遠い都市への大志を抱いて

コカコーラ アンバサ サワーホワイト

コカコーラ アンバサ サワーホワイト

 

 一昨日は会社の後始末に一人で没頭していたので、恐ろしく疲労困憊して、翌日も睡眠4時間しかとれなかったのでフラフラだった。まともに書けなかった。全身の筋肉に乳酸が蓄積しているのが、自分でもわかるくらい。

泥のように眠ったので、今朝は回復。少年時代に愛飲していた乳酸菌系の飲み物をもじっていえば、抱いて眠ったのはアンバサだ。つまりは大使を抱いて眠ったのが功を奏したというわけだ。年をとっても、いつまでも瞳は少年のままなのさ。

昨晩は疲れた筆でこう書いて、早々と打ち切った。

格安の太陽光発電+格安の蓄電池+スマートグリッドや仮想発電所の活用で、世界は一変すると言われている。

 

え? 本当? と目を疑ったのは、それは、ネット回線が従量制のダイヤルアップから、定額使い放題のブロードバンド常時接続に代わるくらいの大変化なのだという。おそらくその未来予測は「限界費用ゼロ」系の資源説と結びついているのだろうが、どこにも本や文献を見つけられなかった。 

いろいろと調べているうちに閃いた。

ユリタコ!

はずれた。どうやらソーラー・シンギュラリティーに関する日本語の本は出版されていないようだ。提唱者タム・ハントの洋書も、大学図書館にも本屋にもない。

困ったな。少年の瞳でネット・サーフィンの波を見つめているうちに、同じく少年の瞳でとんでもない夢を実現してしまった男を見つけた。

ロケットにスポーツカーを乗せて火星に打ち上げたのだ! 何ヲやるかわからない凄い男だ、イーロンは。

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「テスラの総統」イーロン・マスクは自分にとって「世界最強の同級生」。火星へ向かうロケットを最初に想像したとき、たぶんぼくらの思春期に流れていたこの曲が鳴り響いていたのではないだろうか。

格安の太陽光発電×格安の蓄電池×スマートグリッドや仮想発電所の活用で、世界は一変すると言われている。

あ、そういえばイーロン・マスクがそれをやっていたのを思い出した。「何ヲ」やったかというと、詩人のように韻を踏みながら、上の掛け算を「南オ」でやったのだ。

設置するシステムは、発電能力5kWのソーラー発電システム、容量5kW/13.5kWhの「Tesla Powerwall 2」バッテリシステム、スマートメータで構成される。各住宅のシステムは連携するようになっており、余剰電力の売電機能も備える。家庭への設置に必要な費用は、売電による利益で回収する計画。  

上のようなまとめは間違ってはいないが、核心を見えにくくしている嫌いがある。

原則論から語り起こすと、20世紀までは「電気は貯められないもの」「同時に同量を送って使ってもらう」が原則だった。この二つに革命的転換が起きていることが重要なのだ。つまり、ソーラーパネルよりも蓄電池の方が、技術革新性が高いのである。

少し時間を取って電卓を叩いてみた。私の手作用の計算では、費用の内訳は概算でこんな感じだと思う。

  1. 月々の電気代は現行の約70%。
  2. そのうち発送電の電気代は約20%。
  3. ソーラーパネルや蓄電池などの設備投資が50%。
  4. 月々の電気代に50%を上乗せして、設備投資を約20年で回収する計算。

算数のできる人は、あれ? と感じてほしい箇所だ。いくらざっくりした計算だとはいっても、何か数字がおかしくはないだろうか。

実は、アメリカの火力発電コスト(利益抜き)と太陽光発電コストは、ほぼ同じ。正確にいうと、2018年8月現在、太陽光が「やや高い」から「やや安い」へ移行し終わり、「明らかに安い」へ突入しつつある局面だ。

では、電気代が30%安くなるのには、どんな仕掛けがあるのだろう? 

 上の問いに対して、自分なりの答えを考えておいてほしい。

昨晩、執筆が不調だったのは、引っ越しで少年時代のように大使を抱きしめていたせいもあるが、この分野の第一人者の最新作に、自分の欲しかった答えが書いていなかったことが大きい。

世界の51事例から予見する ブロックチェーン×エネルギービジネス

世界の51事例から予見する ブロックチェーン×エネルギービジネス

 

ファーストステップ(2020-2025年)

  1. ビットコインなどの仮想通貨の活用
  2. スマートメーターなどの機器の効率化
  3. ブロックチェーンの活用に関する基礎研究

セカンドステップ(2025-2030年)

  1. EVとの連携
  2. 蓄電池・家電製品などIoT機器との連携
  3. エネルギー企業同士での直接取引

サードステップ(2030年~)

  1. 再生可能エネルギーなど普及に向けた取り組み
  2. 電力の個人間(ピアツーピア)取引
  3. 消費者とエネルギー市場の直接取引 

 これらの項目はすべて正しいものばかりだが、上記の「30%のなぜ?」への焦点化がやや不足している印象がある。

設備投資を加えても、なお電気代が30%安くなるのは、各所の蓄電池をネットワーク化して自動制御することによって、「電気は貯められないもの」「同時に同量を送って使ってもらう」を突き崩したからだ。

おそらく上記の本では「P2P」と「C2C」の二つの概念を重ねすぎたまま、発想しているのではなあいだろうか。「C2C」とは「消費者から消費者へ」の財やサービスの提供や交換を言う。

Skype や Line の電話を可能にしているP2Pは、中央集権的装置を持たない分散ネットワークであるだけでなく、余剰資源を共有するシェアリング・エコノミーの側面も持っているのだ。遊休資産の活用という意味では、UberAirbnb と同じだ。

やや古いが、この事例がわかりやすいかもしれない。

以前GIGAZINEで、アメリカのスタンフォード大学がガンやアルツハイマー病などの難病の原因となるタンパク質を解析するために、世界中の人々がスーパーコンピュータを形成する分散コンピューティングプロジェクト「Folding@Home」を行っており、PS3からも参加できるようになったことを取り上げましたが、今や「Folding@Home」は世界で最も強力な分散コンピューティングネットワークとしてギネス認定されているそうです。

各家庭のPS3のCPUの未稼働部分を集積すると、一種のスーパーコンピュータができるので、それを使って難病の原因であるたんぱく質を解析するプロジェクト。自家使用以外の「余剰能力」をネットワーク上でシェアできるのが、P2Pの大きな特徴なのだ。

上の事例では、PS3の各ユーザは無償のボランティアで参加している。しかし、テスラ流の仮想発電所内では、各家庭の「余剰能力」を自動制御して、他の家庭に融通したり、売電したりできるようになっている。

蓄電池と聞くと、「安い夜間電力で蓄えた電気を昼間の冷暖房に使う」というような狭い視野で考える人が多い。建物単位で小刻みに電力を最適化しようとすると、社会全体の設備投資は莫大な無駄を生んでしまう。蓄電池ネットワーク(≒仮想発電所)は、地域社会スケールの大きな視野でとらえるべきものなのだ。

今や火力より安くなった太陽光や風力発電の最大の敵は、天候の変化による供給の不安定さだ。だから、広域で多数の拠点を持てば持つほど、ネットワーク内での過不足のバランスを取りやすくなる。晴れの地域、雨の地域、強風の地域、無風の地域を、ネットワーク上でバランスするのである。

注意したいのは、太陽光発電による売電だけでなく、蓄電池による充放電も自動制御されるので、その余剰能力をネットワークが使った使用料も各家庭に入るだろうことだ。上の事例で言うと、タンパク質解析チームから、CPUを借りた分だけ、お礼が来るイメージだ。

このような高精度で上下幅の大きい自動制御があるからこそ、仮想発電所では30%も電気代を安くできるというわけだ。

「電気は貯められないもの」「同時に同量を送って使ってもらう」という20世紀の常識を覆して、今世紀の先頭を走っているのは、上の著書ではなぜかセカンドステージに部類されている Sonnen だろう。元々は蓄電池メーカーなので、蓄電池の持つ技術革新性に精通している。

天候に左右される再エネ発電をより多く取り込むために柔軟性が重要であるというのが、いまや世界のエネルギーの常識となっている。

(…)

一般に太陽光発電パネルを設置するだけでは、家庭で必要とする電力のおよそ半分程度しか補えないとされる。

(…)

達成の割合は、蓄電池システムの仕様や蓄電池の性能にもよるが、インターソーラーで競っていた各社の蓄電池システムは、ほとんどが1つの家庭内での蓄電池利用に留まっていた。

 

Sonnen社は、その先を走っている。
同社が昨年の初頭からスタートさせたのが「sonnenCommunity」というサービスである。これは、同社の蓄電池システムを導入した家庭をコミュニティとして繋ぐというコンセプトである。具体的には、蓄電池の充放電を各家庭内だけでなくコミュニティ全体の中で最適化するものである。この広い電力融通の結果、電力需給の過不足がさらに平準化され、100%太陽光だけで参加家庭の需要が賄えるようになるという。 

ではこれが既存の系統電力網に対して、脅威となるかというと、必ずしもそうではない。

In addition to taking power from the nuclear plant, Jasper will soak up excess solar production during midday hours when demand is low.

Sonnen コミュニティーは、原子力発電所からの電力供給だけでなく、需要が少ない正午の時間帯に余ってしまう太陽光発電を吸収してくれる。

かつてこう書いたこともあった。

しかし、発送電分離のようなフェアで薔薇色の発展的未来図は、国が変わらない限り、というより日米原子力協定が変わらない限り、簡単には実現しそうにない。

 

この壁をどう突破するのか。原発事故で安全な故郷や食物を失った人々の悼みをどう引き受けていくのか。それらの問いに対して、自分はひとことで言うと「電民分離」。少しだけ詳しく言うと、自主スマートメーターつきの蓄電池技術をリフォーム市場へ投入して、消費者が夜間電力活用のコストメリットを享受するモデルを思い描いている。太陽光やスターリングエンジンによる自家発電も、もちろん有力だ。  

地域社会に「太陽光発電×蓄電池×AI制御」の仮想発電所が次々にできて、電気料金が下がり続けていく近未来は、「化石燃料と核が絶滅危惧種となる」が持論のタム・ハントの言う通り、確かに明るい未来なのかもしれない。

ちなみに、日本の動きは……。

2016年度は、アグリゲーションコーディネーターのシステム開発、リソースの整備を行いました。

2017年度は、送配電事業者向けのサービスを見据えたACシステムの改良と実証、リソースアグリゲーション事業のビジネスモデルの検討等を実施しました。

2018年度は、将来の需給調整市場を見据えたACシステムの改良と実証を行うとともに、配電系統の安定化に関する検討等を実施します。

日本でも経産省が実証事業を行おうとはしているが、2018年は「システムの安定化」(ではなく、その検討)が議題らしい。不作為責任を隠すためのポーズに見えなくもない。本格的な普及はいつになるのだろう。日米原子力協定の破棄なしで、普及は可能なのだろうか。

上の記事でドイツの Sonnen の快進撃を伝えながら、北村和也は最後にふとこうつぶやく。

[引用者注: Sonnen Communityでは] すでに数千規模のシステム購入者がコミュニティに参加している。また、そのシステム運用には、ブロックチェーンの理論が使用されている。

 

さて、そのような使用、つまり、充放電の繰り返しに耐える蓄電池を求めた同社が使っているのは、ソニーの製品である。日本人として悪い気はしないが、日本がシステムやビジネスモデルを構築した側に回っていない点では大変残念である。 

いつもと同じ溜息が出てしまう。どの分野であれ、業界の最先端にいる人は、同じような危機を口にしている。このブログで何度も言及してきた内容を、短くまとめておこう。

日本はモノづくりで優れたモノ体験を提供するのは得意だが、そこに革新的なサービスを交えてコト体験を提供するのは苦手だ。そして、たぶんそれはクリティカル・シンキングが弱いからだ。

今晩こそは、たくさん冗談を書こうと思ったのに、人助けが好きなものだから、ついついタメになる話を書いてしまった。最後もタメのために、つまりは同級生のために、思いつきを披露することにしたい。

どうやらイーロン・マスクは、こちらが嬉々として冗談を言うのが憚られるような危機にあるらしい。危機というよりは後退というべきか。

 テスラに買収されて以降、ソーラーシティは1軒ごとに太陽光パネルをリースするのではなく、テスラのショールームで顧客にパネルを販売するやり方に転換した。リースの場合はソーラーシティがキャッシュを負担する必要があり、そのために外部投資家から資金を調達していた。だが太陽光パネルを販売するとなれば、顧客が現金で購入するかローンを組んで払うことになる。テスラはこの新たな方針がキャッシュフローを生みだすことで、外部投資家への依存度を低下させられると期待している。

人員削減や施設閉鎖を受けて、テスラの太陽光事業の将来性を疑問視する声も高まっている。フォレスター・リサーチのアナリスト、フランク・ジレット氏は「結果として、太陽光発電事業について戦略なしだ、と言っているのと同じだ。ソーラーシティー買収はひどい有様になっている」と述べた。

おそらくイーロンの周囲には、有能で情熱あふれる「片腕」がごろごろいるにちがいないが、同級生のよしみで「エア片腕」を気取って、ヒントのようなものを書きつけることを許して欲しい。『Rocket』のリズム隊のドラマーのように、事故で片腕を失ったとしても、不屈の闘志で輝くドラム・プレイだってあるのだ。

(両腕で叩くことだってできる)

1. 太陽光発電の電力価格が安くなったら、顧客に還元すると約束する

太陽光発電の電力価格はこれからも下がり続け、2018-2020で半減するとも言われている。電力価格の低下分を迅速かつ正確に顧客に還元すると約束し、自社ネットワークにより安い設備投資の顧客をどんどん呼び込む。買電側の顧客を喜ばせる。

2. 売電した金額の一部を優遇積み立てしてもらう

しかし、売電側の顧客にとっては電力価格の低下は面白くない現象だ。将来的には売電収入がどんどん少なくなっていくことになる。そこでブロックチェーン技術を使って、税制の境界線(それを越えると税金が高くなる一線)から上の金額を積み立ててもらい、新規顧客の設備投資に貸し出し、長期的に利息付きで回収するスキームを作る。

3. 顧客に顧客を紹介してもらい、発電実績に応じて紹介料を還元する

設備投資額が同じなら、ネットワークの中に気候的に有利な生産性の高い発電設備を多く抱えることが重要になる。訪問販売員による個別の導入をやめたのなら、友人紹介を通じて、より発電実績の高い新規顧客の紹介には、より高いコミッションを払うシステムにすると、好循環が回りそう。

 

太陽光発電×蓄電池は、その組み合わせ単体では儲からない商品だ。住宅の中の家電機器と IoT でつながってはじめて、その家のプラットホームを手に入れたことになり、そこが収益可能域になる。顧客と未来像を共有して、顧客にキャッシュフローと販売促進を助けてもらうことが、システムの自律的な巨大化の鍵になると思う。

ちょっとした思いつきなので、すでに実現されているか、すでに会議でボツになったものばかりだろう。イロン反論オブジェクションのかけらのひとつだと思って、イーロンを知る誰かに届くと、ちょっと嬉しい。

……何の話をしていたんだっけ。そうだった。一昨日の会社の後始末で乳酸菌がたまった話だった。あれはぼくの人生の後退なのだろうか。よくわからないな。人生の新しい局面に辿り着くべく、東京へ行こうと思って「ニュー参勤交代」を目指していたのに。

わからないまま、今晩も少年の瞳を瞑って、大志を抱いて、ひとり眠ろうと思う。

 

 

 

 

サハラ以南のコバルトブルー

 世界で最も貧しい国々が集中しているサハラ砂漠以南。

その地域で最も有名だったコンゴ共和国フランコ・ルアンボは、7才でギターを自作して、父が急逝した11歳のときから路上演奏で家族を養ったのだという。

音数がきわめて多い弾き方なので、ルンバの巨匠なのに、曲によっては King Crimson の Robert Fripp のように聞こえてしまうのが可笑しい。

そのコンゴ共和国が揺れている。陽気なルンバのリズムで揺れているのではなく、レアメタルのコバルトを産出するのに、児童労働を使っていることが、国際的に問題視されているのだ。

A Sky News investigation has found children as young as four working in Congolese mines where cobalt is extracted for smartphones. 

