ユーモア短編④「恋知らずグッピーくんはドキドキすると」
編集長殿 グッピーくんが初めてオープン恋愛カウンセリングをやるという告知をブログで見て、市民ホールの会議室へ行ってきました。何だか面白いハプニングが起きたので、例によって、注つきで報告しておきます。 A子
グッピー: さて、定刻の14:00になりました。会場には、あいにくまだ誰も来ていないようですが、テレビ電話で相談者の方とつながっています。東京は葛飾区亀有*1の Ayumi さん!
Ayumi: (明らかに音声読み上げソフトの喋り方で)こんにちは。待たせすぎですよ、グッピーさん! 何待ちの何分押しですか?*2
グッピー: ハマチのバッテラ風押し寿司になっちゃって、ごめんね! シースーゲームだからさ、恋なんていわば。*3
Ayumi: うふふふふ(と、しばらく笑う)。ちゃんと噛み切ったわよ。行きつけのお店の寿司ネタは、新鮮で柔らかいんだから! グッピーさんったら、本当に面白いんですね!
グッピー: (かなりの早口で)ところで Ayumi ちゃん、ハマチ、噛み切った?*4……そう褒めちぎらないでよ、照れちゃうじゃないか。*5
Ayumi: そう、彼が私を褒めてくれないのが悩みなんです。街を一緒に歩いていても、あちこちへ視線を飛ばして、綺麗なお姉さんたちのお尻ばかり目で追いかけていて……
(と、ここで、会議室のドアの外からウォッチしていた私の横を、若い男が通りすぎて、グッピーくんに話しかける。若い男は金髪で、ちょっとヤンチャそうだ)。
金髪男: あの、ちょっとかまんかな。きみがグッピーくん?
グッピー: そうですが… あ、ちょっと待っててください。ごめんね、Ayumi ちゃん。会場にお客さんが来ちゃったから*6、いったんスタジオへお返ししします!*7
Ayumi: うふふふふ。もう笑いが止まらなくなっちゃう。グッピーさんったら、本当に面白いんですね!*8
金髪男: 昨日のきみのブログを読ましてもろたんやけど、あれは恋愛カウンセリングということで、やっとるもんなんかな。
グッピー: そうなんです。了解を取ってブログにアップしています。お兄さんも、柄にもなく恋愛で悩んだりするんですか?
金髪男: 何や「柄にもなく」いうんは?
グッピー: いや、ナイアガラ級にモテそうだから、恋愛で悩ムガラに見えなくて。
金髪男: わしの了解はや? あん?
グッピー: …あん、あん、とっても大好き…
金髪男: ちょっと待て、おまえ。さっきからちょいちょい駄洒落をはさんでくるんは、なんでや? 舐めとんか。
グッピー: 笑ろてんか。…あ、ごめんなさい、ごめんなさい。ぼく、胸がドキドキすると、つい駄洒落をいって自分を安心させる癖があるんです!
金髪男: もう一回言うぞ。おまえが昨日アップしたカウンセリングの女子高生は、わしの女や。わしの了解を何で取らんのや? あんなもん、日本中に言いふらされたら、わしの面子がズッタズタやないか!
グッピー:めんつゆはゼッタイゼタイにヤマキ! あ、すみません、誤解です、誤解です。あの女子高生は近い知り合い*9にお願いして、相談してもらった事例なんです。
金髪男: その知り合いの知り合いがここに来て、説明を求めとるんや。プリントアウトしてきたから、読み上げるぞ。
「だって、グッピーはファンには手を付けない主義だし、きみはまだ未成年だろ、お嬢ちゃん。20歳を過ぎて、まだきみがグッピーにヴァージンを捧げたい気持ちがあるなら、急いで連絡をくれよな。(…)久しブリに会ってイイ女になっていたら、出世魚のハマチとブリを寿司屋でご馳走するよ。回転ずしの寿司ネタの横に、一輪のチェ・ゲ薔薇を添えて。」
「キャーッ! グッピーさん、素敵! 痺れるぅ!」
「おいおい、痺れちゃ、まずいぜ。寿司屋で背びれが美味いのは『えんがわ』だけ。縁ガアるといいな、お嬢ちゃん。」
金髪男: 確認があるんやけどな、これはカウンセリングなんか? 悩める乙女を口車に乗せて、その魂胆は落とそうとしとるだけやないんか?
グッピー: 元旦はお屠蘇と汁だけやないんか? あ、すみません、誤解です、誤解です。正直に言います。あの女子高生は架空の人物なんです! ぼくが創作した脳内クライアントなんです! ごめんなさい。
金髪男: そんな見え透いた莫迦な言い訳が、社会で通じるわけないだろう*10。わしはなあ、「正直に言います」って言ったあと嘘をつく奴が、一番嫌いなんじゃ!
(集まっていた野次馬たちがザワザワしはじめる。この様子だと、金髪男が暴力を振るうかもしれない。心配になった私は、入口から駆け込んで、二人の間に割って入った。)
A子:握手しましょう(と手を差し出して、グッピーと握手する)。あなたも(と手を差し出して、金髪男と握手する)。キャーッ! つらいわ、つらくてたまらない! 私を争って喧嘩をするのはやめて!
(グッピーくんも金髪男も、慌てて私から手を放そうとする。二人に握手を振りほどかれそうになる)
A子: (振りほどかれそうなのに)、痛い、痛い、引っ張り合わないで! 二人とも私のことを好きっていうのは、もうわかったから! わかったから、もう引っ張らないで、痛いわ。きっと先に手を離してくれた男の方が愛が深いから、私そっちと結婚する!
(グッピーくんも金髪男も、慌てて私の手をしっかりと握ってくる。オイ! 三人が手をつないで静止したのを見て、野次馬たちから、意味の良くわからない友好的な拍手が起こる)。
A子: (金髪男に向かって)グッピーくんも反省しているみたいだから、もう許してあげてください。
金髪男: (グッピーくんに向かって)おい、二度とカウンセリングを悪用して、他人の女に手を出すんじゃないぞ!
(退場していく金髪男の男らしさに、野次馬たちから拍手が起こる)
グッピー: すみませんでした。(頭を下げる。A子に向き直って)ありがとうございました。おかげで窮地を救われました。(とA子の手を両手で握る)。
A子: …ないんだね。
グッピー: え? 何が?
A子: …胸がドキドキすると、つい駄洒落をいう癖があるんじゃなかったの? 私に助けてもらって、いま私の手を握りしめて、どうして駄洒落のひとつも言ってくれないの? どうして、ネコが寝込んだり、布団が吹っ飛んだりさえしてくれないの?
グッピー: ごめんなさい。感情がハードボイルドに固茹でになってしまって、ドキがムネムネしていたっていうか、喜怒がおネムネムしていたっていうか… あ、待って。きみはひょっとして、グッピーの高校の同級生だった?
A子: 知らないわ、何よ今頃、違うわよ。本当は恋愛カウンセリングしてもらおうと思ったけど、もういいわ。「塔不二子」先生に相談するから! さよなら!(と言って、グッピーくんを平手打ちする)脳内クライアントの Ayumi ちゃんと、ひとりで続きを楽しめば。(とノートPCのエンターキーを押して、会議室を出ていく)。
Ayumi: うふふふふ。もう笑いが止まらなくなっちゃう。グッピーさんったら、本当に面白いんですね!
(グッピーくんは殴られた頬を手で押さえて茫然としている。ドアから中を覗き込んでいる野次馬たちから、盛大な拍手が起こる)