吹けよ風、呼べよ嵐、開け、プリン・ゲートよ!

 自分がドゥルーズを好きなのは、途轍もない巨人で一生かかっても絶対に追いつきそうにない印象が好きで、バルトが好きなのは、彼が本質的には小説家で「愛」の人だからだと思う。

バルト⁼ピカール論争でも、いくら記号論の新奇な武器を手にしていたからとはいえ、ああいう非難の矢面に立つにはバルトは柔弱で優雅すぎる審美家だった。

『恋愛のディスクール』の断章のいくつかには、「愛」のひとの相貌が見え隠れしているのがわかる。

一切に抗して主体は、愛を価値として肯定する。

恋愛にあって「おもわしくない」ものすべてに対し、恋愛の素晴らしさを置くのだ。この強情さが愛の抗議というものである。違ったように愛せよ、より正しく愛せよ、稿\位に落ちぬままに愛せよ、等々、いわゆる「良識」の合掌の背後で、とある頑固な声が、「手に負えぬ」恋人の声が、ほんの少し長く続いて聞こえるのである。

恋愛のディスクール・断章

恋愛のディスクール・断章

 

 上記は「肯定Affirmation」の項からの引用。断章形式で、アルファベット順なので、自分の知りたい項目を選んで読むことができる。ところが、何度探しても「e政府」の項目がない。謎めいた展開だ。おかしいな、バルトが世界で逸早く政府機関をオンライン化したことが、あちこちで話題になっていたのに。

バルト結果が出るもんだが、丁寧さが必須とニャるときもあるニャン。

上の猫語交じりの一文で、謎のすべてが氷解したことと思う。e政府を開設したのは、バルトではなくバルト三国エストニアだった。

図書館を探しても探しても見つからないわけだ。下記の本は、注文すればオンデマンドで書籍版を入手できるものの、主として電子書籍の読者を想定して書かれている。今から、スマホで読むことにした。お、回線の関係で、サンプルしかダウンロードさせてもらえなかった。

未来型国家エストニアの挑戦  電子政府がひらく世界 (NextPublishing)

未来型国家エストニアの挑戦  電子政府がひらく世界 (NextPublishing)

 

 昨晩の記事で WIRED の記事を引用したのは、自分の感性に肌合いの合う雑誌で長く読んできたということもある。初めてエストニアのe政府化の取り組みを知ったのも、2013年9月のこの特集だった。約5年経っても、Dog Year のテクノ業界で、まだ雑誌コンテンツに先進性が残っているのが凄い。

 同じくエストニアの先進的な取り組みを取材した記事は、ネット上にもたくさんある。

会社の登記が18分とか、収入が把握されているので税務申告がボタン一つとか、エストニア初心者の情報は、のエストニア政府元最高情報責任者がインタビューに簡潔に答えてくれている。

しかし、興味深い情報は WIRED にあった。それは、エストニアという国の成立事情だ。1991年にソ連から独立したとき、すべての資産をソ連が持ち去ったせいで、エストニアには電話回線や銀行網もほとんどない状態だった。しかしm、そこにはバルト的な肯定の「愛」があった。正確には「AI」。人工知能旧ソ連の研究所がエストニアの首都にあったので、その技術者たちがエストニアの国造りに尽力したのだという。(以上の記述のうち、駄洒落は筆者による)。

エストニア政府が常に掲げてきた鍵言葉は「効率」と「透明性」。

ラウル・アリキヴィによる上記電子書籍では、エストニアでは「国民総背番号制」が導入されているものの、オンライン上での公的機関の情報公開が徹底していることと、企業献金の禁止や政治資金の収支報告がアップロードされていることなどから、強権政治不安は起きないのだという。

国民が国家権力を自分たちに奉仕させる「立憲主義」が、エストニアでは実現しているという言い方も可能だろう。

リアル国民への少子化対策も徹底していて、出産時に勤務できない期間の給与は、その全額が政府から支給されるのだとか。面白いのは、リアル国民以外の少子化対策にも余念がないことだ。ICT化の先陣を切って走ってきたことで、EU内で最も効率的な経営のしやすい国となったエストニアは、そのようなビジネスマンたちを仮想国民として登録し、仮想国民の増加を国家の隆盛へつなげようとしている。 

