誰かマイナスチックを止めて
自分の大学受験はセンター試験初年度。大混乱したこともあって浪人して、広島で予備校時代に友達になった男女と、次の冬に東京の私立大学を受験しに行った。
総武線だったか、中央線だったか。電車は飯田橋付近を走っていて、ビル群の影を抜けた。不意に視界が開けて、雑然とした低層のビルや住宅が、一面に広がっている様子が見て取れた。
中四国から来た19歳の男女の中から、一人の女の子がドアに駈け寄って、こちらを振り向いて、こう叫んだ。
見てー! 海! 東京にも海があるんだね!
車内がざわざわしはじめるのがわかった。乗客の多くが、可哀想な少女を見る目で彼女を見ていた。
私たちは大笑いして、そのYちゃんを呼び戻して、「海じゃないよ。信号も道もあるだろ」と丁寧に説明した。
Yちゃんは世間智のある賢い女の子。ただ、きつい近眼のせいで、川の多い飯田橋付近の低地の広がりが、本当に海に見えたらしいのだ。
そこから数分は打って変わって、「やっぱり海だった」という設定で、散々その幻視に乗っかって冗談を言い合った。ノリノリで冗談を言っていると、本当に巨大な白マッコウクジラ(東京ドーム)が出現したりするから面白い。
些細なことで笑い合える若者だった頃の話。何だかやけに懐かしい。
Yちゃんとは、青山学院大学を一緒に受験した。広島出身のJくんも一緒だった。Jくんは無口な理系少年で、試験中の昼休みに3人でサンドイッチを食べたとき、Jくんが無言なので、自分とYちゃんばかりが喋っていたような記憶がある。後になって、YちゃんとJくんは交際中だったと聞かされた。そういうことは言っておいてくれないと。気を悪くさせたとしたら、ごめんなさい、Jくん。
ま、まずいな。お願いだ。誰か止めてくれないか。大学名に言及しただけで、止まらなくなってしまった。ロマンティックが。
自分が13歳のときにヒットしていたこの曲。冒頭の歌詞の意味が、中学生にはどうしても分からなかった。
長いキスの途中で(Fu Fu さりげなく)
首飾りを外した(Fu Fu)
歌詞の主人公の男は、どうしてキスの途中で、彼女のネックレスを外すのだろうか? 理由もわからないし、ネックレスの留め具はとても精細で小さいので、キスをしながら外せるようなものだとも思えない。
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大人になったら、この手の歌詞の隠れた意味がきっと分かると思っていたのに、大人になっても全然わからないのは、困ったことだ。映画のシナリオでも小説でも、自分に合わないと感じたら、勝手に別のストーリーを思い浮かべてしまい、しかもその自作の贋作で号泣してしまう癖が、自分にはある。戯れに、この歌詞も私的にご機嫌な感じに改造してみようか。
ポイントは2つ。「さりげなく」の「く」と「首飾り」の「く」が重なるように曲が作られているので、そこの押韻は厳守。おそらく「首飾りを外す」は、「着衣を脱ぐ」という性的な発展可能性を示唆したがっているようだから、そこも厳守。
ということで、替え歌を考えてみた。こんなのはどうだろうか。
長いキスの途中で(Fu Fu さりげなく)
くびれ具合を計った(Fu Fu)
あ、この歌詞の主人公は理系だな。対象物へ実証的にアプローチして、数値化したがる感じ。でも、どうなのだろう。せっかくのキスシーンだ。せめて長いキスのときくらいは、そのような客観的科学的思考を忘れて、主観的な恍惚感に浸ってもらいたい気もする。いまひとつの出来だ。
替え歌作りは自分には向いていないのかもしれない。結構真剣に作った『SAKURAドロップス』の替え歌は、きわめて遺憾なことに、うんともすんともバズらなかった。でも、こっちの出来は、自分は好きだ。記事の終わりまでに、もう少し考えてみみることにしよう。
というわけで、今日の最初の読書はこの本。東京の雑然とした街並みを、思わず「海」と見間違えてしまったYちゃんには、この島国を囲んでいる本物の海と、実はそれがプラスチックで酷く汚染されているという実態とが、きっと二重写しになって見えていたにちがいないから。