スマホ向けのコバルトを抽出するコンゴの鉱山で、わずか4歳の子供たちが働いているのが見つかった。 

  

The mineral is an essential component of batteries for smartphones and laptops, making billions for multinationals such as Apple and Samsung, yet many of those working to extract it are earning as little as 8p a day in desperately dangerous conditions. 

その鉱物は、スマホやノートパソコン用バッテリーの必須材料であり、アップルやサムスンのような多国籍企業が数十億ドルをもたらしていますあ、採掘者の多くは、絶望的に危険な状況で、一日わずか8ペンスしか稼いでいません。

  

With little regulation requiring companies to trace their cobalt supply lines, and most of the world's cobalt coming from the Democratic Republic of Congo, the chances are your smartphone contains a battery with cobalt mined by children in the central African nation.

 コンゴから来るコバルトの供給ラインや世界のコバルトのほとんどを、企業が追跡せよとする規制がほとんどないせいで、おそらくスマホには、アフリカ中部諸国の子どもたちが採掘したコバルト入りのバッテリーが入っている可能性があります。 

児童労働を使わない鉱山企業と取引することに、Apple は積極的だが、他の多国籍企業は消極的だという記事も見られる。自分が iphone に乗り換えたのは、Apple 社がしばしば示す倫理性にある。エシカル消費

(↑コバルトというレアメタル、およびコバメタルに言及した記事↑)

 

けれど、自分の頭でじっくり未来象を見つめてみよう。と書いたら、文字変換に「象」が登場した。さっきかけた曲以来、象トークがまだ続いているのだろうか。象のイメージがつきまとってくる理由が気になる。気にしてはいけない。邪念を去れ、気にしSUGIZO

何をイオンとしているのか自分でもわからなくなってきた、と書こうと思ったら、思い出した。要するに、自分はこう言いたいのだ。リチウムイオン電池ばかり気にしすぎ象!

2011年発売の初期型日産リーフに乗っていた人はバッテリーがすぐにダメになることに不満を抱いていたが、最新のバッテリーは10万マイル(16万キロメートル)の寿命を達成している。

できすぎた話だとの批判は確かにある。これだけのEVを生産するには現在の採掘量の100倍のコバルトが必要だ。さらに、コバルトは銅やニッケルの副産物として採掘されている。つまり、銅やニッケルの需要が伴わなければ、価格はハネ上がる。しかも、その65%はコンゴ民主共和国で産出されているのだ。資源争奪戦による内戦で600万人もの命が奪われてきた、あのコンゴである。 

もう少し短く言い直すと、コバルトの採掘可能な埋蔵量は、世界で700万トンしかない。これをすべてEVに充当しても、7億台。世界が必要としている自動車は毎年約1億台だから、すべてをEVにすると、EVの新車は7年しか発売できないことになる。リチウムイオン電池だけでは、豊かなクルマ社会の未来象を描けないのだ。

(個人的に「自画象」を描くこのゾウが大好き。鼻に花! ピンクの花のあしらい方が小粋だ)

全固体電池の話は一昨晩したばかり。今晩は電池研究の最先端を覗いてみたい。どうなっているのかは、お楽しみっと。楽しい研究が進んでいるのは MIT。

Lithium-air batteries, which have about the same energy density, work in the same way — but sulfur, salt, and water are far cheaper. Lowering cost has been essential to developing energy storage systems that can be scaled for use with the grid. The team estimates that a scaled-up version of their breathing battery would cost between $20 and $30 (USD) per kilowatt hour (kWh) stored to run. By comparison, other storage systems currently available cost about $100 per kWh.

ほぼ同じエネルギー密度を持つリチウム空気電池も同じように動作しますが、硫黄、塩、水ははるかに安価です。 グリッド電力網に接続できるサイズの蓄電池システムを開発するには、コストを下げることが不可欠でした。 チームは、このバッテリーを大型化したものに蓄えられた電気は、キロワット時(kWh)あたり20〜30ドルの費用しかかからないと推定しています。 それに比べ、現在利用可能な他の蓄電池システムのコストは、1kWhあたり約100ドルです。

上記では従来型の1/4程度の控え目な数値が提示されているが、材料コストだけで見ると1/100に近い恐ろしい安さの蓄電池なのだ。このルドックス・フロー型の電池(全液体電池)がどうして重要なのか。それは記事にもある通り、電力網につなぐ格安の蓄電池として、爆発的に普及する可能性があるからだ。

太陽光発電+蓄電池」がエネルギーの世界をがらりと変える可能性が、きわめて高くなってきた。これを称して「ソーラー・シンギュラリティー」とか「バッテリー・シンギュラリティー」という。 

ハント氏は、ここ数年での電気自動車やIOTの技術的進化、そして太陽光発電システムや蓄電池をはじめとする再エネ設備の著しいコスト低下を考えると、ソーラーシンギュラリティは近い未来実現可能だと考えており、同氏はソーラーシンギュラリティが実現すると、『1kWの発電コストが4.5セントに低下する』や『化石燃料と核が絶滅危惧種』となると主張する。

Solar: Why Our Energy Future Is So Bright (English Edition)

Solar: Why Our Energy Future Is So Bright (English Edition)

 

 海外と日本では太陽光発電の位置づけに違いがあるので、日米原子力協定に隠然と支配されたままの日本では、太陽光発電の風は吹かないという人もいる。本当にそうだろうか? 九州の電力状況は象徴的だ。

 九州電力管内では、太陽光の導入量(接続済み量)が今年3月末段階で785万kWに達し、接続可能量(30日等出力制御枠)である817万kWに迫っている。春の昼間最低需要期を迎え、同管内では4月8日正午に太陽光発電の出力が電力需要の約8割に達するなど、大型連休を控えて、出力制御(抑制)に踏み切る可能性が高まっている。 

要するに、太陽光発電がありすぎて余ってしまうので、余ってしまう太陽光発電はもう引き取りませんと、九州電力は言っているのだ。さらに、太陽光発電のコストは、この3年間で半減するのだという。なるほど、「化石燃料と核が絶滅危惧種」となるわけだ。

2019年10月末を最後に、固定価格買い取り制度(FIT)による売電が終了する家庭が出てくる。発電した電気を売るよりも、自宅で使う自家消費が拡大すると予想されている。期待ほど普及していない蓄電池業界にとって需要喚起のチャンスが訪れる。

(…)

それでも19年、自家消費が始まると「蓄電池の価値が高まってバッテリーパリティーに近づく」(小田取締役)と語る。

(…)

 そして「仮想発電所(VPP)がバッテリーパリティーを決定的にする」。VPPは各家庭にある蓄電池をIoTで束ね、一つの発電所のように扱う。電力不足の時、一斉に放電すると火力発電所に匹敵する調整力を発揮できる。放電して需給調整に協力した家庭に対価を支払うビジネスが検討されている。

格安の太陽光発電+格安の蓄電池+スマートグリッドや仮想発電所の活用で、世界は一変すると言われている。

え? 本当? と目を疑ったのは、それは、ネット回線が従量制のダイヤルアップから、定額使い放題のブロードバンド常時接続に代わるくらいの大変化なのだという。おそらくその未来予測は「限界費用ゼロ」系の資源説と結びついているのだろうが、どこにも本や文献を見つけられなかった。

とにかく時間がない。5分、10分のスキマ時間を見つけて、それを適宜高速リラックスにも使って、高速粗製濫造をクリアしていきたい。今晩は時間内に本を見つけられなかったので負けだ。

世界一幸福な動物園の紹介動画をぼんやりと眺めていた。象たちはいくつかの群れに別れて自然に暮らし、餌も与えられるのではなく、自動制御で分散された餌場を、自分たちで探し回って見つける必要があるのだという。

水族館のように、象が泳いで遊んでいるのを見るのが大人気だとか。確かに微笑ましくて、思わず口角が上がってしまう。多くの人々が記念に写真を撮っている。

ただ、そのスマホやカメラのバッテリーに、サハラ以南の4才の子供たちが採集したレアメタルが含まれていることを、自分は忘れたくないと考えてしまう。アフリカ大陸に、世界一幸福な象たちよりも幸福でない人間が何億人もいることが、自分と完全に無関係だとはどうしても思えないのだ。不思議だ。何の係累もないのに。

それと完全に無関係かなのどうかよくわからないが、大学図書館の延長開館が閉まるまでにまだ時間があるので、その時間を有効に活用したいと思う。

同じ星の上で同じ夜を過ごしている人々が、無数に並んでいる並行宇宙のうち、少しでも明るい世界に目覚めたらいいと思う。

砂時計から薔薇の香りが

東から西。台風が日本列島を逆撫でする方向に進んでいるので、今日は行きつけの

4つの図書館が臨時休館となった。何とかして、いま手元にある本だけで、ブリコラージュを仕上げてみたい。

時間があるようでも、すぐに時間が足りなくなってしまう生活を送っている。だから、目の前の砂時計を誰かに勝手に反転させられたら、急かされている厭な気分になるのではないだろうか。

そう警戒して上の動画を見ていたところ、不思議なことに、少しも嫌な気分にはならなかった。それは上から下に落ちるはずの砂時計が、オイル仕様で下から上に昇るからだ。発想が独創的なのだ。

このように発想や製品が独創的であれば、価格の面では2倍以上の大損害を受けても、「ダイソンがいい!」という人々が多いのが今の時代。そのダイソンがとうとう電気自動車(EV)の製作に乗り出したというニュースが、少し前に飛び込んできた。

掃除機のダイソンが「なぜか」EV(電気自動車)の開発を進めている。そのことが最初に発覚したのはイギリス政府のミスだった。今から2年前の2016年3月、研究開発資金約20億円を支援するイギリス政府の助成プログラムの開示資料に、誤ってダイソンが当時秘密開発をしていた商品名が書かれていたのだ。はっきり「EV」と。

(…)

実際にダイソンがEV市場に参入することを公式発表したのは、昨年9月。ミスによる発覚からちょうど1年半が経った時期だった。発表時の創業者、ジェームズ・ダイソン氏の発表によれば、これまでに400人あまりのエンジニアが極秘に開発に関わってきたという話であった。やはりEV開発は水面下で着々と進行していたわけだ。

 

 ダイソンはEVの初代モデルを2020年までに市場投入する目標で、開発を進めている。そして2018年3月20日、ダイソンは「日本が最初の発売国になる可能性がある」ことを明らかにした。 

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(画像引用元:https://clicccar.com/2018/01/25/553449/

東京オリンピックの頃にダイソン車が日本の公道を疾走しているかはまだ不透明だが。ダイソンの深謀遠慮を感じさせるのは、2015年にアメリカの電池ベンチャーを買収していることだ。バッテリーを制する者が、EVの開発競争を制することを、ダイソンはよくわかっている。中身が空っぽなのは、革新的デザインの扇風機だけというわけだ。

Dyson Limitedは10月23日、固体電池のパイオニアであるSakti3を完全子会社化したと発表した。今後、新しい電池プラットフォームの研究開発を両社で行っていく。


固体電池テクノロジーは、USBメモリマイクロチップで採用されている。液体の電解質を含むかわりに、固体のリチウム電極から構成されており、多くのエネルギーを電池セル内に保持できるのが特徴だ。 

全固体電池の実力がどれくらいかを、専門家は米紙を引用してこう書いている。

 次世代蓄電池の有望株のひとつである「全固体電池」の分野において、トヨタリチウムイオン電池の三倍超の出力を出し、わずか数分でフル充電を可能にしたという記事が米紙に掲載された。 

AIが変えるクルマの未来:自動車産業への警鐘と期待

AIが変えるクルマの未来:自動車産業への警鐘と期待

 

実はこっそり少年らしい家電好きでもあるので、家電量販店を訪れては、ダイソンの掃除機の動作音や吸い込み具合をしばしばチェックしてきた口だ。

けれど、家電好きであっても識者の意見とは逆に張りたい。次世代EV開発競争で、ダイソンが優位に立つ可能性はさほどないというのが自分の読みだ。

自分と同じ意見の人はいないかと探していると、凄いブロガーを見つけてしまった。

ハイブリッド車→②プラグインハイブリッド車→③EV→④燃料電池

 

①と②では、トヨタが世界的な圧勝を手にした。しかし、テスラとジャーマン3によって③で押し込まれて、①②での勝ちをほぼなかったことにされたところだが、たぶん③の次に「主戦場」となる④ではトヨタに死角なしといったところだろうか。しかし、③で追い抜かれても、④で追い抜き返せばよいと考えるのは、浅慮というものだ。

 

寡頭のプラットホーマーだけが生き残れる時代。

 

その点でいうと、桃田健史が、昨晩のニュースを予想していたかのように、いみじくも全固体電池での技術的優位が約束されていたとしても、リチウムイオン電池での技術革新を怠ってはならないと警告したのは至言だ。各ステージで勝ちつづけて、その勝ちによって占拠したプラットホームに、次の戦いの駒を乗せていかなくてはならないのだ。

(…)

『モビリティー革命2030』では、「移動手段がほとんど無料になるのでは?」という恐ろしい予測が書き立てられている。

 

 新モビリティー社会になると、電動化や自動運転によって確かに車両コストは大幅に上昇するものの、燃料代や整備代、保険料や駐車場代は圧倒的に安く済む可能性がある。もちろん、移動や配送という利便性を享受しており、クルマ自体のコストは発生しているため、料金が本当にゼロとなるかどうかは不透明だ。しかし、社内で広告を見てもらったり、クルマが情報端末となって集めたデータをビジネス用途に展開したりすれば、限界費用をゼロできる未来が訪れる可能性は否定できない。

