていることが言及されているが、これは喜捨ではなく、これがプラットホーム戦略で勝つための重要な推進力なのである。テスラもEVの特許を、トヨタ燃料電池自動車の特許を、無料で公開しているのは、知財権の利益を犠牲にしても、結果的にプラットホームを確保できた方が圧倒的に有利になるからだ。

将棋の3番勝負なら、1局目で敗れても、2局目はイーブンの状態から始まる。しかし、プラットホーム争奪戦では、1局目で敗れると、2局目の自陣は最初か極小に追いやられてしまっている。そして、3局目の対戦は存在しないにちがいない。

トヨタは短期戦、中期戦、長期戦のすべてで勝たねばならない宿命を背負っているのである。しかも、それらを同時進行で勝たねばならないという宿命を。

自分の見立てでは、短期戦はEV、中期戦は燃料電池車だ。では、長期戦は?

 というわけで、今晩は燃料電池車の先の「長期戦」について、何とか遠望の目を凝らして、その全体像を捕捉したい。

短期長期入り混じった形で、未来のモビリティーの方向性はCASEと呼ばれているらしい。 

C:CV:Connected Vehicle:つながる車

A:AV:Automated Vehicle:自動運転車

S:SharingなどのMaaS:Mobility as a Service:サービスつきの車

E:EV:Erectric Vehicle:電気自動車 

 『モビリティー革命2030』では、「パワートレインの多様化」「クルマの知能化・IoT化」「シェアリングサービスの台頭化」という言葉で表現している。ほぼ同じ内容だ。

泉田良輔は、イノベーションを自社を存続させる「栄養源」と考えるだけでなく、他社を殺す「毒」ともなりうる残酷さがあることを強調していた。上記のような「モビリティー革命」によって、多部品のガソリン車を製造してきた日本国内のバリューチェーン(企業間製造連鎖)が大きく毀損してしまうのは間違いない。

 ガソリン車の部品点数は全部で10万点ほどあり、その内エンジンを構成する部品は1万~3万点にもなります。それに対し、電気自動車に搭載するモーターの部品点数は30~40点ほどで、インバーターの部品点数を加えてもわずか100点ほどにしかなりません。

 部品点数の大幅減は必至となっており、金額にして見ると1台当り50万円以上の部品がなくなることになり、日本部品工業会によると1年間で3兆円規模の売り上げを失うことになります。 

「モビリティー革命」による国内のバリューチェーンの毀損は、上記の記事にあるようなEV主流化による部品点数激減だけを表しているのではない。『モビリティー革命2030』では、「移動手段がほとんど無料になるのでは?」という恐ろしい予測が書き立てられている。

 新モビリティー社会になると、電動化や自動運転によって確かに車両コストは大幅に上昇するものの、燃料代や整備代、保険料や駐車場代は圧倒的に安く済む可能性がある。もちろん、移動や配送という利便性を享受しており、クルマ自体のコストは発生しているため、料金が本当にゼロとなるかどうかは不透明だ。しかし、社内で広告を見てもらったり、クルマが情報端末となって集めたデータをビジネス用途に展開したりすれば、限界費用をゼロできる未来が訪れる可能性は否定できない。

ここでいう「車両」が「シェアリング・カー」を指していると考え、さらに行き先レコメンド機能による消費行動(例えば、デパートでの買い物)に応じた割引も含めれば、確かに移動手段の費用がゼロに近づく可能性はあると思う。

いま思い描いた未来図では、自動運転によって運転から解放され、行き先を言えば連れて行ってくれて、訪れるべきお勧めの地点も教えてくれる。移動手段の主流が、現在の自家用車から、乗り合いタクシーのようなものに変わるとイメージするのが一番近いのではないだろうか。実際、自動運転車の普及によって、バスやタクシーなどの路上の公共交通機関は激減することが予測されている。

そのように自動運転車が数多く行き交うようになった街路では、充電スタンドに長蛇の列ができてしまうのだろうか。桃田健史が示唆するのは、充電技術の先に、道路に埋設した充電設備上で、EVが停車するだけで、非接触型の充電ができるシステムだ。韓国では実証実験が進んでいるという。EVシェアリングカーが駐車場で自動充電して待機する姿は充分に思い描ける。

