ユーモア短編⑦「ハッとしたりグッときたりのハッピー・バースディ」
編集長殿 前回のMCバトル@お寿司屋さんの短編が面白かったとのこと。グッピーくんには内緒にしたる話ですが、すぐに伝えたくなるくらい嬉しかったです。グッピーくんが女性誌で恋愛相談コラムを持てるようになる日が来るといいな。
実は、あのお寿司屋さんを出たあとのことも、グッピーくんは短編に書きました。原稿を借りて注をつけて仕上げました。ぜひともご笑覧ください。
気が付くと、今晩もひたすらネオンの海を泳いでいた。派手な色の布地にくるまれた夜の蝶たちが、ひかり煌めく街路を飛び交っている。
…待っていたんだ、ぼくは。待っているのが何かわからないまま、何かを待っていた。*1
場末の燻んだ寿司屋*2から、どういうわけかぼくのデート相手のA子を連れて、金髪男が出てきた。*3
金髪男がぼくに話しかけてきた。
「おい、まだいたのか、童貞の恋愛心理カウンセラーさんよぉ」
生きていると、ふざけたことに出逢わずにはいられない。そういうとき、ぼくは災難を笑いのめすことにしている。「寸鉄人を刺す」がごとく、ひとことでこう言い返してやった。「27.5!」*4
「おい、何だ、27.5って。単位を言えよ」
こんな風に簡単に吠え出すから、弱い犬は困るぜ。クールな単位のひとつかふたつでも吹っかけて、格の違いを見せつけてやらなきゃな。
「単位は… 『~ピキオオカミ』だ」
「お前、それは『一匹狼』のときにしか使わない単位だろ! 『27.5匹狼』って、結構なほのぼの大家族じゃないか!」
「ふ。ピリっと来ているみたいだな。…『~味唐辛子』!」
「それも、『七味唐辛子』か『一味唐辛子』にしか使わない単位だな。『27.5味唐辛子』って何だよ! 0.5の味が気になって気になって、喉を通らんわ」
金髪男は、クールな単位をひとつも繰り出すことができなかった。単位バトルもぼくの勝ちのようだ。*5金髪男は劣勢をごまかそうとして、話題を変えてきた。馴れ馴れしく、A子の肩に手をかけた。
「おれはヨリを戻したいんだが、おまえから異論はないよな」
「ぼくはお断りだ! そもそも、ぼくはきみと交際したことはない!」
「寝ぼけているのか。オレはA子と復縁したいと言っているんだ」
「そいつは飛んだオハヨーさん。*6異論はマスト。彩り豊かないろいろな異論が目白押しだ。テスラの総統ですら、イーロン・マスク*7」
「その駄洒落の連打… さては胸がドキドキしているな。意味はさっぱりわからんが、異論があるらしいことはわかった。いいだろう。近くの公園で、二人きりで話し合おうじゃないか」A子が慌ててぼくに近寄ってきて、こう囁いた。
「走って逃げて。カズくんはナイフを持っているから、危ないよ」
大好きにナッタ de ココを置いて、走って逃げるなんて、できるわけないだろう。*8
この金髪男は女にナイフをちらつかせたりしているのか。wife にナイフはありえない if だぜ、相変わらずよく吠える犬だ。*9
金髪男は公園につくなり、ブランコを派手に思いっきり蹴り上げた。ブランコは玄米までブランブラン揺れて、ブ乱高下した。*10。
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二人きりになると、金髪男はチャッという音を立てて、一瞬で器用にバタフライ・ナイフを構えて見せた。ナイフの先端が街灯の光できらっと光った。ぼくはというと、ただ、夜の公園の暗い地面を眺めていた。暇で暇でしかたなかったのだ。*11
「まあ、そうビビるな。ラッパーの端くれのオレから見て、おまえの駄洒落センスは悪くない。A子のことがマジ卍で好きなら、ここで命懸けで駄洒落てみろ! おまえの駄洒落次第では、おれはA子から手を引いてもいいぜ」
おやおや、尻尾を巻き始めたな。早くも逃げる気満々のようだ。
