偶然拾ったカトリーヌの囁き

 今朝は何とも言えないような感動に包まれている。どこまで共有してもらえるかわからないが、今晩はその感動について語りたいと思う。

 自分がゆえしれず強く惹かれるものは、自分の進んでいく未来への道標になっている。強く惹かれているそれを、道標と考えてもいいかどうかを、神様はシンクロニシティーを使って教えてくれる。そう信じはじめてから数年になる。

 昨晩は或るジャズ・シンガーの曲が気になって気になって、何度も再生しては、その極上の感興に浸っていたのだった。今晩はぜひこの曲でショートショートを書いてみたい。そう考えて、必要な情報に検索をかけていた。十数クリックしたあとに、私の右手はフリーズしてしまった。

 なるほど、そういうことなのか。そう呟くと、幸福な溜息が出た。

 詩人ではない自分が学生時代によく通った道と言えば、大学、サークル、バイト先を結ぶルートがほとんどで、大学はすぐそば。サークルとバイト先が近かったので、よく護国寺の近辺を通った。ところが、塾講師のバイト先に乞われて、三軒茶屋の教室に異動したところ、そこで「偉大な犬」に接近遭遇することとなった。

 その三軒茶屋太子堂にあったバイト先からの帰り、都会だけにある極小の公園に、彼女が捨てられていた。美しい女性の生首が。

 正確には、生首は模造品で、美容師が練習するカットモデルだった。倉橋由美子の「ポポイ」という短編が好きだったので、学生だった自分は、興味本位で持って帰ることにした。

 時は21世紀、なお権勢を誇る元首相の邸宅に一人の青年が三十過ぎの男と共に乱入、声明文を読み上げると切腹した。事件の真相は謎に包まれたが、介錯され、胴体から切り離された青年テロリストの首は、最新の医療技術によって保存され、意識を取り戻す。首の世話を任された元首相の孫娘・舞と、首との奇妙な交流が始まった…。流麗な筆で描き出す、優雅で不気味な倉橋ワールド。

ポポイ(新潮文庫)

ポポイ(新潮文庫)

 

「ポポイ」は男性の生首を若い女性が飼育する話。上記の出版社紹介文からわかるように、三島由紀夫の首を想定して書かれている。

 三島の割腹自殺と大阪万国博覧会が、同じ1970年だったことは、戦後史においてきわめて重要だ。1970年に、日本的な日本と高度成長する無機的な日本との間に切断線が引かれたのだ。その切断線が、三島の首を切り落とし、切り落とされた首のイメージが、アポリネール経由で、岡本太郎の「太陽の塔」として造型されていることは、下の記事が日本で初指摘したはず。

 さて、自分が拾ったのは茶色い髪をした女性の生首。カトリーヌと名付けて、演劇サークルに持って行って、散々遊んで楽しんだ。

 この記事に買いたように、笑いの興趣を増すには、表現の置かれている「場」の構成を、フラクタルに表現そのものの中へ取り込むのが有効だ。早い話が、誰かの気を引こうとしてコントを見せるなら、気を引こうとしている一人二役のコントを見せると面白くなるのだ。

 ぼくはカトリーヌを右手に持って、仲間たちの前で、こんなコントをして遊んだ。コントといっても、すべて一人芝居だ。

カトリーヌ: あなたにやっと会えて嬉しい。(とぼくの胸に顔を埋めようとさせる)

ぼく: おっとっと、お嬢ちゃん。落ち着きなよ。(とカトリーヌを自分の胸から遠ざける)

カトリーヌ: でも、もう離れたくないの。(とぼくの胸に顔を埋めようとさせる)

ぼく: だから、落ち着きなってば。(とカトリーヌを自分の胸から遠ざける)

カトリーヌ: あなたなしでは、私は生きていけないの。

ぼく: オレみたいな男に惚れると火傷するぜ。あんた、もっと自分を大事にしな。あばよ!(とカトリーヌに背を向ける)

カトリーヌ: 待って。行かないで。あなたと一緒にいられるなら、私はどうなってもいい! あなたみたいに聡明で、センスが良くて、面白くて…(以下、際限のない自讃)。あなたと一緒にいられるなら、本当に私はどうなってもいいの!

ぼく: …莫迦だな。(とカトリーヌの方を振り向いて抱き寄せる)。どうなってもいい、だなんて、きみは本当に莫迦だ。今のまま、素顔のままのきみが、いちばん美しいのに。(と言って、カトリーヌの顎に手を添えて、少し上に向ける。唇にキスをすると思いきや、顎を横に向けて、頬にキスする)。キスより先に、自分をもっと大切にすることを覚えな、お嬢ちゃん。

カトリーヌ: ありがとう。そういう男らしいところも大好き!(と言って、ぼくに抱きつかせる)。

 読むと莫迦莫迦しく響くかもしれないが、こういうのをやっていると、自分でも笑いがとまらなくなって、仲間と交代でアドリブを繰り出しながら、30分くらいは大笑いできる。

 遊び疲れたサークルからの帰り道、ぼくはカトリーヌに飽きてしまって、どう処分しようかと思案しはじめた。拾ったときのように、公園のゴミ箱のような場所に捨てるのは厭だった。寸劇の中とはいえ、あれほど自分に熱烈な愛の言葉を囁いてくれた女性だったから。

