2018-04-01から1ヶ月間の記事一覧

短編小説『アンドロイドは豚しゃぶしゃぶの夢を見るか』

森の木々の間を、高い鉄条網がうねうねと伸びている。その柵の向こうに、木々にカムフラージュされた低層の秘密訓練施設があった。施設の中の二段ベッドの上で、ぼくはしばらく雨音を聞いていた。森に雨が降りしきっているので、夜の訓練メニューのジョギン…

ユーモア短編「勝手にしやがりたがる幽霊」

夜更けに、無人の探偵事務所で物音がした。 探偵のぼくは最近の心身の不調が祟って、酷い風邪をひいていた。また酷い咳が出た。しかし、咳がおさまっても、物音が消えない。誰もいないはずの事務所の廊下を、誰かが歩いてくる音がする。私は念のためドアの扉…

短編小説「マジックタイムのテレビを撫でると」

人を見る目が育ってきたのは、ぼくが30代の半ばを過ぎてからだ。 ある晩、仕事関係の立食パーティーで、20代の女性と話し込む機会があった。髪をしきりに直していたのと、自分を卑下する癖があるのがわかったので、冗談のつもりでこう言った。 「今のきみは…

短編小説「生命にかかわるコルク」

「明日は家具屋さんを見に行きましょうね」 真夜中なので、ホテルのツインルームの電灯は消してある。フィアンセが明日の予定の話をしたので、ぼくは暗闇の中で頷いた。 「碑文谷とか、自由が丘とか、あの辺りを歩こうか。骨董は現物を見ないと始まらないか…

ユーモア短編「まっさらな新しい日」

b 探偵事務所に入ってきたとき、最初にその男がずいぶんくたびれているのに気づいた。スーツはよれよれで、靴が埃をかむって汚れていた。初夏の街中をずいぶん歩き回ってきたのがわかる風貌だった。 私が勧めたソファーにどっかりと座り込むと、男は失踪し…

短編小説「メロンもマロンも空論」

探偵が話し合いに指定したのは、私の自宅マンションだった。都内の商社に勤める夫と私の二人暮らし。結婚と同時に新築マンションを購入したので、室内にはまだ3年目の真新しさがある。 玄関で探偵と名乗った男は、意外にもプログラマーのような風貌の30才く…

短編小説「きみを幸せにする殺し屋」

目醒めたとき、今日が何曜日かを思い出したくなった。月曜日だと思いあたって、あ、でも自分で開店したベーグル屋は先月倒産したんだった、もっと寝ようか。けれど、すぐ、今日から殺し屋の仕事をすることになっているのを思い出した。 中学校の音楽教師をし…

短編小説「恋敵のミルクティーの甘さよ」

自分たちがバブルの中にいるのかどうかは、バブルの渦中にいてはわかりにくいらしい。とりわけ、ぼくのような入社3年目の平社員は、上司が矢継ぎ早に送ってくる仕事メールと催促メールにアップアップ。朝8時に出社して夜23時に退社するのが精一杯の毎日だっ…

小説「青春ワンチャンレモン」①

高校三年生の3月が別れの季節なら、その9か月前、初夏の7月は再出発の季節だ。 水泳部の寛太も総体で負け、演劇部だったぼくも地区大会の初戦で敗退した。全国大会へ勝ち進んだひと握りを除いて、どの同級生も、顔に判で捺したような敗北感とあきらめを湛え…

ユーモア短編小説「二冊の洋書の夏物語」

「説明はいらないだろ」 彼の家を訪れた或る晩、彼はジャズの名曲を引き合い出して、そう説明を拒もうとする。私は首を横に振る。 彼は小説家で、私が彼のアイディアやインスピレーションを書き留める役を務めることがよくある。今も私はベッドの上で、両手…

ユーモア短編小説「パリの暴走族に祈る」

毎朝、先生は祭壇に向かって、世界浄化の祈りをお捧げになっておられます。その慈悲深いお姿を見守っているだけで、私はいつも清らかな感動に満たされるのでございます。 ある朝、お祈りの儀式のあと、先生が懐ろから一枚の紙を取り出しました。メールの文面…

エッセイ「燃えあがる皿、皿、皿」

誰もが高校生だったのだから、通じやすい昔話は話してしまえばいい。 今では信じがたいことに、かつてのぼくは高校三年生で、17歳だった。授業はたいてい退屈だったので、ノートの片隅に詩や脚本の断片を書き込んでは、夢想していた。誰にだって、そういう青…

ユーモア短編⑦「ハッとしたりグッときたりのハッピー・バースディ」

編集長殿 前回のMCバトル@お寿司屋さんの短編が面白かったとのこと。グッピーくんには内緒にしたる話ですが、すぐに伝えたくなるくらい嬉しかったです。グッピーくんが女性誌で恋愛相談コラムを持てるようになる日が来るといいな。 実は、あのお寿司屋さん…

ユーモア短編⑥「さる高貴な? 斜陽でご猿」

編集長殿 グッピーくんの恋愛短編小説の原稿を送っていただき、誠にありがとうございます。グッピーくんは、これを実体験に基づいた「私小説」だと説明したそうですね。とても驚きました。私も当事者ですので、私の実体験に基づいて注をつけておきました。こ…

