ユーモア短編⑥「さる高貴な? 斜陽でご猿」

  編集長殿   グッピーくんの恋愛短編小説の原稿を送っていただき、誠にありがとうございます。グッピーくんは、これを実体験に基づいた「私小説」だと説明したそうですね。とても驚きました。私も当事者ですので、私の実体験に基づいて注をつけておきました。これで逆説的に、グッピーくんの「創作能力」が明らかになるはずです。ぜひともご一読ください。

 

  男は手に入れた恋の数だけ大人になる。*1

 グラスを傾けながら、ぼくが隣のイカした男前にそう語りかけようとすると、その男前も同時に同じ台詞を呟いた。*2少し酔っているうちに、鏡の中の自分に見惚れてしまっていたらしい。*3

  自分に話しかけるつもりで、もう一度ぼくは自分の恋について語っておきたくなった。

 花と聞いて花屋にあるバラやコスモスを思い浮かべるのは間違っている。それは、あたかも口に無理やり突っ込まれたリモコンのように*4、あなたを支配しているステレオ*5だ。ステレオよ、俺です。*6

 ぼくが恋したのは、道端に咲いている華も名もない花。*7高校の同級生のA子だった。

 友人づてに連絡先を聞いて誘った初デート。自転や公転は気にしないくせに、寿司は回転しない方がいいとA子が言うので*8、予約した寿司屋の個室で、特上にぎり3,800円*9を、向い合って食べた。

 座ってすぐに、A子がぼくに話しかけてきた。
「4年ぶり? 男ぶりイイネ!」*10
 ぼくは微笑んで、葉巻に火をつけてこう言った。
「何ていうか、淋しガリなんだ、男って、結局」*11

 注文した寿司が運ばれてきたとき、個室のドアの向こうに、金髪の男が立っているのが見えた。A子が思わず声を上げた。

「カズくん、どうしてここがわかったの?」

 金髪男はそれに答えず、ぼくに向かって、丁重にこう訊いてきた。

「さる高貴な方だとお見受けしました。A子を娶るご予定の王子様でいらっしゃいますか?」*12

 生きていると、ふざけたことに出逢わずにはいられない。そういうとき、ぼくは災難を笑いのめすことにしている。確か金髪男は、元旦はお屠蘇と汁だけで過ごす奴だった。おせち料理は食べんのかい、この小食野郎!*13

「また今日も邪魔しにきた豆板醤、この悪の手羽先め! 何度オエオエしながらオレに棒々鶏ジャンプを飛ばされたら気が済むんだ!*14 きみこそA子の何なんだ!」

 すると、A子がぼくらの間に割って入って、こう言った。

グッピーくん、ごめんなさい。私レトルトカレーが大好きで、この人は大好きだった元彼*15あのとき、自分に嘘をついているグッピーくんに目を覚ましてもらいたくて、カズくんにクレーム役をお願いしたの」

 ふ。

 な、言った通りだろう? 何を言おうとしているのか、さっぱりわからないぜ。生きていると、ふざけたことに出逢わずにはいられない。そういうことさ。*16

「おい、お前、駄洒落が得意らしいな。ラップ好きの俺と、MCバトルで勝負しないか?」

「え? ま、まじですか? デブ縛っとるのは「オレは太りやすい体質だ」というステレオ」*17

「面白え。やる気満々じゃないか。行くぞ」

 

棒々鶏(バンバンジー)とか抜かしている奴の
いま何時?って腕見る時計が
パンピーくさいプラのデジタル

こんな奴、ほっとけー
パンピーっぽいパンケーキは「ほっとけーキ」
景気悪い男はカッコ悪ーい

 

 ぼくは、金髪男が踊りながらラップでディスってくるのを、近所の野良猫が威嚇してくるのを見るように、ぼんやりと眺めていた。こんな可愛げのない猫でも、相手にすれば多少の暇つぶしにはなる。*18ぼくは寿司屋の掘り炬燵からゆっくりと腰をあげた。

 

先日はどうも 金髪の剛毛
金髪散髪行きづらくても
それがあなたの誇るべきパーツ*19
人からの指摘 あってはじめて わかる素敵
ステーキ弁当級のご主人*20
今後もご指導ご鞭撻 夜露死苦*21

 