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ああ、何だ、プラスチックのゴミが海岸に大量に漂着してくる話か、と思った人。もう少し話を聞いてもらえないだろうか。最終的には、その「海ゴミ」が私たちの口に入るところまで、事態は深刻化している。「海ゴミ」って、全然美味しくないぜ。
環境活動家のチャールズ・モアが、プラスチックによる海洋汚染について、TEDで熱弁を振るっている。(日本語字幕対応)。
会場で投影されなかった写真を、チャールズ・モアの充実した著書から、三枚引用したい。
コアホウドリの雛鳥は、ペットボトルのキャップを10個以上呑み込んで、死んでいた。このような衝撃的な写真は、確かに心優しい人々の環境意識を高めるのに役立つ。こういった新書も、世界遺産の知床半島にいかに多くの漂着ゴミがやってくるかを教えてくれるし、それらをボランティアの善意で解決するしかない現状を知らせてくれる。
しかし、上記の新書が語り逃している惜しい点は、重要なのがマイクロプラスチックだということだ。それは、もともと1cm以下に作られたプラスチック粒子や、波や海流で砕けたプラスチックの極小の破片。「マイクロプラスチック」とか「MP」とか呼ぶと、ビル・ゲイツ的なイケてる現代感や高性能カメラのメガピクセル感が出て紛らわしいので、ここはずばり「汚染スクラブ」とリネームしたい。
TEDで演説していたチャールズ・モアは、同僚の研究員と一緒に、北太平洋環流(North Pacific Gyre)の海水に含まれている汚染スクラブを、数か月かけて数えた。
何と、汚染スクラブの数はプランクトンの数の6倍だったのである!
つまり、海洋生物にとって食料の源である海の水は、例えるなら、具沢山のミネストローネの野菜のうち、7個に6個がプラスチックでできているスープなのである。私ならそのスープは飲まない。別のスープを飲む。
しかし、海はつながっている。海洋生物にとっても、人間にとっても、プラスチック・スープの海ひとつしか、この地球上にはないのだ。
その昔、「魔の海」だとか「船の墓場」だとか言われたフロリダ半島の大西洋側の海をサルガッソ海という。暗い言い伝えがあるのは、海底に根づいていない浮遊性のホンダワラ(サルガッスム)が小舟の航海の障害になったからだと言われている。なるほど、詩人が書く通り、ホンダワラは死に関わり深いのだ。
写真を見ると、小舟が浮いているように見えるほど、サルガッソ海の透明度は見事だ。しかし、海はつながっている。最初に問題になったのは、ウッズホール海洋研究所の研究員がサルガッソ海に汚染スクラブが浮いているのを発見したときのことだった。
その調査は70年代から80年代にかけて行われ、海鳥の体内から膨大な汚染スクラブが発見された。96年出版のこの本は、プラスチックによる海洋汚染を汚染スクラブの観点から記述している。
この分野について、1年前くらいに集中的に調査した中で、最もわかりやすかったのはNHKの取材だった。
PCBは、かつて食用油の中に混入され、食品公害・カネミ油症の原因となった有害物質。
皮膚障害や肝機能障害を引き起こしました。
石油から出来ているプラスチックは、油に溶けやすいPCBなどの有害物質を表面に吸着させる働きを持っています。(…)
高田教授が実験で調べたところ、海に溶け込んでいる有害物質を次々に集め、最大100万倍に濃縮させることが分かりました。
これを海鳥が食べると、有害物質が体内に溶け出し、脂肪や肝臓にたまっていくのです。
汚染スクラブは海洋中の汚染物質をどんどん吸着して、最大100万倍の汚染度になる。その汚染スクラブを、食物連鎖がどんどん生体濃縮していくので、食物連鎖の頂点では酷い被害実態が出現する。
酷い人的被害は、どの地域に現れていると思うだろうか? 先進国の重工業地帯? はずれ。北極へ向かってどんどん緯度を昇っていったグリーンランドだ。