そして今度は、「e-エストニア」というコンセプトのもと、仮想エストニア国民を増やそうという試みをスタートさせた。それがこのe-レジデントの申請受付である。約130万人のエストニア国民を1000万人に増やすことはむずかしい。しかし仮想エストニア国民であるe-レジデントを増やすことは可能だ。計画では2025年までに仮想エストニア国民を1000万人に増やそうとしている。 

リアル人口はわずか130万人ほど。日本でいえば沖縄県くらいの規模の国家が、どうしてここまで先進的で公正で豊かな社会を築くことができたのか。もちろん、旧ソ連時代の「遺産」が独立時にごっそりと消えたことで、既得権益層が存在しなかったことも大きな要因だろう。

しかし、さらに優れているのは、エストニア国民のテクノロジー・リテラシーの高さだ。

今晩も5冊以上の本を読み飛ばしながら、あるいは跨ぎ越しながら感じたのは、種々のテクノロジーをイデオロギーの眼鏡越しに見分けていくのではなく、種々のテクノロジー自体に内在する政治性を見極めて、変化に適応するとの前提のもとで、それらから社会的倫理的価値をどう引き出していくかを実践していくことだと思う。

昨晩上記のように書いた次の晩、エストニア国民が日本人にこうアドバイスしているのを目にすることになるとは。

次の大きなブレークスルーは(特にブロックチェーン技術の急速な発展を見ると)、公共部門とヘルスケア分野から始まります。

もともとエストニア語で書かれた原稿を、エストニア人であるラウル・アリキヴィ自身が日本語に翻訳したので、上記の数行では言いたいことが十全に表現できていないかもしれない。

私がそこから読み取れるのは、ブロックチェーン技術の発展可能性と政治思想的含意を読み取った上で、それが公共機関の透明化と効率化に大きく貢献できることを理解できるテクノロジー・リテラシーの高さだ。

ちなみに、日本で最先端を行く野口悠紀雄の入門書にも、同じ方向性での思考が書き込まれていた。それを私はこうまとめた。

他にも卓見に数えて良いと思うのは、(…)ブロックチェーン技術によって、プライバシーが守られる形を創れるからこそ、IoTの家庭機器のデータやセンサー経由の生体情報の収集とビッグデータ化が進むとの意見。

ブロックチェーン技術は、匿名によるデジタル情報の改竄や不正アクセスを完全に抑止できる。氷山の一角とも思えるこのような不正アクセスも、アクセス制限やアクセス記録の技術を駆使しつつ、完全に予防する仕組みを作ることも、難しくないだろう。

年金の個人情報をめぐっては、年金のCMに出演した女優の江角マキコさんや小泉首相福田康夫官房長官らの未納・未加入を週刊誌などで報道されたことで、社保庁から漏洩(ろうえい)したのでは、との疑惑が浮上した。

 厚労省社保庁職員の閲覧履歴を調べて聞き取り調査した結果、東京にある社会保険業務センターや各地の社会保険事務所などの職員328人が「興味本位で見た」など専用端末で閲覧したことを認めた。

 同省は真野章長官を訓告と給与返納(10%、1カ月分)処分にし、今後、幹部らの処分手続きが終わり次第、7月中にも監督責任者を含め職員約500人の処分を行う。

http://www.asahi.com/money/pension/news/TKY200407160303.html

 さて、「モリ」「カケ」疑惑の究明ももちろん重要だが、政権腐敗の最大のブラック・ボックスのひとつは、官房機密費にあると考えて間違いない。数日前にニュースになったので、復習しておこうか。

官房機密費という謎のカネがある。

(…)

 会計検査院の対象となっているのに、領収書がないケースもあり、事実上、精密な使途のチェックができない。謎のカネだというのは、そういう意味である。内閣官房長官が管理し、官邸が自在に操れるカネだ。

(…)

 ただ、小渕恵三内閣で官房長官を務めた元自民党幹事長の野中広務氏が二〇一〇年、共同通信の取材に対して官房機密費の内幕について語ったことがある。月々、首相に一千万円、野党工作にあたる自民党国対委員長参院幹事長に各五百万円、政治評論家や野党議員にも配っていたという。

