今晩覚えて帰るべきニャンたる最高の定義!

先日、東京へ行く機会があった。成田ー松山間を格安のLCCが飛んでいるので、ぐっと距離が縮まった印象だ。東京での数時間のフリータイムをどう過ごそうか。そう考えながら歩いているうちに、いつのまにか、かつての小型の愛車をよく停めていた界隈を歩いていた。

オールドミニに乗っている人は、今やめっきり少なくなっているはず。坂の多い東京は雪が降ると、車がスタックして渋滞が発生しやすい。明治通りの千登世橋下くらいの緩やかな坂でも、坂をのぼれない車がある。路肩に車を乗り捨てていく人もいる。それがまた渋滞を呼ぶ。

意外なことに、オールドミニは「足がかり」にあたるトルクが強いのか、少々の雪道なら坂をのぼるのだ。人生の中で一度だけ、雪の日、池袋の駅前で迎えの車を待つ人込みの中にいたことがある。群衆の多くが、待てども、待てども、家族の迎えの車が来ずに、待ちくたびれている様子だった。

上の動画で、ミスタービーンがなぜか愛車そっくりの車と遭遇したとき、嬉しくてたまらない表情になるのはよくわかる。あの雪の日、小さな小さなオールドミニが、池袋の駅前に現れたときの愛おしさと言ったらなかった。群衆からは「おお!」という驚きとも讃嘆ともつかない声が上がった。まさかこんな雪の日に、きみが迎えに来てくれるなんてね。

などと懐かしい挿話を思い出しながら歩いていたのは、渋谷から原宿へ向かう裏通りだった。もし、行きたい道やこれから自分が進みたい道が見つからなかったら、猫をかぶっているぼく、ではなく、ぼくをかぶっている猫というのが実態なので、ニャンとひと声あげて、猫町に帰るつもりだったのだ。 

猫町

猫町

 

 その通りとは、ご存知キャット・ストリート。その界隈のどこかが「猫町」に通じているらしいと、もっぱらの噂をもっぱら私が流しているところだ。

街並みはすっかり様変わりしていたが、センスと感性があふれているところが、相変わらず刺激的だった。

「フレンチ文豪遊び」だと、プルーストが好んだモンブランは銀座にある。キャットストリートと交差している表参道には、90年代、コクトーアポリネールの通ったカフェ・ド・フロールがあった。そこのオープンテラスで、休日になぜか表参道界隈に集まってくる外国車の競演を眺めたり、本を読み耽ったりしていた。『批評空間』に嵌まる手前、自分にはコクトー好きの一時期があったのだ。

当時あそこで働いていた人の中に、本国パリにまで召喚された名ギャルソンがいたらしい。 

青春時代から20年も過ぎると、次々にあふれるように思い出がよみがえってくる。けれど、その思い出がキャットストリートと同じく、蛇行しているように感じられるのはなぜだろう? そもそも、キャットストリートはなぜ蛇行しているのだろう?

 キャット・ストリートを歩きながら、泉のように湧いてくる思い出に浸っていると、いきなり路端の猫に声をかけられた。

「もし。そちらのお猫さま。そんなに急いで歩いてゐると、おからだにさはりまするよ」

「どうしてぼくが猫だってわかったんですか?」

「ニャーン、ニャン。ここから一番近い駅は何駅でありまするか?」

 会話が通じにくいのは、大事な部分だけ、猫語になっているからだった。最寄駅が原宿なのはこの猫も言っているはず。これはきっと頓智なのだ。

 しばらく考えたあと、ぼくは或る画家が世界の中心にあるとした駅の名前を答えた。

「ペルピニャン!」

どうやら口頭試問には合格したらしかった。猫は急に親密そうに微笑んで、可愛らしくこう言った。

「ニャァン、ニャン、ニャァァァン!」

 その猫の言う通りだと、私は心底感じ入ったのだった。

というように、キャット・ストリートというだけで、次々に語りたいことが出てきてしまうのは、きっと青春時代の「プチ放浪」が自分にとって最良の友達だからだろう。

放浪と言えば、人生でいちばん多くの時間を過ごした大都会はニューヨーク。日本最古の温泉街で育ったので、私はあきれるくらいニューヨク滞在時間が長い。次によく歩き回ったのは、大学界隈。本部キャンパスのすぐ隣にやけにモダンな寺院があるのを、見たことがある人も多いだろう。