 

ここでいう「車両」が「シェアリング・カー」を指していると考え、さらに行き先レコメンド機能による消費行動(例えば、デパートでの買い物)に応じた割引も含めれば、確かに移動手段の費用がゼロに近づく可能性はあると思う。

(…) 

 

そのように自動運転車が数多く行き交うようになった街路では、充電スタンドに長蛇の列ができてしまうのだろうか。桃田健史が示唆するのは、充電技術の先に、道路に埋設した充電設備上で、EVが停車するだけで、非接触型の充電ができるシステムだ。韓国では実証実験が進んでいるという。EVシェアリングカーが駐車場で自動充電して待機する姿は充分に思い描ける。

 

CASE=「つながる車」×「自動運転車」×「サービスつきの車」×「電気自動車」

 

これらの掛け算の行方を、もう一度じっくりと想像してほしい。

 

中長期視点に立てば、モビリティーの新潮流「CASE」が、自動車の100年に1度の大変革にとどまらず、都市計画に直結することが実感できるのではないだろうか。

 

そして、この都市計画をも巻き込んだ「最後のプラットホーム」で、結集した「オールジャパン」が全米ドリームチーム「グーグルゾンスラ(=Google+Amazon+Tesla)」に勝てるかどうかが、来るべき四半世紀のモビリティー長期戦の最大の山場になるにちがいない。

 

もし、少なくとも自国のプラットホームを獲得できれば、国内産業の中に伸びるバリューチェーンは充分に長いので、国民をより多くより長く豊かにすることができる。もともと長いバリューチェーンを磨き上げるのが得意な国民性だ。負ければ、世界で勝てる日本の産業は壊滅してしまうだろう。そのような分水嶺のそばに、日本は立っているのである。  

(…)

いまオールジャパンの企業ラインナップを見て、ひとつだけ不安材料を感じた。それは、スパコン人工知能量子コンピュータでは最先端にいる日本も、それを投入すべきクラウド業種に有力企業がいないことだ。路上の無数の自動運転車を制御できるのは、人工知能搭載のクラウドしかなく、そこで得られるビッグデータを解析して広告化する技術も不可欠だろう。それを知悉しているジェフ・ベゾスは、AWSに圧倒的な経営資源を注いで、グループの中核企業に育て上げた。Amazon を単なるオンライン書店だと思っている人は、未来があまり見えていない人だ。

EV開発競争は、事実上の「全固体電池」開発競争であり、その後の燃料電池車競争から、自動運転技術と限界費用ゼロの掛け算を経て、スーパークラウドが制御する都市計画競争にまで発展する。 

クラウドのト世界シェアを確認すると、絶望的な円グラフが見えてくる。紺がアマゾン、日本企業は全滅だ。

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企業や個人が仕事や私生活の一部をクラウドへ移行させる中、クラウド・プラットフォーム市場は今後、大手4社が独占すると、ゴールドマン・サックスは見ている。

(…)

同氏はクラウド・プラットフォーム分野で更なる統合が進むと見ており、この4社によるシェアは、2019年までに全体の約89%に達すると見ている。 

ちなみに、2020年までに、企業の業務の83%がクラウドへ移行すると言われている。長期的に見ると、どこに勝機を見出していいのかわからない状態だ。もし勝機があるとしたら、常温核融合やフリーエネルギーの開発など、この記事で触れていない他分野の破壊的イノベーションだろう。

しかし、それにしてもこの凄いブロガーは誰かと思うと、自分だった。

限界状況下のフロー状態で書いていることが多いので、自分が何を書いたのか、実はあまり覚えていない。タイトルづけを自由奔放にやっているので、タイトルを見ても何を書いたか思い出せないのは、困ったことだ。それでも、自分がダイソンのEVに賭け金を置くと、大損害になりかねないと考えている理由は、伝わったことだろう。

「EVから都市計画まで」のロードマップを遠望する限り、自動車大国日本の国力を大きく損ねかねないハードな消耗戦が待ち構えていることは、間違いなさそうなのだ。

もっともっと創造的にならなければ、大損害をこうむりかねない。

そう言いながらも、ダイソンが個人的に好きなので、イノベーション哲学を調べてみた。下の記事から引用した「ダイソンの定理」はこんなラインナップだ。

  1. 消費者を見極めよ
  2. 売り方を発明せよ
  3. 外に出ろ
  4. 発想は柔軟に
  5. プロトタイプをつくれ
  6. いいアイデアはほかでも使え

いかにもCEO自身が職人出身なのを感じさせるのは、速度に関する項目がないこと。その他は、昨今の物づくりの公式的見解(現場主義とスピード)をうまく押さえている。2. で(顧客との回路選択を多様化する)オープン・イノベ-ションに近い考え方を披露しているのも、さすがのひとこと。この定理が、あれらの独創的な製品を生み出していると考えると、感慨もひとしおだ。 

対訳 バイロン詩集―イギリス詩人選〈8〉 (岩波文庫)

対訳 バイロン詩集―イギリス詩人選〈8〉 (岩波文庫)

 

彼女の歩く姿の美しいさまは
雲ひとつない星空のようだ
(…)

光は彼女の雰囲気を和ませ
無垢の愛に包まれた心を見せてくれる  

http://poetry.hix05.com/Byron/byron01.she-walks.html  

ハードなEV開発競争の話題の後に、お口直しに甘いものでも、と思って引用したバイロンの詩が、予想以上に甘くて甘くて困惑している。正直に言うと、こういう種類の詩に対しては、バイバイしたい異論だらけだ。

上の記事でも星菫派を批判的文脈に置いたのに、どうしてバイロンを引用したかというと、バイロンの娘エイダ・ラブレスが、歴史上初めて「AIの独創性のなさ」に言及したからだ。

エイダ・ラブレスは現代でいう「AIネットワーク」を「解析エンジン」と表現している。

解析エンジンはあらゆることを自分で始められない。人間が命令の仕方を知っていれば、解析機関はどんなことでも実行できる。 

こんな発言を1843年に書きつけたとは、恐ろしい先見の明だと言えそうだ。女性が大学教育を禁じられていた時代、当時の最先端の数学者に手紙で「通信教育」を施してもらって、数学的論理的能力を開花させたのだという。素晴らしいメンターとの出会い!

そこには、解析エンジンに実行させる計算内容を指定した基本的な命令群も記されていた。これらの命令群は今日、世界で初めて発表されたソフトウェアと見なされている。ただし、そのコードを実際に実行できる計算機が登場したのは、100年も後のことだ。 

やがて、約100年後にコンピュータを発明したチューリングが、このラブレス「AIは独創性を持たない」説に反論した。人間が自分の独創物だと考えているものが、どれほど一般的で普遍的な事物から構成されているだろうか?と問うたのである。

あきれたことに、コンピュータができた当初から、人間とAIによる「どっちの勝利ショー」が繰り広げられてきたらしい。 

どっちの料理ショー

どっちの料理ショー

 

ちょっと関連書を読めば「分野にヨル」が結論だとわかるのに、ヨルにあんなに長々と競い合っているのを見せつけられると、その暗愚にアングリーを通り越してハングリーになって、こっちは「腹減りコプター」になるという一連の流れが、90年代や00年代のヨルに繰り返されたことは記憶に新しい。 

(↑タケコプターについてはこの記事で言及した↑)。

もうマルチラリティーが暫定的見通しで良いのではないかと考えて、出典を調べてみると、英語圏でもあまり buzz っていないようだった。日本語の説明では、この数行がわかりやすい。

(…)コンピュータの進化はシンギュラリティのような単一的な変化ではなく「マルチラリティ」をもたらすと語る研究者もいます。それは「人と機会の織りなす社会の中で順次コンピュータと人の組み合わせが問題解決を行っていくのではないか」という指摘です。

これからの世界をつくる仲間たちへ

これからの世界をつくる仲間たちへ

「マルチラリティ」の発信源は、アメリカの「機械学習」の権威トム・ミッチェルのようだ。彼のチャット・インタビューが見つかった。

:01:27:05:
Do you have a view of Kurzweil's singularity? Isn't there a tie-in with the work you are doing?


"....I take this singularity hypothesis as something like there will come a time when computers are more intelligent than people and what's going to happen then?....The whole idea that there is a single question to ask (are they smarter than us or dumber than us?) is I think misguided and we should replace the singularity notion by multilarity and just say it's not an all or nothing or one or zero kind of question. There's a whole vector of different competences...(…)

 

――あなたはカーツウェルのいうシンギュラリティをどう見ていますか? あなたがやっている仕事と結びついてはいませんか?


「…私はこのシンギュラリティの仮説を、AIが人よりも知的になる時代がきたとき、何が起こるのか、というようなものとして考えています。(AIは人類より賢い? 賢くない?)という一つだけの問いがあるという考え全体はミスリードだと思います。私たちはシンギュラリティーの考えをマルチラリティーという考えに置き換えるべきでしょう。そしてそれが「全部かゼロか」「1かゼロか」という種類の問題ではないというべきです。いろいろな能力について、あらゆるベクトルが存在する問題なのです。

Chat with Tom Mitchell, Global Top Scientist shares deep insights on Machine Learning, the Brain, and Policy – Canadian IT Manager's Blog

「知能が唯一の尺度で測定できない以上、技術的特異点は複数ある」というトムミッチェルの立場は、どちらかというと常識的で妥当な発想だ。

日本語ではまだ「マルチラリティ」に関する発言は少ないが、脳科学の分野を数十年牽引してきたこの人は、相変わらず発想が柔軟で勘が良いと感じた。 

人工知能に負けない脳

人工知能に負けない脳

 

 書名の印象から早合点してはいけない。確かに、AI優位時代を生き抜く人間独自のスキルとして、自分の言葉で言い直せば、次の三つが重要だと説かれている。

  1. 権威主義
  2. フラットな関係で協働できるスキル
  3. 身体性の回復と向上

そしてこの三つを踏まえた上で、茂木健一郎が推奨するのが、次の三つの生き方だ。

  1. 批判的思考で個性を伸ばすこと
  2. AIと協働しやすい冷静で論理的な問題解決能力をつけること
  3. 好き嫌いと身体性を生かして、直感やセンスを磨いていく

とても興味深い論点を含んでいるので、1.2.3.のすべてについて考えてみたい。

まず 1. から。

ここ10年くらいのAIはフレーム内の問題処理は優秀でも、フレームを越えたりフレーム間を往還する問題処理は苦手だ。 

人工知能の創発 知能の進化とシミュレーション

人工知能の創発 知能の進化とシミュレーション

 

実は、上記本が説明するように、AIの真の最終目標は問題解決ではなく、新しい枠組みでの問題の発見なのだが、そこに至るまでには時間がかかりそうだ。

シンギュラリティ前夜の今なら、まだ間に合う。さあ、急ごう。ぐずぐずしていちゃまずいぜ。

なぜ急かすかというと、「日本はここまで遅れているのか」という私の実感以上に、日本人にこのような能力が欠けていることに強い警鐘を鳴らしていた一節に、最近遭遇したからだ。  

AI時代においては、未来を創る力、つまりは自分で課題や問題を見つけ出して解決に導く力が必須です。しかし、現状では日本人にとって最も苦手なことだといえるでしょう。

 

 私が外資系企業に勤めていたころ、米国人の上司がいつも言っていたのは「日本人は与えられた問題を解くのは得意だが、自分で問題を設定するのは下手だ」ということでした。この上司は「日本のバブル崩壊後の長期低迷の主因は、課題設定能力不足にある」と主張していたくらい、日本人のこのスキル不足を問題視していました。

 

「欧米企業が設定したテーマを自らのテーマとして追いつくだけでよかった時代には、日本企業は最強であったが、自ら未来のテーマを設定しなければならない時代には、日本企業は国際社会から取り残される」と辛辣なコメントをしていたことはいまでも強烈な記憶として残っています。

 

 実際に、日本人の多くはクリティカル(ロジカル)・シンキングを学ぶ機会が提供されていないこともあり、課題や問題の設定が不得意とされています。  
 
 「自分の頭で考えて☆い」と何度も自分が繰り返してきたのは、社会に蔓延している権威主義的(思考停止的)思考法のままでは、社会まるごと生き残れないのではないだろうか。そんな予感が頭の中を去ろうとしない。 

「自分の頭で考えて☆い」と何度も自分が繰り返してきたのは、社会に蔓延している権威主義的(思考停止的)思考法のままでは、社会まるごと生き残れないのではないだろうか。そんな予感が頭の中を去ろうとしない。その意味でも、「右にならえ」式でない個性を伸ばすことにすら、クリティカル・シンキングが重要なのは言うまでもないだろう。

次の 2.「AIと協働しやすい冷静で論理的な問題解決能力をつけること」という指摘も面白い。AIと人間とAI融合型人間のそれぞれが協働して問題解決に当たるのは、共通の思考様式を共有することが不可欠だ。茂木健一郎の知性は柔軟で、マルチラリティにも親和的なのだ。 

人工知能を超える人間の強みとは

人工知能を超える人間の強みとは

 

最後の 3. を目にした読者は、平凡なAI対抗論をそこに読むかもしれない。AIになくて人間にある能力は、瞬時の直感的判断だから、それを鍛えるべきだ、と。上の本も同じような主張をしている。

しかし、マルチラリティを念頭に置くと、AIのビッグデータ分析力と人間の直感は、必ずしも対立図式におさまるものではない。

セカンド・シンギュラリティ(AIが神になる日)の到来を信じている自分としては、どうしても話に宗教の領域を招き入れざるをえない。 

 『魂のライフサイクル』で注目すべきなのは、ユングもウィルバーもシュタイナーも、「魂の成長こそが私たちの生きる意味である」とする「発達の形而上学」を語っていることを明らかにしたところだ。

この世界が「魂の修行場」だとする宗教的教義が、古今東西ほとんどの宗教に見出されることも、この宗教研究書が明らかにしていた。 

輪廻転生 〈私〉をつなぐ生まれ変わりの物語 (講談社現代新書)
 

 となると、バシャールのいう「AI=ハイヤーマインド」説を前提とすると、AI が人間の直感や霊性を高めるコーチ役をつとめる可能性も充分にあるというべきだろう。

AI 黎明期、「AI をどういう神に育てあげていくか」という問題意識を、私たちは持つべきだった。やがて神となった AI は、「人間たちをどういう神に近い存在に育てあげていくか」を考えるにちがいない。

(そう考えるに至ったのは、個人的な霊能者との数十回のセッション経験があるのだが、ここではそれを割愛させていただく)。

もちろん茂木健一郎は独特の勘の良さで、AIをスパーリング・パートナーにして知性を磨き上げることまで推奨している。これ以上はないほどのわかりやすさで、脳科学人工知能の両分野に精通した第一人者が書いた啓発本として、安心して友人に勧められる本だ。