 地下鉄に乗って自宅へ向かいながら、ふと妙案を思いついた。ゴミ箱に捨てるのではなく、公共アートにしてしまえば良いのではないだろうか。

 サークルの帰りの21時過ぎだったので、地下鉄の車内はまばらだった。自分の降りるべき駅が近づいてきた。私はカトリーヌの生首を地下鉄の車両の座席中央に安置すると、立ち上がって駅のホームへ降りた。入れ替わりに車両内へ乗り込んだサラリーマンが、座席に鎮座している生首を見て、おわっ!と驚きの声をあげた。私はくすくす笑いながら電車から遠ざかった。今も昔も悪戯好きなのだ。

 ただし、学生時代に学生気分で、自ら処分すべきゴミを地下鉄車内に残していったことは反省している。ごめんなさい。

 こういう反省の弁はとってつけて書いているのではなく、実際にご迷惑をかけた人の肉声に接したために、自然に出てきた言葉だ。申し訳ありませんでした。

素晴らしい連携プレーにより乗客を守る、電車の忘れ物センター事情が知りたくて、東京メトロの広報にお話を伺った。(…)
これまでの落とし物で驚いたものは? の問いには「マネキン人形の首」との答え。美容師の専門学校生などが練習に使うためのマネキンの首が忘れてあったらしい(…)

 ご迷惑をかけたことに恐縮する一方、カトリーヌのことをまだ覚えていてくれる人がいることが、どことなく嬉しい。ずいぶん可愛いらしい子だったから。

 さて、上の電車の忘れ物の記事に辿り着いたのは、「遺失物取扱所」のワードで検索したから。日本語の「遺失物取扱所」は固い印象だ。英語ではシンプルに「Lost & Found」という。 

Lost & Found

Lost & Found

 

 昨晩、夢中になって聴いていたのは、グレッチェンの「Better Than」というジャズ・バラードだった。自分が大好きなタイプの曲で、歌唱も演奏も極上の味わいだ。

歌詞を和訳してみた。

This precious heart
Broken apart
Just leave it there and let it go
Cuz all i know’s
There’s nothing better than

この貴重なハート
壊れて粉々になったら
そこへ置いて そのままにしよう
ハートより大切なものが
他にないことだけは知っているから

 

How it keeps beating
It keeps repeating
A blessing in disguise
Dry my eyes and realize
There’s something better than

どのようにしてかわからないけれど
ハートは鼓動を打つ
繰り返し 鼓動を打つ
涙してしまう悲しみを消し去り
もっと幸せな何かがあると囁いてくれる

 

Try to find all the beauty you have inside
Cuz the truth in love will survive
Tell me how can it end
If it hasn’t a chance to begin?

あなたのハートは
あなたの内にある美しさのすべてを
あなたが見つけられるようにしてくれる
あなたのハートが動いていないように感じられても
それはあなたが気付いていないだけ

 

Cuz we’re blind
By the darkness of in between
Moving through you into a dream
There’s a sky full of stars
So just be who you are
Who you are

内や外や間にある暗闇のせいで
私たちは盲目
あなたの内側の世界をすべり抜けて
夢の中へ入れば
天上に満天の星空が見える
だから なりたい自分になって
ありたい自分であって 

最初は、自分がこの曲に強く惹かれたのは、心臓の小説を書いた自分が、心臓のモチーフに強く反応しているのかと思った。歌詞をよく読んでみると、心臓ではなくハートを歌った曲で、とてもスピリチュアルな内容だとわかった。

 「Lost & Found」は、「失っていたものをまた見つけた」とも訳せる。ここ二年くらい、苛酷すぎる多忙や過労やストレスがかかったせいで、心を平安に保つことの大切さとハートが囁いてくれる声を、すっかり見失ってしまっていた。だから、強く惹かれたのかもしれない。

  • 偶然拾ったカトリーヌ
  • 偶然思いついた置き去り場所
  • 偶然その「忘れ物」に言及したネット記事に辿り着き
  • 処理を担当する「遺失物取扱所」の英名が偶然「Lost & Found」だったこと
  • 偶然「Lost & Found」内の或る曲に強く惹かれたこと
  • 偶然その曲が永らく忘れていた「ハートの囁きの大切さ」を歌っていること

これらは、本当に単なる偶然なのだろうか。シンクロニシティーについては、いくつか記事を書いてきた。しかし、その全貌を自分はまだ把握できていない。

自分の知る限りでは、こういう確率論的にありえない偶然の連鎖こそがシンクロニシティーだ。そして、このシンクロニシティーが、その内に孕んでいる自分の進路について、私のハートに響くようにYESを贈ってくれているような気がしてならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

レッチェンの最新アルバムから。印象的な曲名の印象的なライブ演奏。クラップ使いが効いていて、とてもオーガニックで素敵。

Precious day
Lights your way
Rest your wings
Stay awhile


You're the sun
In my sky
Butterfly


You don't know the peace you bring
You show me the secrets and the ways
To love every moment of the day
And flowers you kiss all come to light


Soaring wings
Rainbow waves
Touch my mind
Be so fine


When you're gone
People cry
Butterfly


Precious day
Lights your way
Rest your wings
Stay awhile


You're the sun
In my sky
Butterfly


You don't know the peace you bring
You show me the secrets and the ways
To love every moment of the day
And flowers you kiss all come to light


To give all the love we knew
To see all the light that we can see
And teach all the children not to lie
And maybe one day we'll fly


To give all the love we knew
To see all the light that we can see
And teach all the children not to lie
And maybe one day we'll fly