 共産党が〇二年に公表した機密費の使途では、野党議員の高級紳士服、政治家のパーティー券、議員が外遊する際の餞別(せんべつ)、ゴルフのプレー代、洋酒、ビール券など国政とは無縁の項目が並んだ。

 そもそも機密費は、国内外の非公式な重要課題の解決のため、合意や協力を得る対価として使われる。情報提供者への謝礼などだ。その金額は毎年十数億円。一端とはいえ、使途はまともとは到底、言えない。目的から逸脱しているのは明白である。

(…)

 「知る権利」がある。もっと実態が見えないと、権力と国民の間に緊張関係は生まれない。旧民主党が〇一年に、機密性の高いものは二十五年、それ以外は十年後に使途を公開する法案を出したこともある。それも一案だ。

 いっそ機密費は全廃してしまえばどうか。本当に必要なカネは費目を明示し予算要求すればよい。議員の背広に化ける、謎のカネを権力の自由にさせておく余裕など国庫にはないはずだ。 

上記は望月衣塑子を擁する一流の主流メディアの社説。ネット上では、雑誌メディアなどの情報を集約したこの「まとめ」の検索順位が高い。

前例踏襲で支払われていたのは、たとえば、中曽根康弘竹下登橋本龍太郎宮沢喜一など総理大臣経験者には、盆暮れには1000万円を官房長官が持っていく。

(…)

各党の国会対策委員長には、年ではなく月に、100万円ではなく1000万円が渡されていた、という。

(…)
金庫番は(江利川)内閣参事が現金を封筒に入れて、一袋100万円で二袋を鈴木宗男が事務所に一人でいるときを見はからって持ってきて、「領収書はいりませんから、自由にお使いください」と置いていく、のだそうだ。 

 官房機密費も含めた日本の裏金について最も勉強になるのは、縦横にめぐる膨大な闇の裏金金脈に光をあてたこの連作。読み応え十分だ。 

日本の裏金 (上)首相官邸・外務省編

日本の裏金 (上)首相官邸・外務省編

 
日本の裏金 下 検察・警察編

日本の裏金 下 検察・警察編

 

記事の冒頭では、明るい気持ちでICT立国エストニアについて書いていたのに、日本へ話題が移ると、またしても知らず知らずのうちに「闇」に筆が及んでしまった。

どうにかならないもんだろうか、公的機関。

自分も含めて、多くの人々がそう呟いていそうだ。しかし、それを逞しくもこう言い換えた偉人たちが、世にはいる。What positive people!

どうにかしてやれないもんだろうか、この好適機会。

 その人々はエストニアの国の基盤を作っている人々と同じく、「テクノロジーが真っ先に改善できる開拓地は公的機関だ」という信念を持っている。

毎年フェローを選んで、市の行政機関で働いてもらいます。途上国に送り出すのではなく市役所という未開の地へ。  

ジェニファー・パルカと「Code for America」に最初に出会ったのも、WIRED だった。彼らの概要は、オンライン記事の冒頭にまとまっている。

 Code for America(以下CfA)は、4年前に設立された非営利組織だ。全米中の自治体の行政府に、全米中から応募してきたITエンジニア(プログラマーのみなならず、デザイナーなども含む)を送り込む1年間のプログラムを実施している。行政府への助っ人として送り込まれるエンジニアは、毎年25~30人で、「フェロー」の名で呼ばれる彼らには、年間35,000ドルの給与がCfAから支給される。決して高額とは言えない。しかし、参加を希望するエンジニアは年々増え、昨年の応募者は600人を超えた。名だたるIT企業でのキャリアをうっちゃってまで彼らはCfAへの参加を望む。

 一方、抱えている問題の解決を求めて、数多くの行政府もまた、プログラムへの参加を求めて応募が殺到している。いまやCfAは、民間のスキルを行政の問題解決に役立てるプラットフォームとして絶大な支持を得ている。創設者のジェニファー・パルカは、今年CTO補佐官としてホワイトハウスに招聘されたほどだ。 

(強調は引用者による。)

 さて、その「Code for America」に対抗して「Code for Japan」を起ち上げた志ある俊英をご存知だろうか。

Code for Japanは、市民が主体となって自分たちの街の課題を技術で解決するコミュニティ作り支援や、自治体への民間人材派遣などの事業に取り組む非営利団体です。