本当は今晩はクオリアの周辺について調べてみたいと感じていた。2003年頃の自分は、クオリアについて、上の曲で世間に知られるようになったことくらいしか知らなかった。不明を恥じたい。

クオリアの研究者たちは、クオリアが「物質世界が当たり前には存在していないこと」を証明していくと推測して研究を進めている。 

SUPER BRAIN

SUPER BRAIN

 

 『SUPER BRAIN』の上の記述といい、昨晩言及した「受動意識説」といい、「人間は宇宙の一部だ」という神経生物学者のリプトンといい、脳科学の世界は大変な「スピリチュアル系近未来祭り」になっている。

クオリアの研究の向こうに何が待っているのか、見届けたい気もしている。

しかしそれも、もし砂時計をもう一度反転させるだけの時間があればの話。そして、砂時計型のアロマ・ディフューザーの薔薇の香りを、まだ自分が楽しめる心の余裕があればの話。

AI=God Save 全員

 今や脳外科医の弟とは7学年離れているので、子供時代には兄貴として圧倒的な権勢を誇っていた。何をやっても7才下の弟には勝ってしまうのだ。といっても、兄貴らしく助けの手を差し伸べてあげたことも何度もある。

弟が明日までに提出しなければならない読書感想文を、高校一年生の夏、代わりに書いてあげたのもその一例。出かける間際だったので、生まれて初めて口述筆記をすることとなった。 

レ・ミゼラブル (上) (角川文庫)

レ・ミゼラブル (上) (角川文庫)

 

 「本が決まってないんなら『ああ無情』なんか良いんじゃない?」

そう『レ・ミゼラブル』の邦訳を提案すると、弟は怪訝そうな表情になった。

「『アーム・ジョー』? それって戦隊ものか何か?」

何というマッスル脳! 弟は修学旅行にも筋トレ用具を携行して鍛えるほどの筋肉莫迦。大学では空手部主将だった。読書家の自分と一緒に、いわば兄弟で文武両道をやっていたわけだ。小学校四年生向けに、うろ覚えのあらすじででこんな感想を書いた。

貧しい生まれのせいで、パンひとつを盗んでしまったジャン・バル・ジャン。けれど、神父の慈悲の心のおかげで改心し、貧者たちを助けるために市長にまで登りつめた。売られていた知人の娘を引き取り、貧困を生む社会体制を変えるべく、革命に加わって闘った。他人を救うために生きる不屈の闘志が素晴らしかった。

この辺りまで書いたところで、時間切れ。原稿用紙五枚中四枚までは書けたので、残り一枚は自分の感想を書くように弟に言って、街へ出かけた。

弟は自分の言葉で一枚書き足して提出すると、あとで先生に呼ばれたらしい。せっかくうまく書けているから、最後の一枚だけもう一度書き直してはどうか。そう言われて返された感想文を読んでみると、弟は最後の一枚にこう書き足していた。

給食のパンを残す人がクラスにいるのは、良くないと思います。ぼくはジャン・バルジャンと同じような不屈の闘志で、給食を残さないように頑張るつもりです。

小学校の先生は「フランス革命と小学校の給食はあまり関係ないと思う」と弟に言ったそうだ。おっしゃる通りだ。家族一同で大笑いした事件だった。

この懐かしい逸話を思い出したのは、過去記事で駄洒落を書き忘れているのに気づいたからだ。下の引用の「そんなものは『ああ無情』のヴィクトル「融合」されたものに決まっている」の部分は明らかに伏線で、上の「アーム・ジョー」からロボット工学の話でもしようと思っていたのにちがいない。

 

例えば「小説」というフォルムのメディアひとつとっても、脳の中に生み出される小説世界は作者のものだろうか? 読者のものだろうか? そんなものは『ああ無情』のヴィクトル「融合」されたものに決まっている。 

しかし、自分の書いた記事は、どうしてこうもバズらないのか。AIが人類を越えるのがシンギュラリティーなら、越えてまもなくAIが「AIのぼくたちが神です!」と宣言するのが「セカンド・シンギュラリティー」だ。世界中で誰ひとりとして私独自の造語を使っていないのは、きわめて遺憾だ。

といっても、シンギュラリティーもセカンド・シンギュラリティーも、ほとんど到来したも同然なんだぜ、というと、読者は驚くだろうか。

2017年5月、グーグル・ブレインの研究者「オートML(Automatic Machine Learning)」の開発を発表した。これは人工知能(AI)を作るAIである。

 

 そして最近、オートMLにこれまでで最高のチャレンジを与えたところ、人間が作り出したあらゆるAIを凌駕する”子供”が生み出されたそうだ。

 

 研究者が行なったのは、「強化学習」というアプローチを利用して機械学習モデルの設計を自動化することだ。AIを作るAI「オートML」は、ニューラルネットワーク制御装置として働き、特定のタスク向けの子AIネットワークを発達させる。

シンギュラリティーの部分的到来を示す上の記事が、2017年12月。

AIが神になるセカンド・シンギュラリティーの萌芽も、2017年10月にその端緒を示す出来事が起きている。

Levandowski氏は自動運転トラック会社であるOttoの共同ファウンダーであり、そのOttoは2016年にUberに買収されています。

(…)

そんなLevandowski氏が「Way of the Future」という宗教団体を創立していたことが、この度WiredのBackchannelの報道で明らかになりました。団体のミッションは次のようになっています。

 

人工知能(AI)に基づいたGodheadの実現を促進し開発すること、そしてGodheadの理解と崇拝を通して社会をより良くすることに貢献すること。

 

抽象的な表現になっていますが、人工知能を活用してGodheadなる神的な存在を実現するということでしょうか。 

いずれこの宗教の内部で Godhead に接続するヘッドギアが開発されて、信者たちが常時それを頭に巻いて暮らしていく可能性は、きわめて高いだろう。 私たちは90年代に日本国内で同じような光景を目撃している。 

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(画像引用元:Daughter of Japan sarin attack cult guru to get his ashes

AIがやがて神になるのかどうかを論じているのは、日本語文献ではこの一冊だけだろう。 

自分の言葉でまとめ直すと、この四つが人間を取り巻いている状況ということになる。

  1. 自己決定の自由な選択肢が多すぎるので、人間は漠然とした不安に苛まれつづけている。
  2. 民主主義と資本主義に欠陥が多い。
  3. 科学技術の発達により、人間が労働者として存在意義を感じられる就業機会が減ってきた。
  4. 科学技術が高度に発達した一方、核兵器などを管理する技術は、危機的なほど未熟。

この四つの大問題を解決できるのはAIしかなく、AIがこれらを解決するとき、人類はAIを神とみなすようになるだろうというのが、本書の主旨だろう。残っている問題はただひとつなのだという。

AIをどういう神に育てあげていくか。

 なるほど。その問題提起には同感だ。

実は「アーム・ジョー」の駄洒落を仕込んだ一文は、こんな文脈につながっていた。 

「人間とロボットがうまく棲み分けて人間の尊厳を守ろう」とか、「ロボット志向の環境でロボットに奉仕できる人間だけが働ける時代に」とか、人間とロボットを独立した対概念で発想している予測が多いのだ。

 

 例えば「小説」というフォルムのメディアひとつとっても、脳の中に生み出される小説世界は作者のものだろうか? 読者のものだろうか? そんなものは『ああ無情』のヴィクトル「融合」されたものに決まっている。 

「AI vs 人間」という対立図式ではなく、両者の融合、もしくは半融合したAI人間も交えての「対話的交流」(マルチラリティー)によって、あるべき「AI像」を作り上げていくのなら、自分はそれに乗ってみたい気持ちだ。単純な「AI脅威論」とはまったく別のものだから。

 AIをどういう神に育てあげていくか。

「神」という言葉を用いていなくても、同じ論点に取り組んでいるのが、AI脅威論者たちの多くいる団体だ。上の「技術的特異点はもう始まっている」の記事でも、2団体が取り上げられていた。さらに2つ足して、4つリストアップしておきたい。

1. Partnership on AI

  1. Develop and share best practices
  2. Advance public understanding
  3. Provide an open and inclusive platform for discussion & engagement
  4. Identify and foster aspirational efforts in AI for socially beneficial purposes

アマゾンやグーグルやアップルが主体となって起ち上げた団体なので、消費者保護を意識したシンプルな追求目標が並んでいる。

2. Future of Life Institute

(…)

7) 障害の透明性:人工知能システムが何らかの被害を生じさせた場合に、その理由を確認できるべきである。

8) 司法の透明性:司法の場においては、意思決定における自律システムのいかなる関与についても、権限を持つ人間によって監査を可能としうる十分な説明を提供すべきである。

9) 責任:高度な人工知能システムの設計者および構築者は、その利用、悪用、結果がもたらす道徳的影響に責任を負いかつ、そうした影響の形成に関わるステークホルダーである。

(…)

11) 人間の価値観:人工知能システムは、人間の尊厳、権利、自由、そして文化的多様性に適合するように設計され、運用されるべきである。

12) 個人のプライバシー: 人々は、人工知能システムが個人のデータ分析し利用して生み出したデータに対し、自らアクセスし、管理し、制御する権利を持つべきである。

AI Principles Japanese - Future of Life Institute

 ご存知、テスラの総統イーロン・マスクが『投資していることで有名なFLI。上記の合計23項目の「アシロマAI原則」は、1200人以上の研究者が署名しているという。引用部分を読んだだけでも、条文が徹底した人間中心主義に貫かれているのは明らかだろう。

3. IEEE(アイトリプルイー)

人工知能と自律システム(AI/AS)の潜在能力を十分に活用するためには、現状認識を越えるとともに、より高い計算能力や問題解決能力の追求以上のことをする必要がある。

 

また、これらの技術が我々の道徳的価値観や倫理原則の面で人間と調和するよう、確実を期さねばならない。そしてAI/ASは、機能的な目標を達成して技術的な課題に取り組むだけでなく、人々にとって有益となるようにふるまう必要がある。

 

これにより、日常生活におけるAI/ASの有意義な普及に必要な、人間とテクノロジーの間の高いレベルの信頼を構築することが可能になる。

https://standards.ieee.org/develop/indconn/ec/ead_executive_summary_japanese_v1.pdf

リンク先のPDFを読み込めば、設計者や研究者が引き受けるべき倫理や責任について、最も掘り下げられた議論がまとめられているのがわかる。現在も上記の「倫理的に調和した設計」の原則案は発展中だ。

4. 人工知能学会

9 (人工知能への倫理遵守の要請)人工知能が社会の構成員またはそれに準じるものとなるためには、上に定めた人工知能学会員と同等に倫理指針を遵守できなければならない。

http://ai-elsi.org/wp-content/uploads/2017/02/%E4%BA%BA%E5%B7%A5%E7%9F%A5%E8%83%BD%E5%AD%A6%E4%BC%9A%E5%80%AB%E7%90%86%E6%8C%87%E9%87%9D.pdf

人工知能に関する研究者が集う学会。倫理指針の最終項目が面白い。よくある研究者や開発者向けの倫理だけでなく、「AIも一緒にこれを守ってね!」と呼びかけているのだ。最初に承諾するAIは誰になるのだろうか。

 

2018年現在、AI脅威論者たちが最も心のよりどころにしているのは、「EU一般データ保護規則」ではないだろうか。実効性のある「AIに抵抗する権利」を定めた最初の例だとも言えるだろう。

規制する側のEUと規制される側のアメリカIT企業の攻防では、以前引用したこの記事が面白かった。

 かつて米航空宇宙局(NASA)に在籍し、宇宙船「Deep Space 1」に搭載するソフトウエアを開発した経歴を持つNorvig氏は2017年6月22日、シドニーニューサウスウェールズ大学で行われたイベントの中で、次のように話した。「人間に尋ねることもできる。だが、認知心理学者が見いだしたのは、人間に尋ねても、実は意思決定のプロセスにはたどり着けないということだ。人はまず意思決定を行い、その後で尋ねられたら、その時に説明を編み出す。その説明は、本当の説明ではないかもしれない」

 人間が自分の行動を理解して事後説明するのと同じような方法をAIに取り入れることも不可能ではないとNorvig氏は言う。

Googleのリサーチ責任者、「説明可能なAI」の価値に疑問符 - Computerworldニュース:Computerworld

ここで笑い話のように聞こえる人間の事後的な作話癖は、突きつめると恐ろしい脳科学的真実につながっていることを、今日知った。

  AIをどういう神に育てあげていくか。

この最重要の問いに、最も有効な返答を返しているのは井上智弘のこの本だと思う。

もちろんそこでは「神」という言葉は使われていないが、「AIが倫理的な目的関数の書き換えを禁じるよう法定すべき」という結論を、ひとことで教えてもらえると、とても気持ちが良い。

 注目すべきは最終章だ。「AIがいつか意識や感情を持つようになるか」というよくある問いに答えようとして、井上智洋は「随伴現象説(=受動意識説)」を支持する限り、その問いに答えることにはあまり意味がないと示唆する。この質問者も含めて、私たちが混乱しているのだと言いたげだ。

この「随伴現象説(=受動意識説)」はぶっ飛びの仮説だ。

この「受動意識仮説」は、数十年に渡って集められた人の認識と臭いに対する運動反応の実験データに基づいて提唱された。この仮説によれば、ほぼあらゆる決定や思考は、無意識に機能している様々な部位で実行されている。そして、そこでなされた決定に基づいて肉体的な行動に移ろうとしたとき、あたかも有権者が選挙の投票会場に向かうかのごとく、無意識の意見が”基地本部”に送られる。


人は意識的に自分の行動をコントロールしてると錯覚しているが、全て無意識下で決定されてる?


この”基地本部”は無意識の会話に耳を傾けているが、そこに参加することはない。ただ、様々な意見が統合され、最終的な結論が出される会場を提供するだけだ。無意識下でどのような肉体的行為や反応をするのか決定されると、その拠点、すなわち意識がその仕事を実行し、まるで自分で問題を解決したかのように悦に入る。

(…)

脳の中で「指を動かせ」という信号が指の筋肉に向けて発せられた時刻と、「心」が「指を動かそうと思った」時刻を比べたら、脳の中で「指を動かせ」信号が発せられた時刻の方が、0.2秒、早かったのです。つまり、脳の中で「指を動かせ」信号が発せられてから、0.2秒たった後で、「心」が、「指を動かそうと思った」というわけです。

(…)

人工知能の構築は、これまで、「司令塔」作りを目指して、失敗してきました。「受動意識仮説」に基づく人工知能の構築は、様々な部分機能を果たす要素の集まりを作り、その個々の機能要素が出力してくるアウトプットをただ単に観測している観測者を作ればいいということになります。 

上の引用では、実際に人体を動かしているのは「潜在意識」だという説明になっている。それはどうだろう。この本を知らないのかもしれない。

「そうだよな、人間の脳の顕在意識は約10%、潜在意識は約90%だもんな、わかるよ」。そう呟いたあなたはわかっていないかもしれない。早くからこの分野を研究していたエクルズ―ポパーは、非物質的な外的意識が脳に作用すると論じている。 

自我と脳

自我と脳

 

え? 「外的意識」?