2016年、新宿のバスとタクシーの交通が、効率的に再編成されたことが話題になった。

CASE=「つながる車」×「自動運転車」×「サービスつきの車」×「電気自動車」

 これらの掛け算の行方を、もう一度じっくりと想像してほしい。

 中長期視点に立てば、モビリティーの新潮流「CASE」が、自動車の100年に1度の大変革にとどまらず、都市計画に直結することが実感できるのではないだろうか。

そして、この都市計画をも巻き込んだ「最後のプラットホーム」で、結集した「オールジャパン」が全米ドリームチーム「グーグルゾンスラ(=Google+Amazon+Tesla)」に勝てるかどうかが、来るべき四半世紀のモビリティー長期戦の最大の山場になるにちがいない。

もし、少なくとも自国のプラットホームを獲得できれば、国内産業の中に伸びるバリューチェーンは充分に長いので、国民をより多くより長く豊かにすることができる。もともと長いバリューチェーンを磨き上げるのが得意な国民性だ。負ければ、世界で勝てる日本の産業は壊滅してしまうだろう。そのような分水嶺のそばに、日本は立っているのである。 

いまオールジャパンの企業ラインナップを見て、ひとつだけ不安材料を感じた。それは、スパコン人工知能量子コンピュータでは最先端にいる日本も、それを投入すべきクラウド業種に有力企業がいないことだ。路上の無数の自動運転車を制御できるのは、人工知能搭載のクラウドしかなく、そこで得られるビッグデータを解析して広告化する技術も不可欠だろう。それを知悉しているジェフ・ベゾスは、AWSに圧倒的な経営資源を注いで、グループの中核企業に育て上げた。Amazon を単なるオンライン書店だと思っている人は、未来があまり見えていない人だ。

 そして困ったことに、国を牽引しているはずの官僚たちにも、はっきりとは未来予想図が見えていないようなのだ。ある程度でも実態を調べれば、やはり昨晩の自分と同じ結論になるのではないだろうか。桃田健史は終章で至極当然なこんな提言をしている。

こうした自動車産業の大手術をするためには、経済産業省内に国土交通省警察庁総務省などから精鋭を集めた、モビリティ産業局を新設すべきだと、筆者は常日頃から主張している。(…)日本自動車産業界には民間企業による自由競争に任せておけるほど、生き残りに向けた決断をするまでの ”残された時間” はあまりない。

 同じ結論なので、もうこれ以上追記する必要は梨。

 

 

さあ、やっと書き上がったと思って読み返していると、最後の一文字が「梨」になっていた。引退宣言をしたわけでも梨、病気の報道があるわけでも梨、自分の「梨友」はどうしてしまったのろうか。あの梨の妖精と自分とは、実は同じギタリストが好みなのだ。

この記事の冒頭で、クラシック好きのベーシストが亡くなったことを書いたが、悲しいことに、自分が贔屓にしているクラシック好きのランディー・ローズもまた、遊覧飛行を楽しむはずの飛行機が墜落して、若い生命を落としたのだった。

は!

またしても気が付くと薔薇について書いていた。羞かしいので引用は控えたい。これまで何度くらい薔薇について、その花びらの色に似た言葉を書いてきたことだろう。

自分は何かに取り憑かれているのだろうか。いけない、一度振り払ってみよう。えい。振るい落とせた。危ないところだった。くわ薔薇、くわ薔薇

は!

またしても気が付くと薔薇について書いていた。この薔薇は、『日々の泡』でヒロインの胸の中に咲いてしまった睡蓮のように、自分の胸に受肉した薔薇なのかもしれない。そういえば、恋をしているかのように、どこか胸が苦しい。少し過呼吸気味で、息が上がったままのような気がする。もう恋なんてしないつもりだったのに。

は!

またしても気が付くと、ここまで何度も書いてきた「上がった」が、rise-rose-risen な薔薇にほかならなったことを思い知り、いえ、どうしてもサ薔薇できない薔薇なので、この薔薇を抱いて生きていきます、と呟きつつ、ふと打たせ湯に浸かるカピ薔薇の幸福そうな表情を思い浮かべながら、寒さ厳しい折り、どうか風邪など召されませぬよう、と誰彼にともなく呟いている自分がいた。