 対決というものには、結果というものが付いて回る。結果はわかり切っていた。とはいえ、A子にバトルの判定が委ねられた。やがて、勝利の女神が口を開いた。

「勝者は… グッピーくん!」*22

 金髪男はすごすごと部屋から出て行った。*23

 ふ。

 ぼくは余裕をもってハ行のどまんなかの一文字を口に出した。両目から水に似た何かが流れ出ているような気がしたが、たぶんそれは気のせいだろう。*24

 ぼくは彼女の手に触れて、その薄桃色の肌をじっくりと見つめた。うっとりするくらい、とても綺麗だった。指で触れるとしっとりとしていて、いつまでも触れていたかった。唇を寄せると、甘い香りがした。ぼくは歯を立てないように*25、そっと薄桃色の肌に吸いついた。

「やめてよ、こんなところでキスしないで」
「おいおい、いいじゃないか、手の甲にキスくらい。お互い愛し合っているんだから」
「二人しかいないときにして」
「いま二人きりだよ」*26
「そういう意味じゃなくて、ここはお寿司屋さんよ」
「言ったろう? 何ていうか、淋しガリなんだ、男って、結局」*27

 ぼくは彼女を、いつか銀座のお寿司屋さんへ誘って、自由奔放にお喋りを繰り広げたいと感じた。偉大なる自由民権運動のリーダー板垣退助が、こんな名言を残したのを思い出したからだった。「板垣寿司友、自由に she saids」。

 彼女をこう誘った。

「最高のお寿司で満腹になるまで、行くところまで行くか」

「気障ですわ」と女が答えた。*28  

斜陽・人間失格・桜桃・走れメロス 外七篇 (文春文庫)

斜陽・人間失格・桜桃・走れメロス 外七篇 (文春文庫)

 

*1:じゃあ、グッピーくんは赤ちゃんだね。

*2:男前? 鏡を見たことあるの? あ! 鏡を見て言っている!

*3:一緒に呑みにいく友達がいないんだね。

*4:この比喩に共感できる人はいないのでは?

*5:「ステレオタイプ(=固定観念)」まで、ちゃんと書いた方が良いよ。

*6:どうして回文を入れたのかな?

*7:ちょっと! ほとんど何もない存在にしないでよ。

*8:何より、あなたの今後の人生の流転ぶりが心配。

*9:実際は松にぎり1,800円。

*10:実際は「4年ぶり? 久しぶりね」

*11:実際は、禁煙席だったので、葉巻は吸わず。口淋しさを、卓上の「ガリ」をつまんで、紛らわせていた。

*12:実際はこんな感じだった。「なんだ、猿みたいなこのトボけた野郎は! てめえはA子の何なんだよ!」

*13:地の文でだけ勇ましい。

*14:災難を笑いのめしているのではない。グッピーくんは胸がドキドキすると、駄洒落で自分を安心させようとする癖がある。

*15:たとえドキドキしていても、私はこんな駄洒落を言ったりはしない。

*16:架空の女子高生との自作自演の「カウンセリング記録」をブログ・アップしていたのは、自称恋愛心理カウンセラーのグッピーくんだよ。あなたのおフザケが過ぎるのよ!

*17:あ、グッピーくんのいつもの癖。緊張のあまり駄洒落を言っちゃった!

*18:どうやら、余裕があるところを読者に印象付けたいらしい。

*19:グッピーくん、MCバトルは相手をディスらなきゃダメなの。

*20:大人の男性に使う敬称が出ちゃった。「ご主人」って。

*21:漢字だけ勇ましい。

*22:実際は、MCバトルのルールをわかっているカズくんが勝者。

*23:実際は、グッピーくんの松にぎり1,800円は賞品として没収。私は松にぎり1,800円を持って、カズくんと隣の個室へ移動した。ごめんね、グッピーくん。私の元彼は怖い人なの。

*24:ありがとう。泣いてくれたんだね。

*25:塔不二子先生のところで演習済み。

*26:この辺りを読んでいるときに、私も何だか泣けてきた。

*27:私もお寿司もいなくなったあと、グッピーくんはずっと「ガリ」とこんな一連の会話をしていたみたい。淋しい思いをさせてごめんね。

*28:どうして太宰治の『斜陽』? 何か思い入れがあるらしい。