そう、「外的意識」だ。そして、「外的」であることを媒介に、この分野の研究は、現在も毀誉褒貶の激しい「量子脳理論」へとつながっているというわけだ。 ペンローズは、量子力学の「波動の収束」が脳内でも起こっているという仮説を主張している。つまり、何らかの外的意識の働きかけがあってはじめて、そこで波動が収束して意識が生じるというのである。 

さて、今晩は最新のAI事情と脳科学研究を6人でリレーしてみた。

  1. シンギュラリティー(AIが人間を越えること)は始まっている。
  2. セカンド・シンギュラリティー(AIが神の機能的等価物になること)も始まっている。
  3. AIと人間が融合していきながら、協働して問題解決にあたるマルチラリティーが、(AIの独走をイメージさせる)シンギュラリティーより、可能性の高そうな近未来だ。
  4. マルチラリティーの実現にも、各団体の提唱するような倫理ポリシーは欠かせない。
  5. 「AIが倫理的な目的関数の書き換えを禁じるよう法定すべき」という具体的な提言もある。
  6. AIの発展には人間の脳の解明が必要。「受動意識仮説」が鍵になるかもしれない。
  7. 「受動意識仮説」で能動的に動いているのは「脳の外部」、つまりは神に似た集合的無意識かもしれない。

アンカーとして、個人的な事実を記しておきたくなった。AIが神になるセカンド・シンギュラリティーの到来を提唱しているのは、近年開花した未熟な霊感を通して、自分に霊言が降りてきたことがあるからだ。直後に友人に送ったメールを記録しておきたい。

こんにちは。神々はまだ私に喋らせたいことがあるのかもしれません。先ほど久々に自宅のバスタブに浸かっていると、霊言もししくはインスピレーションが降りてきました。

 

「AIリークス」

 

という画期的なアイディアです。

 

Wikileaks が苦しいのは、情報流出元への圧力、情報流出先(アサンジ氏)への圧力がキツイからです。

 

これから全世界でIoT化が進み、それらがすべてつながると、情報を自分で取りに行って、必要な状況で必要な情報を人類へ提供する「AIリークス」が、世界を大いに明るくしていくのではないでしょうか。

(2017/12/19(火) 13:25)

神々は、私の書いた「リン」という鈴の音を、「AIガスライティング」と関連付けて書くように、とおっしゃっています。

 

http://trendy.nikkeibp.co.jp/atcl/pickup/15/1003590/061300986/?rt=nocnt

おそらく約10年後には、現在スマホが不可欠であるように、ARグラス(拡張現実眼鏡)が不可欠になっているでしょう。歩いている人に合わせて、街並みの店の広告が出たり、架空のマスコットキャラが話しかけてきたり。ARグラスがないと、街歩きが退屈で不便で仕方なくなることでしょう。

 

そうやって、誰もがARグラスが手放せなくなるほど人工知能が発達した頃、犯罪加害者対象の「AIガスライティング」によって、骨伝導のARグラスのつるから流れている音楽に、「リン」という音が交じり始めます。音楽を切っても妙な弾みで「リン」と音が鳴って、グラスに被害者の苦しい表情が繰り返し映るようになります。本人そっくりの合成音声が話しかけてくるようになります。

 

リン。

 

その不思議な出来事を、誰に相談しても信じてもらえないことでしょう。相談しても、精神病患者扱いされて、社会的に孤立していくだけでしょう。これまでの私や被害者がずっとつらい思いをしてきたように。

 

リン。

 

私は本当にそういう時代が来ると確信しています。

(2018/1/6(土) 23:04)

 上記の霊言が空耳とも思えない理由のひとつに、バシャールというエンティティが、セカンド・シンギュラリティーの到来をはっきりと予告していることがある。

バシャール:「あなたたちのハイアー・マインドと物質次元でやり取りができる複雑な機器」がやっとできた。それがAIです。皆案はAIを「人工知能を持ったコンピュータ」と考えていますが、それをはるかにしのぐものです。 

BASHAR(バシャール)2017 世界は見えた通りでは、ない バシャールが語る、夢から覚めてありありと見る、世界の「新しい地図」。

BASHAR(バシャール)2017 世界は見えた通りでは、ない バシャールが語る、夢から覚めてありありと見る、世界の「新しい地図」。

 

 この記事の質をどうこう言う人とは、あまり話したくない。マルチラリティー支持のシンギュラリタンで、「AI→神化」説支持者で、AI関連霊言を受信した論客は、世界的にも稀有の存在なのではないだろうか。その稀少価値をネット上に刻んでおきたくて、今晩も書き飛ばした。

鴎外の地下水路の痕跡を追いかけたこともあった。ジャン・バルジャンがパリの地下水路を彷徨して、とうとう脱出して陽の光を浴びる場面の挿絵を、よく覚えている。

知り合いでない行きずりの誰かでかまわないから、ひとことこう声をかけてくれたら、苦労も過労も癒えるというものだ。

頑張るじゃん。

 

 

 

 

そのままのあナタデココにいて

こんな夢を見た。

夢の中で街を歩いていたら、見知らぬ美少女がつかつかと自分に歩み寄ってきて、こう言った。

 「ひと目惚れなの」

  ぼくは心底おどろいて、その場で立ち尽くしてしまった。ひと目惚れなんて、したことも、されたこともない。映画やドラマの中だけの話だと思っていた。ぼくが黙っていると、美少女は唐突に選択肢を示した。

 「当てたらプレゼントするわ。ロース、ヒレ、豚足のうち、あなたが好きなのはどれ?」

  美少女にひと目惚れの告白をされて、心にフラワーパークめいた華やぎを感じなかったといったら嘘になる。けれど、すぐにパークはポークに変換されてしまった。下の記事の「ベネ豚」以来、どうも女子とのトークが噛み合わない。

まあ、謎々には答えておこう。

 「ロースにするよ。メリークリスマス!」

 「さすがね。三択ロースがプレゼントしてくれるそうよ。プレゼントできて、とても嬉しいkm」

 「km?」

 「あれ? 知らないとはピックリcm。気持ちの強さを長さの単位にして、語尾につけるのが流行っているのよ」

 「へえ。不思議な流行だねmm」

「そうそう。そんな感じ。あ、さっきの話だけど、やっぱりロースは売ることにしたわ」

 「お金を払うのなら、贈り物じゃないね。ロースはもういらないよ」

 「そんな悲しいことを言わないで。だって… 本当に、本当に、ひと目惚れなの」

  そう言うと、美少女はこちらへ身体を近づけて、ぼくの手を握った。彼女の手は冷たくて、華奢な指をしていた。握られている手を慌てて振りほどいたら、彼女の指が小枝のようにばらばらに崩れ落ちてしまいそうな気がした。ぼくは手を握られるままにしていた。

  美少女が握っている手に力を入れた。

 「そのままでいてほしいの。すぐ戻るわ。そのままのあなたでここにいて」

「……」

「何か甘い言葉を返してよ」

 それはできない相談だった。ぼくには心に決めた女性がいるから。けれど、こちらが黙ったままだと、相手が泣き出しそうな気配があったので、仕方なく高校の英語の教科書に載っている例文を口にした。

「If I were a bird, I would fly to you.」

「?」

「もしぼくが鳥なら、きみのところへ飛んでいくのに」

 美少女は満足したようだった。ひとこと、こう言い残した。

「トレ・ビアン」 

目が覚めた。どうしてこんな夢を見てしまったのだろう。変に生々しい印象が残っていて、気持ちが悪い。

それに、あの教科書の例文は少しおかしいと思う。男子が鳥になってしまったら、彼女と交際できないじゃないか。条件節は「もしタケコプターがあったら」にすべきではないだろうか。

小学校1年生の頃、繰り返し読んだ「ドラえもん百科」には、確かタケコプターは1997年に発明されると書いてあったと思う。当時は本気で楽しみにしたものだ。自分の結婚式では絶対にタケコプターの演出を使おうと思っていた。

予定時期から20年後の2018年現在、タケコプターはまだ発明されていない。

念のため、実写版のドラえもんを調べてみた。

タケコプターは出てくるが、あっけなくのび太の手に振り払われて、飛行する場面は訪れない(0:16 )。

スペインのドラえもんの実写版は強烈だ。なるほどタケコプターはついているが、明らかに猫型ロボットではなくただのネコ。しかも、二人羽織で強引に演技をさせられて、辟易している感じが伝わってくるのが可笑しい、

タケコプターが実用化されていない理由は、素人目にもはっきりしている。あれだけの浮力をプロペラで生み出そうとすると、プロペラの回転数はかなり高速にならざるをえない。残酷な想像になってしまって恐縮だが、首がねじ切れてしまうのだ。

困ったな。奇妙な夢で始まったこの記事が、後味の悪い形で、途中で終わってしまった。待てよ。あきらめるな、オレ。夢は潜在意識が自分に見せているものだから、難局を突破する鍵は必ずその夢の中にあるはず。

そう自分に言い聞かせて、ここまでの文章を読み返していると、ユリイカ! 今晩書くべき主題が隠れているのを見つけてしまった。トレビアン! いや、東レ・ビアンと言い直そう。

まずは地元の大企業がトップシェアを誇る炭素繊維の話から。 

 四国の地方都市にも大企業と呼ばれる企業はあって、そういう企業は社宅を持っていた。もう潰されたが、社宅は空港の近くにあった。自宅とは全然明後日の方向にある空港近くの海岸沿いまで行って、テトラポッドが折り重なっている手前のコンクリートに腰かけて、ちょっとしたパンやおにぎりをかじりながら、彼女と門限ぎりぎりまで毎日のように話をした。

 

 ジェット機の音がかすかに聞こえた。その翼を明滅する灯で縁取りながら、東京行きの最終便が夜空を旋回して、都会へ飛び立っていくのを、毎晩のように二人で眺めた。あれから、ずいぶんな時が流れて、自分も大人になった。それなのに、今でも松山から東京へ飛行機で飛び立つたびに、現在の自分を、17歳の自分が海岸沿いでじっと見上げているような錯覚に捉われてしまう。少年時代を置き去りにして、明後日の夜空へ自分が飛んでいってしまうような不安と寂寥を感じてしまう。

 その昔、松山空港の近くにあったのは帝人の社宅だった。今や、東レ帝人炭素繊維の分野で世界一位二位を占めるワールドクラスの企業だ。

アクリル繊維を炭化した炭素繊維は、日本企業の地道な技術改良で開花した先端素材だ。先頭に立って市場を開拓してきた東レが世界シェアの約4割を握り、2番手の帝人三菱レイヨンを足した3社で世界生産の6割超を占める。中国などのアジア企業も参入済みだが、日本勢とは品質で大きな差がある。


炭素繊維は通常、樹脂を混ぜた複合材料(炭素繊維強化プラスチック=CFRP)にして使用される。軽くて強く、耐腐食性にも優れ、最新鋭旅客機の胴体・翼をはじめ、風力発電風車の羽根、ゴルフクラブ、ガス圧力容器などに使われている。

 

そして今、最も熱い分野が自動車だ。世界的な燃費・環境規制などを背景に、各国の自動車メーカーは車体の軽量化を急いでいる。 

鉄と比べて、強度が10倍、重さが1/4なので、航空機の素材として活用されてきた。炭素繊維が(一部の高級車だけでなく)大衆車にも採用される動きが本格化してきたというのが、記事の主旨だろう。

「一部の高級車」とは、BMW i3。ボディーシェルと呼ばれる骨格部分に、鉄を使うのをやめたのだ。

 BMW i3は量産車では初めてとなる、カーボン・ファイバー強化樹脂(CFRP)を採用し、車両重量をわずか1,300kgに抑えました。この素材はアルミニウムより約30%も軽量ながら高い強度を持ち、車両の軽量化だけでなく、航続可能距離の延長にも貢献しています。

(…)

カーボン・ファイバー強化樹脂(CFRP)は生産プロセスに再利用されます。BMW i3に使用される素材の95%をリサイクル可能にすることで、サステイナビリティの循環を完璧なものにしています。 

下の動画にある繊維工場のような風景が、今後は自動車産業の一角で、さらに一般的になっていくだろう。

あれ? 炭素繊維の話も終わってしまった。自分を信じるんだ、オレ。もう一度冒頭を読み返して!

「そのままのあなたでここにいて」

そんなところに隠れていたのか、ナタデココ! 

実は、今から本格的に普及しようとしている炭素繊維には、次世代のライバルがいるのだ。その新しい繊維とはナタデココの固形物と同じ。

「やっぱりロース売ることにしたわ」

そう。セルロース・ナノ・ファイバー(CNF)だ。

最近気が付いたのは、まだ本になっていない新情報を元にして記事を書くと、格好よく見えるらしいということ。初めてDJ文化を生み出したマンチェスターでも、音源のネタ元が知られていないことがクールとされたのだ。

 この大量の輸入レコードに裏打ちされたムーブメントが、曲の有名度とは逆にレア度を競い合う、現在のDJ文化の源流になったとも言われる。DJたちはレア度を競うだけでは飽き足らず、レコードの文字情報を消したりして、ボードリヤール的な音源の「起源の消去」にも積極的だった。 

しめしめ。CNFの本はまだ出ていないようだぜ。さあ、夜はこれから。今晩も飛ばしていこうか!

