「方舟さくら丸」というバルケッタ

理由は自分でもよくわからないが、何となく英国車が好きだ。

昔、オープン2シーターを買おうと思って、いろいろな車種を探していた。

その中で、最後の最後まで迷ったのが、バケラッタ。イタリア車らしいデザインの良さと、海岸沿いを飛ばすのが似合いそうな陽気さがあった。バケラッタにするかロードスターにするか、最後まで迷った挙句、振り回しやすいFR構造と日本車の信頼性が決め手になって、バケラッタを諦めた。

選んだロードスターは廃番になっていた英国車のMGをヒントに、日本のモノづくり技術でオープン2シーターを蘇らせた世界的な名車。どことなくイギリス風の香りも感じさせてくれたのだった。

そういうわけで、イギリスの有名な犬の訓練士 Victoria Stilwell も気になってしまう一人で、正確には気になるのは彼女の愛車のヴィンテージ・ジャガー。(3:13から)。

犬の訓練と古いジャガーの手入れの仕方を比較したエッセイでもあれば… と思って、ネットを探したが見つからなかった。

大学生の頃、伊丹十三ばりに、「憧れの車はジャガーだ」と語っていた時期がある。どうして?と訊かれると、だいたいこんな感じで切り返していた。

特別な理由はないさ。強いて言うなら、オレ自身が一頭のジャガーだからかな。

 最近どうやら自分が同じネコ科のイエネコだという衝撃の事実が、周囲に露見し始めたようだ。間違えないでほしい。オレが猫をかぶっているのではなく、猫がオレをかぶっていて、猫がオレに化けているというわけだ。

英国車好きなのに、ついイタリア車のオープン2シーターに目を奪われてしまったのは、きっとそのせいだろう。バケラッタ! 

 そんなことを考えながら、今朝スポーツクラブの帰りに運転しているとき、オードリー・ヘップバーンをモデルにしたというソフィアが、なぜ Radiohead を好んで聴いているのか、閃いてしまった。アンドロイドの彼女に、「OK!」とばかりに自己肯定感をくれるグループ名なのだろう。

「人類を滅ぼす」発言が物議を醸したので、ソフィアも発言に気を遣っているようだ。あらためて「人類滅ぼすのか?」と訊かれて、「それはイーロン・マスクの読みすぎ。そしてハリウッド映画の観すぎ」と答えたという。

アンドロイドのソフイアがどうやって「イーロン・マスク」という固有名詞を学習したのかが気になる。イーロン・マスクは新興自動車メーカーのテスラを率いる「総統」だ。高級ワイン好きらしい。激務のせいか、かなり顔色が悪そうだ。

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http://bandainamcoent.co.jp/corporate/press/bandainetworks/news/index.php?ref=200803&view=1012

良かった。最新のインタビューでは健康そうな顔色に戻っている。

1972年早生まれの自分とは同学年。自分にとっては「世界最強の同級生」ということになる。

リンダ・ロッテンバーグの定義によると、起業家は4つのタイプに分類できるそうだ。「人類火星移住計画」を推進中のイーロン・マスクは、当然「ダイヤモンド」に該当する。

  1. ダイヤモンド:人々の想像力をかき立てるビジョネリースティーブ・ジョブズ@アップル、マーク・ザッカーバーグフェイスブックイーロン・マスク@テスラ
  2. スター:カリスマ性たっぷりの流行仕掛人アルマーニエスティー・ローダー)
  3. トランスフォーマー:変化を起こす触媒(インクヴァル・カンプラード@イケア、アニータ・ロディックボディショップ
  4. ロケット:あらゆる面を改善しつづけるアナリスト(ジェフ・ベゾス@アマゾン、ビル・ゲイツマイクロソフト) 

しかし、同じ「ダイヤモンド」に属するスティーブ・ジョブズとは、かなり違う性格の起業家だという印象を受けた。 

史上最強のCEO イーロン・マスクの戦い (PHPビジネス新書)

史上最強のCEO イーロン・マスクの戦い (PHPビジネス新書)

 