ユーモア短編⑤「柔らかいグッバイに衝突しちゃって」

編集長殿 上でお話ししたオープン恋愛カウンセリングでのすったもんだのとき、恋愛カウンセラー「塔不二子」の名刺を、グッピーくんのノートPCの上に置いてきました。恋愛相談サイトは男友達に作ってもらいました。名刺は私の自作。「無料相談受付中」の文字…

ユーモア短編④「恋知らずグッピーくんはドキドキすると」

編集長殿 グッピーくんが初めてオープン恋愛カウンセリングをやるという告知をブログで見て、市民ホールの会議室へ行ってきました。何だか面白いハプニングが起きたので、例によって、注つきで報告しておきます。 A子 グッピー: さて、定刻の14:00になりま…

ユーモア短編③「自讃男が愛する男らしさと薔薇とは」

編集長殿 先日私とLINEカウンセリングしたあと、「初のLINEカウンセリング大成功!」という記事を、グッピーくんが自作自演でブログに書いているのを発見しました。或る意味では、彼の創作能力を計るバロメーターになろうかと思います。念のため、注つきで報…

ユーモア短編②「靴のcmの数だけ『オ』で泣いて」

編集長殿 上記記事の「恋の相談に乗りたがる恋知らず」を読んで、迷惑メール送信者が、文体から、私の高校の同級生ではないかという勘が働きました。ネットを探すと、彼がグッピーという別名で LINE で恋愛相談に乗っているのを見つけました。相談者を装って…

犬の餌にはマドレーヌ

高速道路を走っている。シトロエンはぼくの愛車で… 電話が鳴った。職場の先輩から… すぐにPAに停めて折り返す… そうしないと面倒になる相手… おう、今どこだ? X町のPAです。犬を捨てたい。高速の中央分離帯に。今からおまえの車を貸せよ。ぼくは威圧的な声…

午前三時のライムの香り

午前3時きっかり。街のネオンはあらかた消えている。ぼくは街角の地下へと沈む螺旋階段を下りていく。地下にあるバーは、夕暮れから9時間、若者向けにロックやレゲエやテクノを大音量で鳴らす。午前3時を過ぎるとジャズをかけてくれるので、ジャズに似合う酒…

短編小説「おでこの奥にあるありふれた鳥籠」

「確か、顔の中に鳥が棲んでいる小説を書かなかったっけ?」 夜更けに古い友人から電話がかかってきて、そう訊かれた。私の小説に顔の中に棲む鳥が出てきたというのは、友人の誤解だ。こう書いたのだ。 (…)6年後の現在の顔を経て、晩年の彼女の顔を見透か…

「月人+Ginger」を懐かしみつつ文体練習

あまり知られていない話。20世紀最大の小説『失われた時を求めて』を書いたプルーストは、その大作を書き出す前、バルザックやスタンダールの文体模倣に取り組んでいた。 映画化された『地下鉄のザジ』を代表作に持つ、レーモン・クノーも、短いフレーズを99…

ユーモア短編①「優柔不断な感情を料理するには」

編集部に迷惑メールを送りつづける輩がいて困っています。自分では「恋愛心理を語らせたら日本一だ」と言い張るのですが、よく聞いてみると、ゲーム以外での恋愛経験はゼロのようなのです。彼が恋愛心理コラムを書けるかどうかを、ネット上の読者からの反応…

入れ子構造のベタでええんや

甘えたら叱られてしまった場合、どのように対処したらよいのだろう。 ここ数日、そんなことばかり考えている。きっと、私、つまり、大物の男らしい切り抜け方が、世には存在するにちがいない。 そういえば、かつて視力障碍者の鍼灸医に、身体に触れられただ…

短編小説「ミュートする白いフェルト生地」

夜8時を回った頃、閉鎖された小さな予備校のドアを開けた。ひと揃いの机やパソコンや本棚を入れたのは、わずか2年前のこと。壁紙にも、机の天板にも、並んだ椅子にも、まだ真新しい風合いが残っている。 会社の留守番電話が明滅している。その22件を、今はと…

巷では、石原慎太郎が推進した築地から豊洲への卸売市場の移転に、壁が立ちはだかっているのだとか。そういえば、築地と豊洲の間には、昔から「壁」が立ちはだかることがあったものな、という感慨が生まれた。 あれから、築地の豊洲移転問題はどうなったのだ…

蝶が舞うことの意味を知るために

受け入れるのことを天才だって言ってもいいんじゃないかと、どこかの天才が言っていた。genuis は少し手に余るけれど、genuine(本物の)な ingenuity(独創性)が gene(遺伝子)に織り込まれていてね、とか、さりげなく謎めいた大物ぶりを発揮しつつ、今晩…

北の魂がつくっていくハウス

原発用地内ほぼ中央に個人の土地が存在し、そこに毎日人が通い、郵便が日に100通届き、全国から週に何組か人が訪れる。そこがあさこはうすである。 このような状況での原発着工は世界に例がない。 たった一人の女性が農地売却に応じず、想像を絶するような圧…

季節外れの X'mas ソングに、半身を探し求めて

上の記事で書いた「高層マンション症候群」は、日本ではほとんど言及されない珍しい情報だった。ヨーロッパ各国では、子育て世代の住宅が4階以下の低層階に法的に制限されている。欧米にも日本にも、高層階に住むと、妊娠や出産や子育てに悪影響があるとのデ…