2018-05-01から1ヶ月間の記事一覧

短編小説「ダイアモンド製のオリオン座」

ぼくは四十歳の誕生日をひとりで迎えた。四十才といえば不惑の年齢だから、祝福のない孤独な夜に涙したりはしなかった。けれど、両親と久しぶりに電話で話すくらいのことは、あってもよかったのではないかと思う。 母はぼくが十歳のとき、心臓病で亡くなった…

偶然拾ったカトリーヌの囁き

今朝は何とも言えないような感動に包まれている。どこまで共有してもらえるかわからないが、今晩はその感動について語りたいと思う。 自分がゆえしれず強く惹かれるものは、自分の進んでいく未来への道標になっている。強く惹かれているそれを、道標と考えて…

短編小説「雪原にあるダイヤル式黒電話」

どすん、どすん、どすん。 森の中のホテルに泊まりに来ていた。その一室の扉から音がしている。 最初は鉄製の扉に人の身体がぶつかったのだと思った。ぼくが振り向いて見つめていると、また身体が扉にぶちあたる音。二人が扉に身体を預けて、柔道の組み手を…

短編小説「ワイン越しに二重に見えるもの」

こういうことを書くと、私より年上の女性たちは、目を尖らせて私を睨みつけるにちがいない。私は26歳で、一日に何度も鏡を見るほど自分の顔が好きで、おまけに結婚適齢期の男性のほとんどが、私の顔を好きらしかった。 デートの誘いは引きも切らなかったので…

短編小説「地下鉄ブルー」

世の人は俺のことを腫れ物でも触るかのよう怖々と接する。それも無理はない。なにしろ俺は禁固10か月を喰らって、今日やっと娑婆へ出られることになった囚人なのだ。刑務所では無闇にあちこちを蹴飛ばしたりせずに、模範囚でいた。それでも、刑期の短縮は認…

短編小説「地球のあくびと引き換えに」

籠の中の鳥は私よ。 8歳とは思えない暗喩で、娘に抗議された土曜の夜は、あまりあくびばかりしてもいられない。 動物好きの娘には、小学生になったときインコを飼ってやった。娘が夢中で餌やりをして芸を仕込んだので、インコは夜中でも「オハヨー!」とか「…

短編小説「渦巻く水に愛を囁かれて」

休日の湖畔のカフェは、湖遊びに来た若者たちの行列ができていた。私は大学生はじめての夏休みを、ひとり旅しながら実家まで帰る途中だった。 綺麗な大人の女性と相席になった。私が会釈すると、女性は読んでいた雑誌から顔をあげて微笑した。女性は30代後半…

ユーモア短編『ベッドの下の奈落にマンマ・ミーア!』

素直さと前向きさが幸運を呼ぶ。そう言い聞かされて、実際に素直で前向きな人間に育ったので、ぼくの就職活動はあっけなく決まった。 並みいるライバルたちを抑えて、第一希望のイタリアの高級家具メーカーに採用されたのだ。採用人数はわずか2名。一流美術…

短編小説「ゴールキーパー上空には白煙のリング」

どこにだって、気取りたがる男はいるものだ。 街の中心部にあるホテルは、吹き抜けを多用して、空間を縦に使う。言い換えれば、横には広がりが限られているので、例えばモーニング・ブッフェのレストランは、かなり混雑することになる。 スーツを着込んだ旅…

短編小説「神様の留守中に受け取ったハート」

今晩は土曜日だから、我が人生最高の土曜日の話をしよう。自分の過去に酔って、いささか筋を踏み外すかもしれないが、そこは昔語りの青春話。多少の誇張はご容赦願いたい。九割のロックの酒に一割のソーダ水という配合でどうだろう。カクテルの名前は「オー…

短編小説「歪んだ真珠のつくりかた」

部屋には沈黙が張りつめていた。私はこの沈黙の意味を考えていた。それは銃声を待っている沈黙かもしれなかった。 バロックとは「歪んだ真珠」という意味だ。酒場に来た男が、得意げにそう私に語った。「きみはバロック的に美しい」とも。青山の本屋に行って…

出産コメディー映画を性モザイク化せよ

キャッチボールで、相手の動態視力がどれくらいか見るために、ちょっと変化球を試し投げしてみることがある。最近投げたのは、「三島由紀夫と同じく自分にも嗜血癖があって…」という一球。このエッセイの冒頭に、その痕跡が残されている。 すると、さっそく…

短編小説「空中に浮かぶ食卓」

大学に入学してすぐ入った英会話サークルを、私は1年半で辞めた。 入学してまもない頃、田舎から神戸に出てきてまだ右も左もわからなかった私を、帰国子女の美男子の先輩が口説いてきた。ボストン育ちの英語はパーフェクトで、学生なのにドイツ車を乗り回し…

ユーモア短編小説「エビフライ好きのプレイボーイ」

別段、蝶ネクタイもしないし、バニーガールの兎耳もつけたこともない。だから、オレのことをプレイボーイだと非難したがる女に出くわすと、面喰らってしまう。偶々、きみにふさわしいイイ男が、きみに出逢うのが遅れているだけでは? そんなにも綺麗なきみに…

ユーモア短編小説「悲劇的でも髭好きでもないジュリエット」

「廃ダムに鶴」っていう諺もつくった方がいいんじゃあないか。 俺が暇な時によく遊びに行く廃ダムは、五年前までは下流の地方都市の水甕だった。それが今じゃ水を抜かれて、景色が面白いんで、ついつい眺めて髭を撫でる時間が長くなっちまうぜ。泥が積もった…

短編小説「幸福になるにはキウイがいい」

新聞社を40歳で辞めて、フリーランスになってから、日本のあちこちへ飛び回って、いろいろな記事を書くようになった。受注先の要望で思い通りに書けないこともよくあるが、それは大手新聞の社会部にいた時も同じ。各地を自由に旅して回れるだけでも、ぼくは…

半時間で何かを話せと言われれば、大学時代の思い出を語る人が多いのではないだろうか。ありあまる若さと時間を、恋と人生を切り拓くのに投じたあの青春時代。 あいにく、ぼくの大学時代の思い出は、半時間にはとてもおさまりそうにない。といっても、話の冒…

短編小説「テリーマンの跡継ぎのためのスープ」

人生で一番の喜びとは何だろう。 ことが、妻と10年前に離婚し、当時16歳のひとり娘の親権を取られて音信不通となった50代の男にとっては、別れた娘からの連絡できまりだろう。 何の前触れもなく、メールボックスに舞い込んできた娘からのメールを、私は信じ…