 「独創的で柔軟な発想力」が持ち味のスティーブ・ジョブズと比べると、イーロン・マスクは「硬い、強い、速い」という印象だ。

社会にはドクサと呼ばれる「通用性の高い感覚的偏見」というものがある。現象の実態に即しているからではなく、人々の未熟な感覚的判断に即しているから、普及している考えのこと。よく例に出されるのは、残虐な犯罪が起こると犯罪発生率が高まっていると思い込む大衆的な感覚。同じ感覚をお持ちかもしれないが、日本は10年以上前から犯罪発生件数は低下している。

イーロン・マスクが卓越しているのは、このような社会にはびこるドクサを、物理学専攻で学んだ「第一原理思考」で突き破るところにある。

例えば、テスラが最初にリリースしたロードスターは、専用バッテリーを開発する技術や資金がなかったので、ノートパソコン用のリチウムイオン電池を6,831個搭載することで、デザイン性を殺すことなく、ハリウッド・セレブ予約殺到のスポーツEVを作り上げた。

なにしろ、火星に人類を100万人送り込むのが夢なので、イーロン・マスクはロケットも打ち上げてしまうのだが、そのロケットの原材料費が制作費全体の約3%にすぎないことを分析して、制作プロセス徹底的に見直し、NASAの約1/10のコストで作り上げてしまう。

このような「数理学的突破」と、週100時間のハードワークと、人類を救出したいという強い信念。 この三つの結合物がイーロン・マスクの実像に近そうだ。

彼の超人的なタフネスとスピードが信頼や評判を得るからこそ、驚異的な資金収集力があるのだろう。総資産約3兆円と言われる Google創始者ラリー・ペイジが「もし自分の莫大な資産を遺すとしたら、慈善団体にではなく、マスク氏に贈る。彼なら未来を変えられるからだ」と言ったのは有名だ。

せっかくの同級生だから褒めちぎりたいところだが、一方で「?」が心に浮かばないこともない側面もある。

それは彼の思考や発想力がやや固めな印象を与えるところ。トヨタと一時期提携しておきながら、長期的視点からは有望な水素燃料電池車を頭ごなしに否定したり、 ロケットを火星に打ち上げるのは地球温暖化の進行で人類が地球に住めなくなるからだと考えたり、人工知能は「人類を滅ぼす」と思い込んでいたりという部分だ。

冒頭で紹介したアンドロイドのソフィアが「イーロン・マスクの(発言の)読みすぎ」と言ったのは、その辺にある彼の知性の「硬さ」を揶揄しているというわけだ。 

日本企業のパナソニックと提携してつくられたマスク肝煎りの「ギガ・ファクトリー」は、フル稼働すれば、2013年のリチウムイオン電池の世界総生産数を上回るらしい。「スケールメリットによる大幅コスト削減」を実現させたところが、いかにも「数理学的突破」を身上とするイーロン・マスクらしい。

しかし、EV業界の動向に日本一詳しい桃田健史によれば、テスラによるEV市場の覇権は、2020年までしか続かないだろうとのことだ。

この3年間に何が起こるのか。

先週出版されたこの本で、その最先端の動向を観察することができた。 

EV新時代にトヨタは生き残れるのか「電気自動車」市場を巡る日独中の覇権戦争

EV新時代にトヨタは生き残れるのか「電気自動車」市場を巡る日独中の覇権戦争

 

 実は、2020年以降、ドイツの有力メーカーが、次々にEVの有力車種を投入するのである。

 [引用者註:電気自動車として] 大衆向けには、フォルクスワーゲン、富裕層向けにはポルシェを投入しながら、その中間をアウディが埋めてゆく。

 そこに「2025年までにプレミアムEV市場のトップを獲る」と宣言しているダイムラー、それにBMWも加わり、ジャーマン3による ”テスラ潰し” の動きが鮮明になるだろう。 

 特に、ポルシェの電気自動車の投入は、テスラを苦しめるだろう。

テスラは、初代ロードスターに、英ロータスエリーゼシャシーを流用していた。

量産車種のモデル3も、どこか英国風の佇まいをしている。

それもそのはず、デザインを担当したのは、アストンマーティーンの元デザイナーのヘンリック・フィスカーだ。

桃田健史が分析するように、英国風デザインのモデル3が、北米で「約半額のアストンマーティン」として、飛ぶように売れるのは、自分の好みとも同じでわかるような気がする。そして、同じ顧客層がポルシェEVの発売によって切り崩されるだろうことも。