「ぼくが駄洒落るだけでなく、思いついたらあなたも駄洒落をはさむというのは、どうですか?」「いいだろう。A子をあまり待たせたくない。一本勝負で行こうか。職業だけ指定するから、その職業の縁語で駄洒落てみろ。お題は『ミュージシャン』!」
ぼくは頭をかきむしりながら駄洒落を考えた。いまぼくが言葉にすべき駄洒落とは何なのだろう。夜の公園の砂場の近くで、愛する女性をかけた男の駄洒落一本勝負が始まった。
精一杯の情熱をこめて、ぼくは口を開いた。
「A子さん、この贈る言葉をいつか言いたい海援隊。きみがぼくのイベントに、金髪ハイハットがシャリーンとカットインしたのをフォルティシモでフォローしてくれたとき、恋の車輪が回り始めました。ハートビートは8ビートを刻み始め、恋ビートになりたくて、ハッとしたりグッときたり、この思いを指揮してあなたに伝えタクト…」
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「ぼくは… ぼくは… 」
まずい。一世一代の大勝負なのに、喉が詰まっているような心地がして、言葉が上手く出てこない。ナイフの残像を忘れたくて、ぼくは肩で息をしはじめた。すると、まるで塔不二子先生が言いそうなことを、金髪男が言い始めた。
「ありゃー、アリア、独唱できないならカットインしちゃうけど、長調でチェロ鳴らすなら、つまり、超あかるい父になるなら、決まっているはず。A子にしてあげたい栄光プランのプレリュードは何?」
金髪男が窮地をうまくつないでくれた。今この瞬間もラッパーらしく「…決まっているはず。…決まっているはず」とリピートしてくれている。ぼくは音韻の尻尾をつかんで、再び口を開いた。
「…はず、zoo, zoo, zoo …動物園でサンドイッチ、これはあくまであくまで栄光プランの例のイチ、不一致ならニーサンシーゴー、他でも何でもタクサンシヨー。悪魔じゃない、ペ天使じゃないぼくは、天使のきみのためなら、どこでもどこにいても、どんなハードもハーモニーに、どんな辛坊もシンフォニーに転調させてみせます! きみの「こども店長」より」*12
…何とか言い終えた。途中でラップ調に影響されてしまったが、全力でアドリブに挑んだので悔いはない。うつむいて肩で息をしていると、砂を踏む音がした。金髪男が近寄って、ぼくに握手を求めてきたのだ。
がっちりと握手を交わすと、手を握ったまま、金髪男は左腕を自分の顔に押し当てて、意外にも泣きはじめた。
「オオオォゥ、オ、オオオオオオォゥ、オ、オォゥ、オオオオオオォゥ…」*13
その直前まで、ぼくは自分の愛の告白に自分で感動して、目を潤ませていた。金髪男の泣き声を聞いて、ぼくはゆっくりと握手の手を振り払った。途中で出てきた塔不二子先生の台詞といい、黒の羽根でくすぐられたときの女性の模範演技といい、何かがおかしい。
金髪男が笑いながら、こう言った。
「詳しい話はA子から聞きな。遊び仲間の女たちの間では、オレがA子と一緒にいるのは、評判が悪いんだ。あんな真面目な女の子を騙したり、利用したりするもんじゃないって。決めたぜ」
「決めたっていうことは…?」
「ほら、もう一回握手しよう」
握手すると、金髪男の手が、しきりに紙片を握らせてこようとするのがわかった。手を離して確認すると、それは折り畳まれた五千円札だった。*14
「なあ、おまえは『グレイテスト・ショーマン』という映画を見たか」
「もちろん見たし、三鷹で見た」
「いつまでビビってんだよ。無駄な駄洒落はもうやめろ。あの主題歌がオレは大好きなんだ。無名の人々がこう歌う。『気をつけろ、私が行く!』。お前にいちばん言いたいのは『本当の自分に嘘をつくな』ってことだ」
「ぼくにも最後に言いたいことがある。鯛、鰹、車海老、さより、生しらす、中とろ、赤身、穴子、いくら、ねぎとろ巻き」
「それ、さっき賞品でお前からいただいた寿司ネタだな。何が言いたいんだ?」
「『気を付けろ、寿司はナマモノ!』」
「おまえ、いつまで寿司のことを根に持つつもりだ?」
「手荷物の持ち込みは、お一人様ひとつまで」