このお寺を設計した建築家のゼミ出身者について、ちらりと言及したことがあった。

けれど、この大隈庭園の隣にある寺院が、ニューヨクにもあることを知っている人は少ないのではないだろうか。

 聖徳太子も湯浴みしたという「日本最古のニューヨクの街」松山に、太山寺という古刹がある。正確には、ニューヨクにもあるというより、そのロールモデルのコピーがあるのだ。

江戸時代、都の人々は滅多なことでは四国八十八ヶ所のお遍路参りができないので、江戸に四国八十八か所の「うつし」を設けた。そして、愛媛県松山市太山寺を割り当てられたのが、早稲田大学隣の観音寺だったというわけだ。

以上が、今日の記事の導入にあたる「ニャン散歩」。ちょっと待ってほしい。捨て猫を見るような眼で「可哀想に。書くことがとうとうなくなったので、ただの個人的な思い出話を垂れ流すだけになってしまったな」などとは、二度と言わないでほしい。

ここまでは導入だといったはず。むしろ流麗すぎる導入になっていたせいで、読者の誰もが導入を導入だと気付かなかっただけだろう、と主張すると、導入として失敗したことを認めたことになってしまう。まずいな。

いや、潔く認めようじゃないか、自分の失敗を。失敗した自分に「×」をつけて罰するのではなく、その「×」記号にロープをかけてオールドミニで牽引すれば、「足がかり」にあたるトルクが強いので、「×」は体を起こしてポジティブな「+」になるはず。

 そう書いた瞬間、背後から誰かに話しかけられた。

もし。そちらのお猫さま。そんなに急いで歩いてゐると、おからだにさはりまするよ。 

その瞬間、数々の断片が輝かしい星座線でつながり、私は今日の記事で書くべき主題がはっきりと見えた気がした。

「ミニの足がかり」、言い換えれば、「小さな手がかり」は最初からこの記事に刻まれていたのだ。

  1. そもそも、キャットストリートはなぜ蛇行しているのだろう?
  2. 「プチ放浪」のせいで、あきれるくらいニューヨク滞在時間が長い
  3. お猫さま。そんなに急いで歩いてゐると、おからだにさはりまするよ。  
地形を楽しむ東京「暗渠」散歩

地形を楽しむ東京「暗渠」散歩

 

 急いで歩いていると、見失ってしまう風景や自然がある。例えば、キャットストリートの下に、蛇行している暗渠があることも忘れられてしまうだろう。サファリまするか。と或るニューヨーカーが市民に声をかけた「サファリ7」ブロジェクトを、今晩は取り上げたかったのだ。

昨晩「ソーシャルデザイン」という新しいアート概念について、自分の言葉でこう書いた。

ソーシャルデザインとは(商業的デザインとは対極にある)「地域社会にある人や資源や技術を使って、地域社会の問題や生活を改善するデザイン」のことだ。

 ソーシャルデザインらしいソーシャルデザインが、いちばん伝わりやすい事例を探していて、「サファリ7」を調べてみようと思い立ったのだった。ビジネスの外で、都市市民に都市の生態系を啓発する試みだ。

 言われてみれば、ニャン散歩めいた徒歩移動ではなく、多くの都会の住人が地下鉄を使って移動している。ところが、そのショート・トリップのあいだに、生き生きとした風景や自然や風や光を感じることはほとんどない。いわば、目を瞑って、耳をふさいで、鼻をつまんで、都会の住環境を通り過ぎていく。