環境活動家のチャールズ・モアは、著書でこんな悲しい報告を紹介している。
北西グリーンランドやカナダの先住民は、地球上でもっとも汚染レベルの高い人々である。北西グリーンランドで生まれる赤ん坊は男の子1に対して女の子2で、女の子を出産する母親の死亡にはPCBが高濃度で蓄積されていた。このコミュニティを調査したデンマークの研究者は、早産の未熟児が多いことも見出している。(…)内分泌になんらかの異常があって、妊娠中のホルモン状況が遺伝子の設計図に影響を与えると考えられる。
では、私たちはどうすれば良いのか。マイバッグ持参運動によるレジ袋の削減やペットボトルのリサイクルも良いだろう。しかし、一部の先進国だけでそのような望ましい機運が盛り上がったとしても、多くの海洋に面した発展途上国がゴミ投棄の社会習慣を改めない限り、問題の解決はきわめて難しい。
陸上の人間社会では、便利で安価で成形しやすいプラスの素材だったプラスチックが、海洋も含めた全地球的観点からは、マイナスの効果が強いマイナスチックになってしまっているのだ。何とかして、マイナスチックを完全なプラスチックにできないものか。
ひとつの有力な方向性が、生分解性プラスチックの開発だ。プラスチックの研究開発は日進月歩。コンタクトレンズはもちろん、飛行機や高級車の外形を作っている炭素繊維もプラスチック、電気を通す導電性ポリマーもプラスチック、人に踏まれて復元するときに発電する圧電素子もプラスチックだ。
土に埋めると微生物に分解される生分解性プラスチックの本格的な実用化が、この難題に効く最大の処方箋なのではないだろうか。素材の改良により、改質剤で耐衝撃性が高まり、100℃以上の耐熱性を持ち、車の内装やパソコンの筐体に使える耐久性を持った生分解性のプラスチックも開発されている。
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コスト高や供給能力不足などの問題点があるので、大部分のプラスチックを代替するのは難しくても、全体の10%程度なら代替できるとの試算も出ている。3Dプリンタの普及により、製造局面の開発競争は一段落した感がある。次はナノテクノロジーも含めた「素材」開発が最も熾烈な開発競争の中心になるだろう。プラスチック製品のトータルの経済規模は巨大だ。生分解性のある「新素材」の発掘に成功すれば、大化けする可能性が高い。
(画像引用元:http://laughbeauty.com/solo/3990/)
遠くの海のどこかに漂っている漂流ゴミ。
人々のそんな縁遠い印象を一変させるターニング・ポイントは、世界有数の魚食好きの日本人が、魚を食べづらくなって悔しくなる瞬間だと思う。
東京湾のイワシを調べると、64匹中49匹から平均3個のマイクロプラスチックが見つかりました。
小魚がマイクロプラスチックを取り込むと、それを食べる魚に有害物質が蓄積されます。
鰯好きの方には、大変申し訳ない。しかし、世界の海の現状では、もはや「言いたい奴に畳みかけるように言わしておけ」と突き放して済む話ではなさそうだ。
現在の日本では、発展途上国の劣悪な労働環境下で、女性たちがピンセットで小骨を抜いた「骨なし魚」が、広く流通している。もう少ししたら、その「骨なし魚」に「汚染スクラブ除去済み!」を売りにする製品が出てくるかもしれない。あまり歓迎したくない未来図だ。
そんな暗い未来図を少しでも遠ざけるため、マイナスチックを少しでも真のプラスチックに近づけるため、やはり汚染スクラブのPCB汚染は、CCBに寄せて無害化しておく必要があるのだと思う。そんなことを思いながら、思わず替え歌のサビを口ずさんでしまうのだ。
誰かマイナスチック 止めてマイナスチック
海の生き物が苦しくなる(苦しくなる)
バイオ プラスチックに変えてしまえば
嘘みたい 美味しさが止まらない
(Ocean にはやはりマイクロビーズ(汚染スクラブ)より B'z が似合う)