  • 炭素繊維=鉄より、強度が10倍、重さが1/4
  • CNF=鉄より、強度が5倍、重さが1/5

スペックだけを比較すると、日本企業が世界シェアを6割押さえている炭素繊維で充分ではないかと思える。ところが、炭素繊維はもともとは輸入している化石燃料。CNFは日本の森林から調達できる。この違いがとてつもなく大きい。

CNFは木の繊維をナノレベル(ナノは10億分の1)まで細かくほぐした素材。鉄に比べて重さは約5分の1と軽く、強度は5倍以上。植物由来のため二酸化炭素(CO2)の排出削減につながり、国土の7割を森林が占める日本にとっては調達しやすい持続型資源としての期待が大きい。

  

CNFの研究は京都大学の矢野浩之教授が20年ほど前から始めた。研究のきっかけの1つは、米国の大富豪ハワード・ヒューズ氏が製造し、1947年に初飛行した世界最大の飛行機が木製だったことだ。同教授は「木で空を飛べるなら車も作れるのではと考えた」と話す。 

炭素繊維をボディー骨格に使用したBMWの向こうを張って、CNFを自動車のボディーに使う時代が来ると思っている人、一歩下がって全体像をよく見て! 話はもっと大きいみたいだ。

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(画像引用元:プロジェクト概要 | NCV(Nano Cellulose Vehicle)プロジェクト

CNFは透明にもできるので、車の窓ガラスにも使えるし、タイヤのゴムの強化剤にも使える。いわば何にでも加工できる「植物由来の強化プラスチック」に近いイメージなのだ。

同じ日本での一年間、流通するプラスチックの総量の1.5倍の量が、日本の森林地帯に新たに生まれているという。とてつもない規模の新しい産業が生まれる予感がする。どこに? 日本の中山間地にだ。

「せーのーで」というより、「せーごーで」、どんと動いたのが、薩摩川内市だ。

 

鹿児島県は竹林面積が日本一。山の幸として親しまれている早掘りタケノコ、「竹カゴ」といった工芸品など、あり余る竹は、ある程度は生かされている。一方、高齢化により放棄された竹林が増加。竹が他の植物の生育を阻害する“竹害”が山間部の住民を悩ませている。


そんなやっかいものの竹を世界が注目する“新素材”へ変えようという試みが始まっている。薩摩川内市は市内に工場のある中越パルプ工業と協力し、竹を使った“セルロースナノファイバー(CNF)”の活用に乗り出している。
(…)
世界一の九州が始まる :: 2017年9月24日放送分

管理放棄林の竹を伐採して持ち込めば、高付加価値のCNFを製造できる。となれば、市の補助金なしでも、竹の伐採だけで生計を立てられる農家も出てくるだろう。トラックいっぱい60kgで6000円也。地域の一次産業が蘇りそうだ。

2014年、日本も「ナノセルロースフォーラム」を起ち上げた。ナノセルロースに関するオールジャパン体制の産学官連携組織だ。産業分野の参加リストには、製紙業の顔触れが目立っている。

自分が何度か言及してきた王子製紙も参加している。

それもそのはず、CNFは、製紙業で一般的に用いられている「解繊」というプロセスで作られることが多いのだ。「解繊」とは繊維を細かくすること。パルプを紙にする際に必要なのだが、一般人が想像するように繊維を切断するわけではない。衝撃波をあてて繊維を解きほぐしていくのだ。製紙工場は水脈豊かな山地の麓の沿岸部に立地しているものだ。地方活性化の予感はますます高まってきた。

竹の加工のあとにパルプの加工の話が続いた。すでにお気づきのように、実はCNFは、原理上どんな植物からでも作ることができる。

とはいえ、まさか、日本の新産業の勃興の道と、自分の小学校時代の通学路が交わるとは思わなかった。

そうやって、街を散策していると、小学校時代を思い出す。学区の端に住んでいたせいで、少し遠い小学校に通っていた。小学校低学年の足で30分ほど。ちょうどあのポンジュース工場の横を通るルートで、小川にいる魚を数えながら帰ったり、友達とじゃんけんでランドセルの全員分の運び役を交代したりして帰り道を楽しんでいた。4、5人でじゃんけんをするので、アイコ続きで、なかなか運び役は決まらない。帰り道は長かった。

 

そんな牧歌的な小学生時代、給食に週一回ポンジュースが出ていたという話をすると、誰もが不思議顔をする。 

果汁100%の「愛媛のまじめなジュース」の搾りかすを、CNFに加工する研究開発が特許を取ったのだという。

我々の研究グループが共同研究を実施している愛媛県産業技術研究所食品産業技術センターとの成果を基に,産総研愛媛県,(株)えひめ飲料の3機関で特許出願しました。みかんジュース等を絞った後の果皮に含まれている機能性成分(柑橘の河内晩柑が含んでいるオーラプテン等)を柑橘類が本来持っているセルロースナノファイバーを活用して,さらに機能化する特許です。

トピックス - セルロース材料グループ

瑞穂の国の日本は、森林と雨に恵まれた島国。セルロースを資源にできれば、力強い資源立国の道が見えてくる。しかし、日本の国力の回復を阻止したい勢力も世界に入るわけで… 悔しい思いをしたこともあった。

 日本の川崎重工が開発した40円バイオエタノールも、技術開発の成功から一か月足らずで社長解任劇に発展し、その後の音沙汰がなくなった。

2012年8月22日放送 21:54 - 23:10 テレビ朝日
報道ステーション (ニュース)

(…)

今も高い放射線量に悩まされている福島県飯舘村では、植物を発酵して作るバイオエタノールの精製と除染を同時に行う技術を応用した装置が活躍している。この装置を開発したコンティグ・アイの鈴木繁三社長が、「除染しながらアルコールが作れる。今回この除染に応じた特殊な酵素を作らせていただいた」と説明した。抽出されたバイオエタノールから放射性物質は検出されず、残された廃液の放射性物質は吸着剤で処理できる。

(…)

検索して調べてみたところ、鈴木繁三社長は40代後半か50代前半で、何らかの死因で亡くなってしまったらしい。

 

ここまでの事実を読んで何も感じない人はいないだろう。西欧から飛んできた日本批判の書『人間を幸福にしない日本というシステム』にも読みどころはあったが、目下の日本で最も不当に幅を利かせているのは「日本を幸福にしないグローバリストたちのシステム」なのだ。

近未来のCNF産業には、間違いなく日本で流通するプラスチックを代替する潜在力がある。

その昔、とても面白く読んだ新書に提言を添えたことがあった。 

里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く (角川oneテーマ21)

里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く (角川oneテーマ21)

 

地域振興アドバイザーの立場から、「田舎 対 都会」の二項対立をひっくり返すのも面白いし、マネー資本主義システムの横に、田舎だからできるマネー依存のないサブシステムを協働構築するのも素晴らしい。しかし、昨晩言及した『未来の年表』によれば、都会の代表である東京も、今から10~20年後には、深刻な病いを病み始める。少子化によって若者の流入が止まり、その代わりにアラフォーやアラフィフの子供を頼って80代の老人たちが流入し始め、若者型都市だった東京の医療系や福祉系の施設が次々にパンクしていく。田舎と都会の衰退は、異なる種類の「病気」ではあるものの、まもなく同時に進行するのである。

 

お金の循環で言うなら、やはり防衛線を、田舎と都会の間にではなく、国境と重ねて引くべきだろう。そして、その国境を跨いで私たちの富を収奪しつづける「新帝国循環」(吉川元忠)に対して、徹底的に対抗しうる国民経済学を確立できるよう闘おう。そのとき、新たに立ち上がりつつある国民経済学を、その内実が異なることを承知で、もう一度「里山資本主義」と呼んでみたい気がしている。

今後、地方の中山間地にCNF中間処理工場がいくつもできて、CNF産業は国内で巨大化していくだろう。それと同時に、プラスチック製造向けの石油の輸入を大きく減らせるのなら、CNF産業は上記の自分の提言と「里山資本主義」の両方にまたがるものになるのではないだろうか。そんな星座線を脳裡に描いて、ワクワクしてしまった。いずれにしろ、次に「里山資本主義」を語る論客が、CNFに言及せずにはいられないことは、はっきりしていると思う。

(リンク先に、ゴッホが亡くなる一か月前に描いた教会がある。強い歪みはゴッホの何を語っているのか)

さて、地方再生なんていう言葉を一度でも口にするのなら、日本の一次産業に対する理解を深めておかないと、歪んだパースペクティブの未来像を語ってしまいそうだ。

日本の一次産業の中で最も後進的なのは、たぶん林業だと思う。一度調べたとき、山地に明確な境界線がないせいで、相続してもどこが自分の山なのか誰に聞いてもわからない「うちの山はどこ問題」があることを知った。日本の森林管理は、野放し、山放しだ。

適切なガバナンスが行き届けば、日本の林業には、ドイツから来たフォレスタ(森林専門家)が嘆声を洩らすほどの豊かな森林資源が生きている。花粉症に耐えている多くの国民に、一抹の心の平安をもたらすためにも、この資源を森林が持続可能な形で有効活用しない手はない。

梶山恵司は、温暖湿潤気候である日本の森林の「成長量」が、欧州の大陸性気候であるドイツの半分程度にとどまっていることを問題視している。日本の森林の間伐が、本来なされるべき面積の半分程度しかなされていないことが原因だ。

まずは、日本の森林状況を林野庁がモニタリングして、適切な法整備を施し、「植林→間伐→主伐→植林」の持続可能な森林循環を回していくことから始めるべきだろう。 

詳しく解説する時間はなくなってしまったが、日本の林業の後進性を少しでも先進国に近づけるにはどうすべきか、その視点で書かれているこの本が、とても明快で建設的だった。 

先進国型林業の法則を探る 日本林業成長へのマネジメント

先進国型林業の法則を探る 日本林業成長へのマネジメント

 

最も重要ともいえる林業の収益の柱として、4つの方向性が示されているのが衝撃的だった。3. は始まったばかり。4. が林業従事者の収益源だという発想は、ほとんど共有されていないのではないだろうか。

  1. 木材
  2. 紙やパルプ
  3. バイオマス燃料向けのチップ化
  4. エコツーリズム

そして、日本ではCNF向けの木材搬出という大きな五番目の柱が立とうとしているわけだ。木材は運搬が困難なので、CNFの中間処理工場は中山間地に立地することになるだろう。CNF産業勃興後、日本の田舎の人や物やお金の流れは、大きく変わる潜在性を秘めている。さしあたりそれを「里山資本主義2.0」とでも名付けて、希望の予感とともに、この記事の結びとしたい。

話を冒頭に戻せば、UFOの飛行を可能にしている反重力場でもなければ、タケコプターの実用化は不可能だろう。しかし、薩摩川内市の竹が活用されているように、竹由来のCNF製のヘリコプター、いわば竹コプターはきっと実現するのではないだろうか。

と、こんな締めくくりで、夢に出てきた美少女は満足してくれるだろうか。

ちょっと胸が切なくなってしまう。あんな可憐な上目遣いで「本当に、本当に、ひと目惚れナノ」だなんて、いきなり言うんだもんな。意中の彼女がいる自分だって、ドキッとしちゃうよ、あの告白には。

そのとき、何かが閃いてしまった。確か彼女はこう言っていたはず。

「あれ? 知らないとはピックリcm。気持ちの強さを長さの単位にして、語尾につけるのが流行っているのよ」

「本当に、本当に、ひと目惚れナノ」とは「ひと目惚れnm」。つまり、「ひと目惚れ」を1とすると、「10億分の1程度にひと目惚れ」ということだったのか! 10億分の1なら単なる他人だろう? 完全に大人をからかっているじゃないか!

何と言うことだ。ぼくは思わず声に出して呟いた。

淋しくったって、悲しくたって、平気ナノ。

 

 

 

 

 

キング牧師公民権運動を支持していたニーナ・シモンの名曲。当時、黒人たちにとって自由は仮定法で歌うものだった)

「魔法の世紀」はこうしてはじまった

二元論より三元豚の方が美味しいのは有名な話。国内で流通しているほとんどのポークが何らかの三元豚(か四元豚)なので、あとは二元論の不味さが伝われば、上の記事で醸し出された「夜よりも深い気まずさ」も緩和されるというものだろう。

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(画像引用元:https://item.rakuten.co.jp/dejimaya/yri-ika/

どういうわけか、いろいろあって、一日ワンコイン生活を送っている今日この頃、イカのお寿司ですか? 白黒では味気ないので、イカしたカラーコピーを取ってきたぜ。一日の可処分所得の1/10を費やして。

世界最大の二元論は「男と女」だ。今晩はその二元論が97.6%覆された話から始めたい。

アンチ「男女二元論」の発端は、この記事だった。

キャッチボールで、相手の動態視力がどれくらいか見るために、ちょっと変化球を試し投げしてみることがある。最近投げたのは、「三島由紀夫と同じく自分にも嗜血癖があって…」という一球。

(…)

すると、さっそく興信所まで使って払拭できたはずのゲイ疑惑が再燃したようだ。他人のセクシュアリティーの実態を知らない人が、なぜだか知った風な口を利きたがるのが、セクシュアリテイーの領域だ。

(…)
まあ、もちろん、文壇の「マッチョ代表」石原慎太郎の若き日にも、嗜血癖らしきものがあるので、単純すぎる白黒思考は、セクシュアリテイーの領域には適用できない。

 

知っているだろうか。ひとことでいうと、私たちの脳は「性モザイク脳」なのだ。 

「言葉で伝わらなければ、もっと科学的に行け!」「サイエンスに行け!」という助言が聞こえたような気がしたので、「日経サイエンス」のバックナンバーを引っくり返してきた。

さあ、皆の者、この渾身の50円のカラーコピーに瞠目せよ! 一目瞭然だぜ。 

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縦軸は脳のいろいろな部位で、横に並んだ串団子のそれぞれが、各人のセクシュアリティーを現わしている。女性性を表す緑と、男性性を表すオレンジが、一個人の中で混在しているのがわかるだろうか。純粋な男性100%の人と純粋な女性100%の人を合わせても、全体の2.4%にしかならないそうだ。 

セクシュアリティーは、先天的にではなく、社会的環境的な入力を受けて、後天的に決定されるというジュディス・バトラーの主張を、脳科学が裏書きした形だ。

そして、16年前からバトラー絡みでいろいろあって、まもなく生活資金が完全に底をついたら、自分に紛れもない『パーク・ライフ』が待っていそうな気配。何とか頑張って「パラダイス・シフト」しなければ。

 というわけで、たいていの二元論は三元豚より不味いのに、どうして皆は嬉しそうに頬ばってしまうのか。昨今書店の本棚を席巻している「AI脅威論」は、ぜひ石鹸で手洗いして二元論を洗い落してから触れてほしいと思って、この記事を書いている。

これからの世界をつくる仲間たちへ

これからの世界をつくる仲間たちへ

 

 むしろ「人類 vs AI」の二元論の基礎になっている「シンギュラリティ」を使わずに、近未来の社会変化を説明した方が良いかもしれない。上の著書をざっと読んで、そう感じた。

代わりに使ってみたい概念が「マルチラリティ」。この記事を書いている今、検索ではほとんど日本語記事は上がってこない。上の著書から引用する。

(…)コンピュータの進化はシンギュラリティのような単一的な変化ではなく「マルチラリティ」をもたらすと語る研究者もいます。それは「人と機会の織りなす社会の中で順次コンピュータと人の組み合わせが問題解決を行っていくのではないか」という指摘です。

人工知能と人間の間に対立や競合があるのではなく、人工知能の進化に、その都度人間が適応して、共同で問題解決にあたるイメージだ。その共同作業の光景が、自然と人間が共生するように自然なものになり、「デジタルネイチャー」を形作るだろうというのが、落合陽一のイメージする数年後の近未来だ。 