 さて、上記の「ジャーマン3によるテスラ潰し」が同時に「トヨタとホンダのハイブリッド車潰し」だったことには、さらなる注目が必要だろう。

ビジネスで、寡頭のプラットホーマーだけが勝ち残れる時代。

それは舞違いない。しかし、上の記事で、勢いよくこのように書いてしまった部分が、やや結論づけが拙速だった。訂正させていただきたい。

 例えば、ビジョネリー泉田良輔と同じく、自前のシンクタンクを代表して未来予測をしている専門家の中に、「北米のシェール革命によって世界的にエネルギー価格は下落し、自動車はトヨタ主導の水素エンジンがグローバル・スタンダードになる」という予測を立てている人がいた。産業分析や市場の動向には詳しくても、日本人が苦手な「メタ問題認知」がたぶん苦手なのだと思う。

 リーマン・ショックで萎みかけた世界的バブルを膨らませるには、世界の実需だけでは足りず、実体のないハイリスク商品でポンピングしなければバブルは持たない。関連情報にその強烈なバイアスがかかっていると想定するのは、メディアリテラシーとして自然だ。

 シェールガス革命の虚構性は、すでに明白なので訂正は不要だとしても、「トヨタ主導の水素エンジンがグローバル・スタンダードになる」という希望的観測には、まだまだ現実化の可能性があることを、『EV新時代にトヨタは生き残れるのか』に教えらえた。

 このテレビ番組は、ドイツやイギリスやフランスで進むEVシフトのリストにきちんと中国を加えて、最新の動向を追いかけている。鍵は中国だ。

桃田健史の鋭い分析を要約すると、こんな感じだろう。

EVシフトの震源地はドイツに見えて、実は中国のNEV法であり、中国が目指しているのはEV大国に見えて、その先の燃料電池車だ。

え? という意外感に打たれないだろうか。

主流メディアの報道は「世界的EVシフト」一色だったが、プロトタイプが完成している段階までで区切ると、燃料電池車が「現在の最終形」なのだ。(ただし、モビリティーの旅はまだまだ続く)。

世界的EVシフトを牽引しているのが、中国のNEV法であることを頭に入れておくとわかりやすい。NEV法とは、米中政府の連携により、カリフォルニア州などのZEV法を元にして作られている。「クレジット」取引は、CO2の排出権取引に似ている。

3. ZEV規制の特徴「クレジット」について

 この規制の特徴として、ZEVの販売台数が一定比率を上回った場合「クレジット(CO2削減量/実績係数)」が得られるという制度があります。反対に、下回った場合はCARBに罰金を支払うか、クレジットを多く保有する他メーカーからクレジットを購入しなければなりません

 こうしたクレジット売買の制度を利用し、EVメーカーのテスラモーターズは2013年上半期だけで約140億円のクレジット売却利益を上げたと公表しています。

(強調は引用者による)

純化して言うと、電気自動車を少ししか販売しないと一種の「罰金」がかかるし、たくさん販売すると「ご褒美」がもらえる仕組みが、世界最大の自動車市場である中国で実施されるからこそ、「世界的EVシフト」が加速したのである。

その中国のNEV法の元となったカリフォルニア州のZEV法で、新しい動きがあった。

【清水】カリフォルニアの2018年モデルイヤー以降のZEV規制で、例えばEV1台販売した際に得られるクレジットが1だとしたら、FCは2.5ぐらいのクレジットもらえるようになるんです。カリフォルニア州の考え方として、EVはもう普及期に入ってきたから、クレジットを減らすよと言い始めた。次の高みを狙い、FCVにインセンティブを乗せるよということなのです。2018年からFCV、つまり水素のほうにカリフォルニア州は力を入れようとしている。

結論からいうと、やはり「世界的EVシフト」は「ジャーマン3によるトヨタやホンダのハイブリッド潰し」だった。ハイブリッドのような複雑すぎる技術で独走すると、後進企業は政治力でルールを変えてくる。それがプラットホーム争奪戦の実態だ。