「だから、もうビビらなくてもいいって。さっきの五千円で、A子とこのあと予約してあるカラオケに行けよ。そこで一番豪勢で派手なパフェを奢ってやってくれ。ああ見えてイチゴ好きだから*15」
カラオケボックスでぼくとA子は歌わないことに決めた。好きな曲をBGMに流して、いろいろなことを話した。
いちばん訊きたかったのは、どうしてA子が、金髪男ではなくぼくを選んだのかということだった。
「ひょっとして、暴力を振るわれたりしたの?」
「まさか。喧嘩っぱやいけど、女の子には暴力を振るわない主義なの、カズくんは」
ぼくたちはソファーに座って、長いあいだお互いのことを話した。たぶん、もともとA子と金髪男が全然違うタイプだったことより、この話が二人の距離を作る原因になったのだと思う。
「カズくんは普段は優しいんだけど、毎月数日だけとても冷たくしてくる期間があるの。そして、私を置いて、他の女の子のところへ行っちゃう」
ぼくはA子の手を握った。男女の機微を知らないので、何て言っていいかわからなかった。ただずっと、握った手を離さずにいた。
「グッピーくんのそばにいると、何だか安心する。ねえ、ハグしてくれない」
ぼくはドギマギしてフリーズしてしまった。A子が優しく声をかけてくれた。
「ドキドキしているの?」
「うん。ハッとしたりグッときたりしている」
ぼくは自分の体重を彼女にかけすぎないように、そっと両腕を彼女の身体に回した。それから、片手で彼女の髪を撫でて早速「グッバイ」に触れようとした。すると、その手を彼女につかまれてしまった。
「今日はやめて」
ぼくがその理由を問いかけようとすると、A子の顔に翳るような悲しみが現れた。ぼくは、ようやくその意味を理解した。
「ごめん」
「グッピーくんが、謝ることじゃないわ。いつか頭をぶつけに来てね。お豆腐より柔らかいのよ」
ぼくは何て言っていいかわからなかった。黙っていると、顔のすぐそばでA子がくすくす笑うのが感じられた。
「無口になっちゃったね。まだドキドキしているんでしょう? じゃあ、ひとことだけ教えてよ。いまグッピーくんがハグしているものが、何かわかる?」
A子が駄洒落を求めているのがわかった。答えるべき言葉はすぐに思い浮かんでいた。ぼくは彼女を抱きしめる腕に少し力を入れて、彼女の耳元でこう囁いた。
「ハッピー」
*1:A子: ずいぶん格好つけた書き出しだけど、お寿司とデート相手を奪われて、お店の外で途方に暮れていただけだよね?
*2:私が紹介したお店なのよ! あなたが回転寿司しか行ったことがないから!
*3:詳しい事情は下記の記事をご一読あれ。
*4:グッピー君が公言している経験人数。詳細は下記の記事をご一読あれ。
*5:ん? 相手の知らないバトルを勝手に設定して、勝手に勝っちゃっている?
*6:ハードボイルドを気取っているつもりなんだろうけど、グッピーくんが言うと、どうしてだか格好良くならないのよね。
*7:ありがとう。怖くて言えなかったけど、本当は私はヨリを戻したくないの。グッピーくんのことが好き。
*8:駄洒落が出ているのはドキドキしている証拠。走って逃げられないよね。グッピーくん、震えていたもの。
*9:余裕を装っているけれど、駄洒落を読むと、グッピーくんがドキドキしているのがよくわかる。
*10:引き続き、ドキドキ駄洒落のオンパレード。
*11:怖くて顔を上げられなかったんだね。ツライ思いをさせて、ごめんね。
*12:嬉しい! ありがとう! 子供っぽいグッピーくんらしい、子供っぽいひたむきな告白に、何だか感極まって泣けてきちゃった。
*13:泣き声の由来は下記の記事をご一読あれ。
*14:これは本当だろうな。カズくんはオトコ気のある人だから。
*15:カズくんがそんなに私のこと知ってくれているなんて思わなかった。私は何番目だったのかわからないけど、とても格好良い男だったよ。感謝している。これまで、ありがとう。…というか、このやりとりを見たら、私は男を見る目がないのかも、って思っちゃう。