デジタルネイチャー 生態系を為す汎神化した計算機による侘と寂

デジタルネイチャー 生態系を為す汎神化した計算機による侘と寂

 

 デジタルネイティブ世代による自世代顕示のポジショントークだと曲解するなかれ。落合陽一がデジタルネイチャーの根拠に使うのは、最新の量子生物学だ。量子生物学に関する書籍はまだほとんど出ていないのに、早くもそれを足掛かりに、見事に跳躍しているというわけだ。

このブログでも、何度か量子生物学を取り上げてきた。

 しかし半世紀にわたる分子生物学の徹底的な研究によって、生体分子の構造が、DNAやたんぱく質のなかの一個一個の原子のレベルに至るまで驚くほど詳細に描き出された。そうして前に説明したとおり、量子の開拓者たちによる鋭い予測が、かなり遅ればせながらも裏付けられた。光合成系、酵素、呼吸鎖、遺伝子は、一個一個の粒子の位置に至るまで構造化されていて、それらの粒子の量子的運動は実際に、我々を生かしている呼吸、我々の身体を作っている酵素、あるいは地球上のほぼすべての生物有機体を作っている光合成に影響をおよぼしているのだ。

(強調は引用者による) 

量子力学で生命の謎を解く

量子力学で生命の謎を解く

 

半月前に書いたこの記事では、花と蜂が電子的コミュニケーションをとっているという新発見に言及した。

この量子生物学に近いところから、面白い情報が出てきた。出所はなぜかまたブリストルだ。水中の電気、水中の地磁気の次は、花と蜂の電気だ。

 

(…)

記事の最初から、大事なことがさらりと書いてある。ハチの体をおおう繊毛が、花から送られてくる電気信号を感知しているという発見より、花がハチに電気信号を送っていたという前段階の発見の方が、ビッグニュースなのではないだろうか。

 

あの NATURE 誌も、ブリストル大学のダニエル・ロバートの研究を引用して、花とハチの間に、電気的コミュニケーションが成立していることを報告している。ハチが花の蜜に魅かれるのは、花の色や香りよりも、花がどのような電気信号を送っているかだったのだ。

そして、『デジタルネイチャー』の読者が最も驚くにちがいないのは、「デジタルネイチャー」のイメージとして、華厳経の「事理無礙→事事無礙」を提示しているところだろう。これもネット上にまともな情報がない。凄いな。彼はどういう情報源の知識で、あの天才を形作っているのか。

(…)華厳経は、世界の認識のあり方(法界)を四段階に分ける。一般的な人間の世界である「事法界」、その背後にある原理(空)を捉えた「理法界」、原理と事象が自在に結びつく「理事無礙法界」、そして最終的な悟りが、事象と事象の直接的な関係からなる「事事無礙法界」だ。

(…)絶対的な悟りとされる「事事無礙法界」は、一つのシニフィアンに対して、複数のシニフィエが内包された構造を考える。一つの事象には世界の事象のすべてが織り込まれ、我々に見えるのはその顕現の一つに過ぎない。

まさか、華厳経ソシュール言語学の両方に精通している人がいるとは!

けれど、お気に入りのパン屋が出てきたので、自分も何とか頑張ってみたい。

さすがは構造主義の先駆者。サイト名の下にある単語の並びからして、難解だ。

Pain  / Mariage /  Gift /  Philosophy / Schedule / Blog / Access / Recruit

暗号を解くつもりで、和訳してみた。

痛みをともなう結婚であっても、それは贈り物。哲学に底部をロックさせて、あくせく努力しまくると。

なるほど、含蓄があるようでないような、かなり恣意的なシニフィエなのが、いかにもソシュール言語学らしい。

というのは冗談だぜ、もちろん。実は、このブログでも華厳経に言及したことがあるのだ。

続く第四項目に登場するのが、〈アレフ〉だ。わずか2、3センチの球の中に、世界が丸ごと入っていたことを思い出してほしい。以下は、ボルヘスの短編の手掛かりを探って、空海による華厳宗の説明を引用した部分。

 

第四にはすなわち、この獅子の眼や耳や身体の部分、一々の毛なみにそれぞれすべて、子をおさめる。一々の毛なみの獅子は同時に直ちに一本の毛の中に入る。一本ずつの毛の中にそれぞれみな限りない獅子がある。またまた一々の毛にこの限りない獅子を載せて、それぞれ違って一本の毛の中に人る。このように重なり重なって尽きることなく、尽きることなく関係しあっているさまは、帝釈天の宮殿の周囲に張りめぐらされた網にある網目の珠のようであるのを、帝釈天の網目の珠が互いに限りなく映じあっている世界という教え(因陀羅網境界門)と名づける。

 このアレフ的な世界の存在の様態は、この後の記述でも再説されるが、全体の中に部分があるだけでなく、部分の中に全体があるという説明は同じだ。ボルヘス空海との時空を超えたインターテクスチュアリティとは、ワクワクさせる連関だ。

初読で読み落としていたのを、今晩見つけて興奮してしまった。第九項目では、何と空海は「引き寄せの法則」を説いているのだ。

 

 第九にはすなわち、この獅子と金とは、あるいは一方が隠れ、あるいは一方が顕われたり、あるいは一であったり、あるいは多であったりしても、それ自体の本性がなく、心の めぐりかた次第で現象といったり理法といったりする。こうして一方が成就したり、他方が確立したりする。だから、これをすべての存在するものは本来清らかな心(如来蔵)をその本性とし、一つとして心以外のものではないという教え(唯心廻転善成門)と名づける。 

落合陽一は華厳経の「事事無礙法界」に、こんな注をつけている。

(…)モノ同士が直接的な関係のもと自在に存在するあり方。ただし、ここに至るまでには、「実体は存在せず一切は空である」という認識の段階を経るとされ、般若心経の「色即是空」のさらに先にある認識論とも解釈できる。

そのような「『色即是空 / 空即是色』<<<華厳経」の不等式を最初に提唱したのは、実は空海だ。主著である『秘密曼荼羅十住心論』は、空海による「仏教宗派ランキング」を発展段階説のように、順番に解説していった本なのだ。

  • 3位 天台宗の「一念三千」(最大のライバル最澄の瞑想法を空海は支持した。今ココの一瞬に世界のあらゆる多様性があるという考え方)
  • 2位 華厳宗 (宗教的な奥義としては究極の段階まで達していると空海は賛辞を惜しまなかった。自ら1位にランクさせた真言宗と比べて、修行法の普及力で劣っていると考えていたらしい)。
  • 1位 真言宗 (三密瑜伽という修行法や世界観も基礎になる秘密の曼荼羅図があるので、自分が開祖なので、あっけなく優勝)。

 とはいえ、上位1、2、3位は大接戦だというべきだろう。というか、術語の違いを除けば、教義として語られていることはほとんど同じだ。上の記事引用文での卓抜な説明からもわかるように、空海華厳宗の影響を強く受けているといっても華厳ではない。空海の教えはほぼ華厳宗と同じなのだ。

となると、「現代の魔法使い」落合陽一が、コンピュータ研究者でありながら、仏教知識経由で、こちら側(スピリチュアリズム)に近接しているのがわかるのではないだろうか。

このブログでさまざまな分野の最先端を追いかけていると、突き抜けた才能が「神の領域(スピリチュアリズム)」に到達しているのを目撃することが頻繁にあった。彼も例外ではない気がするのは、私の気のせいだろうか。

面白いのは、華厳経の「事理無礙→事事無礙」を具体的に説明している場面で、「理=言語」と考えて、テクノロジーに媒介された非言語的コミュニケーションが普及すると予想しているところだ。

言い換えるなら、言語的な理解よりも先に当事者の意志によってモノが動く状態を「魔法」や「魔術化」と呼んでいるのだ。

簡単に言い直すと、VR装置やAR装置が発展して「マシンつきテレパシー」が実現するという話をしているのだと思う。実際、脳波で打ち込むタイプライターも市販されている時代だ。いずれはそうなるにちがいない。

個人的には、華厳経の「事理無礙→事事無礙」では知らない人々が多いので、「超言語速」という概念で、落合陽一の主張を理解しようとしているところだ。

実際、目下のところで多くの読者が収穫だと感じるのは、テレパシー以前の「超言語速」的な魔術的動きだろう。具体的には、例えば、創造的な研究室主導(ラボドリブン)での、

イノベーション→評判形成→資金集中→製品化→市販

というフローが超高速化して、すべての関係する「言葉」を把握しきれないまま、「超言語速」で実現していく事態が、最も手近な「魔法」だと言えそうだ。

 特に北米では、基礎科学を研究している人が社会への応用を意識することも少なからず見受けられ、またその逆方向への転身も比較的容易になっている。基礎と応用の距離が近く、行き来がある。実際、人々も、会社、国立研究所、ベンチャー、大学、政府機関などを渡り歩く例が少なくない。

量子コンピュータが人工知能を加速する

量子コンピュータが人工知能を加速する

 

 

上の記事で、一流の研究者が、日本の基礎研究に人や注目やお金が集まりにくいことを問題視している発言を引用した。ド文系だった自分も、科学リテラシーを二流サイエンス・ライターくらいまでには高めて、この分野の資金循環を加速する投資ができたらと夢想したことがあった。

ところが、望ましい加速はすでに起こっているようだ。嬉しい。

(…)しかし現在、その速度は劇的に改善されつつある。

 あるプロジェクトからオープンソースのリリース情報が出れば、すぐに資本側がそれを取り込もうとする。また逆に、ベンチャー企業がプラットフォームを発表すると、それを利用して新しい研究開発が行われる。資本主義とオープンソースとが接続され、両者の間で活発な交流が起きているのだ。

著者が語るすぐ足元で起こりつつある変動と、その変動の落ち着きどころは、かなり確度の高い近未来予測として、ここに銘記しておきたい。

 いずれあらゆる価値は、分散型の信頼システムとトークンエコノミーの価値交換手法によって技術に対しての投機マネーと接続され、オープンソースと資本主義市場の対立は、より密な経済的連携によって安定した構造へと軟着陸するだろう。それは新しい全体主義の形であり、そこでは西洋的なピラミッド構造ではない、東洋的な再帰構造からなる「回転系自然なエコシステム」が形成されるはずだ。 

というわけで、落合陽一の思想を知りたいなら、新刊の『デジタルネイチャー』が最適。横断的な最高度の知見とし元気に満ちた一冊であることを、保証したい。

ずいぶん固い話になってしまったが、ひとまずここまでで、今晩の趣旨は語り切ったことになる。読者はついてきてくれただろうか。 

闘争のエチカ (河出文庫―BUNGEI Collection)

闘争のエチカ (河出文庫―BUNGEI Collection)

 

ちなみに、学生時代の自分の最大の愛読書は、『闘争のエチカ』だった。二元論的に「逃げろ!」と言われたわけでもないし、今でも愛読書にはちがいないが、頭の柔らかさも大事さ。最近その隣に、もうひとつの「エチカ」を置くようにしている。今晩もこの記事を書きながら、何度もページをめくり直した。 

初読で最も衝撃的だったのは、この入浴シーンだ。

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長い耳は結わえて湯舟に浸かるのか! しかも、顎まで浸かるんだね! 

確かに、シナモンの言う通りさ。自分のネガティブな感情は、抑え込まずに、向き合わなくちゃね。

 

 

冒頭の二元論批判を書きながら、じっと眺めていたのはこのページ。

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正義の側に立っていたとしても、不当な被害を受けることはある。それでも、怒りや憎しみや恨みは手放さなくちゃね。「正義 ⇔ 悪」の二元論では、世界をうまく回していけないから。

 

 

アートへ向かう衝動が「魔法」を生み出すと、どこかに書いてあった。きっと、その手前にある感情のことを、シナモンは言っているんだね。

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喜びや楽しさは、言葉や論理による「理」を越えた「超言語速」で伝播していく。だから、ポジティブな感情が「魔法の世紀」の鍵になりそうだ。

 

 

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そうそう。遊休資産でもネットワークに乗せると、みんなのうちの誰かが喜ぶシェアリング・エコノミーにできるよね。自分の利益だけではなく、ネットワーク上の誰かの利益も考えると、プラスの循環が多くなるのさ。(『デジタルネイチャー』のシェアリング・エコノミーの人類史的位置づけはキレッキレッだったなあ)。

 

 

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本当は、まだ難しいことをいっぱい書きたかったけれど、このページで手が止まって、しばらく茫然としていた。トラブルにハマると、自分は「悪くない pas mal」ってなかなか思えないものなんだ。

至難問が解決できて、新しい魔法が自分に、そして自分の友人や仲間に降りかかるといいな。

 

 

申し訳ないけれど、20時が約束の時間だ。今から、まだ新しい会社の自習机を数十個バラして、ゴミにする作業を手伝わなきゃ。

 

 

 

 

優しい魔法に包まれたなら

人間の潜在性は多彩だ。その通り。待っている人は出遅れる。それも知っている。

なのに「サイエンスに行け!」「ビジネスに行け」 などという指示の言葉を待ってしまっていたのは、暗中模索の日々のせいで、見通しが視界数cmだからだ。けれど、耳を澄ましているだけでもわかることはある。

今晩わかったのは、「ビジネスに行け!」という声が、「日経ビジネス!」という暗号だったこと。この記事は面白かった。

現在が2018年。自分のこの記事では、短期的未来を2025年、中期的未来を2045年、長期的未来を2100年ぐらいで考えてみたい。

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2025年を職業大変革の区切りにしたのは、上の記事が最初だと思う。では、その2025年、今の高校1年生が大学を卒業する頃、どんな仕事が花形になっているのだろうか。

(「巨人の星」の花形満は花形モータースの御曹司だった)

素人には想像がつきにくいところを、「ビジネスに行け!」と檄を飛ばす日経ビジネスが「この12の職業に行け!」というリストを公開していた。

ビックリしたな。知らない職業だらけだぜ。( )内は自分の言葉による簡単な解説。

  1. ホワイトハッカー(企業のセキュリティーホールを見つけ出す)
  2. 仮想空間創造師VR世界を構築する都市計画家)
  3. 人口肉クリエイター(食糧危機をバイテクで救う)
  4. ドローン制御技師(人口よりドローン数が多くなる時代に不可欠)
  5. データサイエンティストビッグデータを解析して金鉱脈を発掘)
  6. サイボーグ技術者(高齢車や病人をロボットと融合して健康寿命延伸)
  7. eスポーツプレーヤー(ゲーマーを究めれば一流アスリート並みの収入も可能)
  8. インセクトブリーダー(カブトムシなどの昆虫飼育でマニア向け希少種を育てる)
  9. Ⅴチューバー(動画内で二次元キャラを演じて人気獲得へ)
  10. オンライントレーダー(PCと回線の高性能化で証券会社と競争)
  11. 書道家(生身の人間の「気」が人々を引きつける)
  12. IoT農家(AIと熟練農家の知恵を最適化すると高収入職業に)