環境意識の高い都会人が、自分たちが暮らしている都市の環境を知らないのは、ちょっとした自己矛盾だ。この自己矛盾を解消すべく、地元大学の教員や学生やで事案事務所が連携して、啓発型のソーシャルデザインを起動した。

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ひとことでいうと、専用サイトとポッドキャスト音声を用意して、無機質な通勤時間をニューヨークの動植物観察ツアーに変えてしまったのだ。

自分が興味を引かれたのは、上段の左から二番目にある区画に描かれているウ・タント島だ。この島の下を、上のイラストのように、地下鉄七番線が走っているのだ。

トンネル掘削の土砂でできた小島で、島の歴史には、独立国家宣言がぶちあげられる一幕もあったとか。現在は天敵がいないので、ヒメウミウなどの鳥たちの天国になっているらしい。こういうエピソード満載のガイド音声を通勤しながら聞けると、ニューヨーカーたちの都市環境への理解と愛着は深まるのではないだろうか。f:id:amano_kuninobu:20180610193241j:plain

このプロジェクトで面白いのは、地図に描かれた標語にあるように、「Tell us what yoiu see, where(=どこで何を見たか教えて!)」というセルフガイド方式を取っているところ。

ほとんどの観光地には、街の歴史を観光客に語るガイドがいる。そのようなトップダウンの情報提供だけではなく、このプロジェクトに参加した市民たちが、自ら都市の生態系の情報を提供するボトム・アップ回路があるのが、このソーシャルデザインの素晴らしいところだ。実際、7番線だけでなく、1番線向けの「サファリ1」を電車好きの少年が作り始めたという好循環もあったらしい。

自治体から補助金をもらって、一回限りのイベントで終わってしまう「いいこと」ではない。資金は最低限であっても、学生や民間企業やボランティアがフラットに協働しながら、創発的に参加者の能動的関与を引き出したところに、デザインセンスを感じさせる事例だ。 

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ソーシャル・デザインというと、最初は誰もが社会的なグラフィック・デザインを思い浮かべることだろう。その系統では、イ・ジェスキの反戦広告のブリリアントネスが光っているのは間違いない。

上のようにの横長の長方形の反戦ポスターは、電柱に貼ると下のように銃口が自分へ向くようにデザインされている。そして英文も左右から貼り合わされて、この一文になる。

What goes around comes around.

自分がしたことは最終的に自分に帰ってくる

広告で錯視によるインパクトを追及するジェスキらしい傑作だ。他に、手榴弾バージョンや戦車バージョンもある。

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http://www.jeski.org/article_view.php?category=main2&idx=87#.Wx0I8-7RCM8

上記の反戦ポスターの出来は最高だ。けれど、ソーシャル・デザインの意味するところは、もう少し地域社会寄り、もう少しソーシャルビジネス寄りにある。そのことを忘れてもらいたくないと思って、ソーシャルデザインの定義を、自分なりにいろいろと考えていた。 

ソーシャルデザインとは(商業的デザインとは対極にある)「地域社会にある人や資源や技術を使って、地域社会の問題や生活を改善するデザイン」のことだ。 

 さきほど掲げたこの定義だって、自分ではけっこイケているつもりだ。でも、もっとわかりやすく、もっとシンプルで、もっとお洒落で、もっとクールで、もっと女子受けが良くて、もっとカーステレオで鳴らしたくなるようなもので、もっと寝る前にそっとその頬にキスしたくなるような「ソーシャルデザインの定義」は、ないものだろうか?

は!

何ということだ。また閃いてしまった。今から言うよ! 集中して聞いてね! 先生、一回しか言わないからね! 一回聞いたら、心底納得すること間違いないからね! 一瞬わかんなかったら、頭の中で翻訳して理解してね! お願い。今晩はこれだけは覚えて帰って!

 ソーシャルデザインのベストな定義とは……

ニャァン、ニャン、ニャァァァン!