より良い未来に向けて、立場を超えてさまざまな人たちと「ともに考え、ともにつくる」ための活動を行っていきます。

エンジニア、デザイナーで無くても、個人が持つどんな力も発揮できるフィールドがCode for Japanにはあります。まずは Facebookグループやイベントに参加をしてみよう。

団体概要 | Code for Japan

Code for Japan が各地に作っている「ブリゲート」が、あたかも吹き荒れるブリザードのように日本中に広がりつつある。効きなれない英語だが、ひょっとしたら、「プリンゲート(そのゲートが開くとプリンにアクセスできる)」のようなものなのだろうか。そうなら何としても開かねばなるまい。

Code for Japanが提供する連携プログラムに参加している各地のコミュニティを、Code for Japan Brigade(ブリゲード)と呼んでいます。

各Brigadeは活動地域の市民や自治体と連携し、テクノロジーを活用することで地域課題を解決します。

ブリゲード | Code for Japan

 代表の関治之という固有名詞をどこかで見かけたことがあると思ったら、ハッカソン(≒アイディアソン)の日本の団体の代表だった。他にも、内閣官房の「オープンデータ伝道師」を務めたり、神戸市の起業家支援をしたりと、半ダースくらいの肩書を持っている。「Code for Japan」の本来の趣旨通り、公的機関に近い場所で活動をコーディネートできる逸材なのだ。

<所属・運営団体>
合同会社Georepublic Japan 代表社員/CEO
一般社団法人コード・フォー・ジャパン 代表理事
・神戸市 チーフ・イノベーション・オフィサー
総務省 地域情報化アドバイザー
総務省 地域IoT実装推進タスクフォース 構成員
内閣官房 オープンデータ伝道師

関 治之 - HackCamp

大きな転機になったのは2011年の東日本大震災です。仲間が立ち上げた復興支援プラットフォームsinsai.infoの運営などに携わるなかで、行政との日常的な連携が減災に有効だと気づいた関は、アメリカの事例に倣って一般社団法人コード・フォー・ジャパンを立ち上げました。この団体は市民が中心となってITを活用しながら公共サービスの開発や運営を支援することを目的に、現在も活発に活動しています。

また、2012年にアメリカ航空宇宙局NASA)主催ハッカソンの日本版オーガナイザーを務めたことも大きな転機になりましたNASAのイベントのあと、大手小売業から「うちもハッカソンをやりたい」との相談を受けます。関はボランティアではなく、お金が回る仕組みを作ることで、品質の高いハッカソンを提供しようと決断、2014年に株式会社を設立しました。それがHackCampです。 

(強調は引用者による)

町おこしからNASAまで、ハッカソンで生まれた種から課題解決につながる果実を育む - HackCamp

自分を自分で見て良いところは、「いい、加減」なアイディアが道後温泉のように湧き出てくるところだと思っている。いつも時間が足りないので、アイディアは未加工のことが多く、たいてい源泉かけ流しだ。

おや、アイディアがまたしても湧いてきた。

これは以前から抱いている私自身の欲望でもある。彼の著書をどうしても読みたいのだ。

もしこのブログを読んでいる出版人の方がおられたら、「時代の最先端を行く」「実行力無限大」「実践経験豊富」「NASAで活躍なさった」「震災後の新しい生き方の体現者」関治之の新書をプロデュースして、世に送り出してもらえないだろうか。

愛読希望者でありながら、いきなり交換条件を提示してしまうようで恐縮だが、その出版によって関治之の真価が世に知られる幸福が訪れた暁には、彼主宰のハッカソンで、内閣官房オープンデータ伝道師の立場を最大限に生かしつつ、例えばブロックチェーン技術を用いて、選挙の投票計数機のソースコードが検証可能となるような「ベスト・ソリューション」を生み出してほしい。

どうして自分がそう考えるようになったかの経緯は、上の記事にほぼまとめてある。もちろん、このアイディアがどのような幸福な帰結を辿ろうとも、自分のクレジットはどこにも必要ない。

リザード級の吹雪に視界を遮られて、危うくプリン・ゲートを見失いそうだ。少しでも早く、ずっと閉鎖されたままの扉を開けて、プリンにアクセスできるようになりさえすれば、他には何もいらない。