しかし、イーロン・マスクの壮大な規模のギガファクトリーを瞥見した後であっても、「技術の優位」というものは簡単には消せないことを、今晩の自分は学んだような気がする。

今晩調べた限りでは、EVの主戦場は、①リチウムイオン電池の効率化、②全固体電池の実用化、③水素燃料電池車の普及、というロードマップで進行していきそうだ。

②と③はトヨタが世界の先陣を切って独走している。①も日本の電池メーカーが技術革新を成し遂げた。リチウムイオン電池寿命を約12倍に伸ばしたというのである。

http://www.fine-yasunaga.co.jp/ir/pdf/news/press20161122.pdf

このような地道な基礎研究の積み重ねが、日本の技術力を支えているのは間違いない。

昨晩記事に書いた常温核融合元素変換は、自動車にはまるで関係がないはずなのに、三菱重工の第一人者に続いて、何とトヨタの研究所が再現実験に成功している。 

となると、商業化や採算判断の難しい基礎研究を、どのように加速させ、どのように結びつけるかが、この国の明日の活力を作るにちがいない。アクセラレーターになり、コーディネーターになるべきなのは、誰だろうか。

 ナインシグマが凄いのは、イノベーションの数やプロジェクトの需給バランスやマッチングの精度を向上させるために、「専門家スカウトチーム」を起ち上げていることだ。世界各国に散らばった70人のフルタイム専業スカウトたちは、各国の先端的な研究者を訪問したり研究論文を読み込んだりして、「イノベーションの卵」をリスト化し、ネットッワークに参与させている。 

上の記事で言及した民間企業のマッチング・サイトや、それを活性化する専門スカウトを、私たちは思い出せばよいのだろうか? いや、違う。

 これを国がやらなくてどうする! 電池技術の革新や水素燃料電池車の後には、自動運転化や常時接続化や共有移動体化などの大変革が、連続して控えている。これらの連続的な革新が、最終的に都市改造計画にまで至ることは、これまで繰り返し言及してきた。これらを総称する「モビリティ革命」で、これも日本が世界の最先端を走っているスパコン量子コンピュータ人工知能の分野が複雑に絡み合っていくとき、それらをオールジャパンへチーム編成していくべき存在は、国しかないだろう。

 その経産省の実態を、元経産省の官僚だった古賀茂明はこう明かしている。

  みなさんも「エコカー減税」という言葉を聞いたことがあるのではないかと思う。「エコカー」に認定された「環境にやさしい」新車を買えば、自動車取得税や重量税などが減免されるという制度だ。

 このように聞けば、エコカーとして認められる自動車は、販売される自動車のごく一部のCO2をあまり出さない車だと思うかもしれない。ところが、それがまったく違うのだ。

 実際には、二〇一六年度までは、新車の九割が「エコカー」減税の対象となっていた。つまり、平均よりもはるかに燃費が悪く、CO2をたくさん出す車でも「エコカー」とされていたのである。

(…)

 もちろん、これは経産省天下り先確保のために、自動車メーカーを一社残らず守ろうとしている結果である。 

国家の共謀 (角川新書)

国家の共謀 (角川新書)

 

 何やってんだ?

現首相は前回の総選挙の前に、或る組織からの「検査」を断ったと言われている。妖しい組織ではない。国連の選挙監視団のもとでの「公正な選挙の実施」を断ったというのだ。いい加減にしてくれないか。どうして断る必要があるんだ?

諸悪の根源がはっきりしているなら、むしろ希望は持ちやすい。

国内外のどちらから見ても、下り坂を真っ逆さまに転がり落ちていくように見えて仕方ない日本。それでも、それでも、まだ起死回生のチャンスはある。あることに間違いはない。

tsunami, hara-kiri, kamikaze, karoshi...

どうも英語の辞書に載っている日本語は暗い単語が多い。最悪の暗澹たる状況から、希望を手放さない人々が結集して、起死回生を遂げること。そんな日本語を海外に発信できたらどんなに良いことだろう。そう夢見ずにはいられない。

夢がかなうように、先に発信だけしておくぜ。

bakeratta

 

 

 (『史上最強のCEO イーロン・マスクの戦い』の冒頭で引用されていた曲「They all laughed」)