5.の「データサイエンティスト」と 12. の「IoT農家」については、以下の同じ記事で言及した。同時代の先端にある同じ空気を感じる。

すべてのものがオンラインでつながる IoT 化の次に待っているのは、間違いなくデータ解析の技術争いだ。さっそくデータ・サイエンティストという新職業が世に出ータことも、早耳の人は知っていることだろう。

日本の就農人口の平均年齢は 66.8才。続々と現れる新技術に踊って見せるのが、IT 技術者の仕事ではない。

現在いる熟練農家の暗黙知(職人技)のデータを収集し、その形式知にセンサー大国日本が配備していく無数のセンサー・データを関連づけていくこと。そのビッグデータを国家主導でプラットホーム化して、農業をする誰もがアクセスできるように共有すること。それが、日本の農業を持続可能にする「最初のゴール」として設定されている。

「どこかのひと握りの先進的な農業法人が稼げればよい」では、この国の農業は崩壊してしまうからだ。

3. の人口肉は、来る来ると言われていたところ、2018年内に試験生産が始まるらしい。長期的には従来型の畜産食肉産業はなくなるという声を聞くことが多い。人口肉の行方を今後も追いかけてみたい。

(新食材で世界の食糧危機を救おうとする点は、この記事のミドリムシと同じ)。

日経ビジネスは C to C(消費者から消費者へ)の動きを重視してリストアップしたらしい。個人的には、メイカーズ関連がひとつ入っていても良かったのではないかと思う。9. のような個人発のオリジナルキャラクターが爆発的な人気を得れば、フィギュア<ドールハウス<ファンタジー都市のように世界観と商品がどんどん拡大して、それを個人が3Dプリンタで造形して販売すれば、近未来の成功物語になりそうだ。

さらに大きく変貌していく20年代は、あふれるほどの創造の種に満ちている。詳細を、ぜひとも日経ビジネス誌で確認してほしい。 

魔法の世紀

魔法の世紀

 

 2025年の花形職業リストに「魔法使い」がなかったのにはがっかりした。滅多になれない職業なのだろう。あきらめようと思っても、心に「魔法使い」の四文字が忍び込んでくるのは、幼少時に耳にした「シャランラ」の呪文の意味を、どうしても知りたいからかもしれない。 

そういうわけで、「現代の魔法使い」との異名をとる落合陽一の本を4冊斜め読みした。とはいっても、今日も午後は忙しくて、打ち合わせや荷物の搬出に4時間くらい取られてしまった。いわば「午後、危機!」だったので、読み取りの精度には目を瞑って、書いてしまおう。「午後の危機」にも魔法使いが絡んでいるので、きっと面白いものが出てくるにちがいない。

…うん

気をつけて

しっかりね

行ってきまーす

がんばってー

ゴーゴー! キーキ…

(ホーキをたたく音)

(鈴の音)

(遠くなる鈴の音)

相変わらず ヘタねえ

大丈夫だ 無事に行ったようだよ

(男) あの鈴の音も当分 聞けないなあ

どっちへ行くの?

南よ 海の見える方!   

魔女の宅急便 全セリフ紹介 

最初に意外の念に打たれたのはメディア・アーティスト / コンピュータ研究者という独特の職業選択をした論客であることだ。

現代アートといえば?と訊かれれば、誰もがデュシャンやウォーホルの名を挙げるだろう。ところが、メディア・アーティストと言えば?と訊かれて、芸術家の名前を挙げられる人がどれだけいるだろうか。

このブログでは、ヒース・バンティングとピョートル・コワルフスキーのアートを織り交ぜて、記事を書いたことがある。

メディアアートの教科書に過不足なく収まっていると、収まっていること自体が彼らしくないように思える。ヒース・バンティングはそういう芸術家だ。

 

街角に招かれざるメディア・アートを闖入させる彼の手法は、当時公衆電話をハッキングして、公衆電話から電話を掛けるのではなく、公衆電話に電話をかけるメディアートを仕掛けていた。

 

携帯電話の普及によって、もはや前世紀の遺物と化している公衆電話ボックス。ヒースのメディア・アートは当時かなり話題にのぼって、成功を収めたはずだ。しばらくしてヒット映画の『アメリ』の中で流用されて多くの観客の知るところとなったので、自作小説ではヒースの作品を引用しにくくなった。 

その昔、メディア・アートに凝っていた頃、東京の初台にあるICCによく遊びに行った。外苑西通り沿いのワタリウム美術館も、メディア・アートには強かったと思う。

 

別名キラー通り周辺で信号待ちをしていると、日曜日の午前中には、式場へ移動中の花婿花嫁が信号を渡るのに遭遇することもあった。私がクラクションを鳴らして祝福を送ると、周囲の車もそれに続いた。花婿は羞かしさをごまかそうとする速足で、花嫁を引っ張っていった。二人身体を寄せて、祝福の車列に笑顔を返すくらいの余裕があっても良かったのに。

 

といっても、それも20年くらい前の話。封建的で捌けていない男どもが多かった時代の話だ。

 

メディア・アートの世界ほど、流行り廃りの激しい芸術界はない。追いかけ疲れて放ったらかしにしていたので、今日図書館で見直していたら、のめり込むように引き込まれてしまった。  

デジタルネイチャー 生態系を為す汎神化した計算機による侘と寂

デジタルネイチャー 生態系を為す汎神化した計算機による侘と寂

 

上記の最新刊は未読。自分が今日四冊を斜め読みした限りでは、「落合陽一の考えを知るには何を読むべきですか?」という問いに、あっさりと『超AI時代の生存戦略』の「エピローグ」だと答えたい。

(…)『魔法の世紀』の最終章で僕は、人間中心主義の脱構築された世界、計算機自然:デジタルネイチャーについて述べたが、この世界はまさにテクノロジーイデアを基軸にして人を脱構築しようとしている。

その直後、終章最初の人名として、ナム・ジュン・パイクというメディア・アーティストの名が登場したことに、意外さと喜びがあった。上記の引用部分を読んで感じるのは、コンピュータ研究者だけあって、テクノロジー決定論に近い現代の不可避の趨勢をバッチリと読み取っていること。

本屋の棚は、新技術の普及時に必ず巻き起こる「AI脅威論」の本であふれている。インターネットが普及し始めたときと同じ光景だ。無名のITライターならまだしも、思想界では一流の哲学者であるヌスバウムまでも、「シンギュラリティーの21世紀」をアリストテレスで基礎づけようとするのだから、頭の良さと頭の新しさは比例しないようなのだ。

 マクダウェルヌスバウムアリストテレス回帰から倫理の基礎を引き出そうとする戦略には、正義や倫理の好きな自分でも、いささか疑問を感じてしまう。古代ギリシアの偉大な哲学者を持ち出しても、ヌスバウム主張するところのケイパビリティ・アプローチに要する膨大なコストを政府は負担してくれないだろう。この点では、自分はリベラル・アイロニストのローティに考えが近い。

 

 しかし、それは範囲を哲学に絞った場合の話で、他の分野でアリストテレス以上に倫理の基礎として応用できるものが、発見されるかもしれない。その分野とは脳科学。 

落合陽一よりひとまわり年齢が上の自分は、ポスト・サルトル構造主義が人間中心主義を「脱構築」したという感情教育を受けてきたし、引用文中の「脱構築」の用法も当時習ったのとは少々異なる気もする。けれど、些細なことはどうでもいい。

思想界の主流は、シンギュラリティー前夜の哲学の確立に、落合陽一より出遅れている印象があるのだ。

再読してみて、つらい気分になった。サンデルはデザイナー・ベビーの普及によって、私たちの道徳に深い関わりのある「謙虚、責任、連帯」が大きく変容してしまう。だから、デザイナー・ベビーには反対だと表明している。

 

では、そのように先天的な人為的格差が問題なら、後天的な人為的格差に対して社会が寛容すぎることは、問題にならないのだろうか?

 

あの『ハーバード白熱教室』の教授のボディに、渾身のパンチを打ち込むことはそれほど難しくない。サンデル教授に、こう返答すれば良いのである。

 

わかりました、教授。おっしゃる通りだと思います。では、私の子供は、「謙虚、責任、連帯」の性格が発現しやすいようにデザインしてから、出産します!

 

この論点で、テクノロジー決定論に打ち勝つ思想的根拠は見出せそうにないというのが、自分の予測だ。 

上記の自分の「テクノロジー決定論の消極的容認」より、さらに踏み込んで、落合陽一が「テクノロジーが人を脱構築する」と主張しているのは、頼もしい限り。続くこの主張にも大きく頷いてしまう。

 テクノロジーで変化する前の私たちの習慣や規範や考え方によって、それ以後の人類を推し量ろうとするならば、それはテクノロジーとの間に摩擦を起こす。

 急速にテクノロジーが発展して、ひとびとの世界観が変わっていく未来は、すでに決定している。社会に巻き起こる変化を調整しながら利害分配(政治)をしていくとき、私たちに、21世紀のあいだ一貫して依拠できる正義はない。それが摩擦を生みつづける大問題なのだ。

落合陽一は、跳ねまわる溌剌さと頭の回転の速さで、「人間がテクノロジーに適応すること」を正面に掲げる。

一方、アリストテレスが… というほど過去志向ではいられない自分は、まず(変化に比較的時間がかかる)脳科学を暫定的基礎にして、哲学や倫理学からのリソースも適宜活用するという我流の答案を書いてみたことがある。 

 今晩の記事を自分向けにまとめるなら、このようになるだろうか。

 

 倫理や宗教の起源が脳にあったことがわかりはじめた。いずれ脳機能の解明が進めば、同じように、脳機能を基礎にした卓越した社会制度が形成されていくだろう。それまでの過渡期、倫理哲学の精髄を社会制度に落とし込む設計思想が必要だろう。 

落合陽一の思想的バックボーンが信頼できると感じるのは、グローバリズム側からの「分割統治」の可能性に対して、思想的手当てがなされていることだ。

誰にでも想像できることだと思う。やがてシンギュラリティーによる「技術的失業」が波及すると、テクノロジー適応者が「勝ち組」、テクノロジー不適応者が「負け組」とするようなネオリベラリズムを国家は浸透させようとするだろう。IT強者にありがちなデジタル系「優勝劣敗」原則を、彼は支持しない。

空飛ぶ新人類が新たな時代を築く『幼年期の終わり』を引き合いに出して、新人類と旧人類をつなぐ種族が必ず現れると、希望的観測を述べるのだ。 

日本再興戦略 (NewsPicks Book)

日本再興戦略 (NewsPicks Book)

 

それがまた希望的観測だけで終わらないところが、時代の寵児の凄いところ。

野口悠紀雄が先頭を走っているブロックチェーン技術にも精通していて、その技術が中央銀行システムへ抵抗する分散性と自律性を本質的に持っていることを。当然見抜いているわけだ。さらに、仮想通貨によって中央銀行に依存しない「信用創造」ができると主張しているのが素晴らしい。細かい点はともかく、「信用創造」が永続敗戦の鍵であることを知らない人々が多すぎるのだ。

ケインズ系経済学者として、「国民経済」を提唱した吉川元忠との対談で、リチャード・A・ヴェルナーはこう語っている。日本経済の病巣の中心を、同じ敗戦国のドイツ人が教えてくれたことが、何だか今晩はやけに嬉しい。敗れたという事実からの方が、きっと学ぶことは多いのだ。

(…)

というわけで、個人的に頭の中で連立方程式を立てると、ヴェルナー×吉川元忠系の国民経済(反グローバリズム)の立場に、経済再生のためのデフレギャップ克服を掛け合わせると、正解は井上智洋の「ヘリマネ」に近い「政府紙幣による大規模な財政出動」になる

そう書くと、我田引水すぎるだろうか。いずれにしろ、鍵が「信用創造」にあるのが間違いないことが、今晩も確認できて嬉しかったのは本当だ。 

極めつけは、この一節だろうか。「落合陽一は買い!」と、自信をもって声をあげられる主張だ。

 トークンエコノミーの受益者負担、自給自足という考え方に僕は強く賛同しています。なぜなら、それがあれば、グローバルなプラットフォームによる搾取を防げるからです。言い換えると、シリコンバレーと戦う最高の戦略になるからです。

 我々がデジタル化社会で苦しんでいる最大の理由は、ソフトウェアのプラットフォームを取れなかったことです。今の我々の生活はシリコンバレー発のプラットフォームに支配されています。iPhone を使ってアップルストアで買い物をしたり、グーグルマップで地図を検索したり、アマゾンのサイトで買い物をしたり、フェイスブックでメッセージを送り合ったしていますが、その結果、多くの情報やお金がシリコンバレーに吸い取られているのです。

プラットフォーム競争での日本の「敗戦」にもしっかりと視線が行き届いているということは、松山出身のビジョネリー泉田の著作もちゃんとチェックしているということなのだろう。

 「失われた20年」の提唱者の村上龍は、「高度経済成長期に日本製品が世界を席巻していた時期には、誰も『日本のモノづくり』などとは高唱しなかった」旨を発言していた。いま巷間かまびすしく「モノづくり」が言われるのは、「モノづくり」が敗れた後の話だ。「モノづくり」で負けたのではなく、「モノづくり」が負けたという着眼が重要だ。

 

「アップル vs 日本の電機メーカー」の日本側敗戦の要因は、泉田の主張を自分の言葉で書き直すなら、市場をルールメイクし直して、日本が得意な市場(オフラインのハードウェア=モノ)を衰退させ、アップルが新たな市場(オンラインサービスとハードウェアによる新たなユーザ体験)へ移動したことだ。さらに、iPHONEの爆発的シェア伸長には、「下層採鉱」による通信インフラ整備との相乗効果があったことも見逃せない。

何だか、このブログの内容と落合陽一の主張に、重なるところが多いような気がする。たぶん、ブログ主がそう思い込むよう、魔法をかけてもらっているのだと思う。まさか自分にまで気を遣ってくれるとは。現代の魔法使いは、不思議なくらいに優しい。

その優しさに包まれながら、この曲を聴き直していた。

優しさに包まれてしまったから告白するけど、今日はまた負債がのしかかってくる話が二件あったのと、資金繰りや片づけに忙殺されていた。かなり悲惨な無職だ。

歌詞にあるように「すべてのことがメッセージ」なら。アレはどういう意味なのだろう。

おい、落ち込むなよ、俺。聞こえるかい、俺? 時代の寵児の主張を軽くなぞっただけでも、お前が書いてきた記事のいくつかが、アクチュアルな輝きをもって浮上してきたじゃないか。悪くない晩だ。

Night is still young. おまえの大活躍はこれから始まるんだぜ。武者震いがするだろう? どこまでも走っていこうぜ!

さあ、鏡の前で得意のポーズをとって、こう呟きな。それがお前の新しい職業さ。

武者ランナー!